第一章 4 ーー なんで? ーー
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頼られることに悪い気はしない。
けれど、私としては買いかぶりなんだけど。
実際、美月と別れ家に帰る道中、ふと私一人になってしまうと、急激に怖さに襲われてしまうんだし。
自意識過剰と嘲笑されそうだけど、一人で歩いていると、何気にすれ違った人にさえ警戒し、肩をすぼめてしまうのだから。
やっぱり、美月の脅えた表情が影響してんのかな。
そうなると、誰かがそばにいてくれると安心するんだろうな。
頼ろうと思うあいつは……。
期待はすぐに溜め息に変わり、スマホをポケットに戻した。
「ったく、あのバカ」
いらだちから額を執拗に掻き、胸をモヤモヤを鎮めようと自身をいなした。
私だって怖い。
誰かに襲われるんじゃないかって不安があるから、圭一に連絡した。
恥ずかしいけれど、頼りたかった。
ーーなのに。
それなのにあいつはスルー。
恋人が怖がっているのに……。ま、それなりの男だってのは想像していたんだけど、実際に冷たくされるとよりムカつく。
私ってそれだけなのかな……。
今度圭一が平然とふざけた顔を献上してきたのなら、一発殴ってもいいんじゃないかなって、苛立ちが膨れ上がる。
それぐらいなら許されそうだし、そうでもしないと私の気が治まらない。
と胸に軽い憤りを抱きながら学校に行った。
にしても、私も我ながら楽観的な性格なんだと、朝になって恨みたくなった。
一晩寝れば、圭一に対したいらだちも治まっていた。
朝にふざけた笑顔を献上されても、情けなくなって殴れなかったのだから。
けど、スルーされたことを無視されたことは殴ってもよかったんだろうけど。
それよりも美月が心配なんだし。
教室に現れた美月に、私の心配は杞憂だったのかな、と屈託ない笑顔を美月から献上してもらった。
「おはよ、美月」
「おはよ」
うん。目を細める姿からは、無理をしている様子はなく、安堵した。
でも、何も聞かないのも悪いし。
「ね、あれから昨日大丈夫だった?」
普段なら、たわいのない話をするんだけど、机の天板に座った美月に聞いてみた。
「ーーん? 何が?」
すぐに顔を曇らせ、また思い詰めると予想していたけれど、意外にも平然としていた。
むしろ、昨日の脅えていたことがなかったみたいに。
逆に耳を疑っているのか、呆然と美月は瞬きをするだけ。
どうも肩透かしを食らってしまう。
どこか話が噛み合わず、不穏な空気が忍び寄ってきそうで、つい髪を掻き上げてしまう。
それでも美月の反応は変わらず、呆然としていた。
次第に強まる息苦しさに嫌気が差し、執拗に耳たぶを触ってしまう。
「昨日のこと、覚えてないの?」
らちが開かない様子に一歩踏み込んでみた。
すると、意外にも美月の頬が緩んだ。
「あ、昨日はごめんね。井上くんと遊ぼうとしていたのに、私が暇だからって無理に付き合わせて」
ーーん? 暇?
「いや、誰かに追われていて怖いって言ってたじゃん」
冗談でしょ、と苦笑して手を振ってみせた。
また、遊んでるんじゃないわよ、と受け流そうとするも、逆に苦笑いの美月の眼差しとぶつかってしまう。
「それって、ストーカー? ないない。それはないわよ」
ーーえっ?
「まあ、そんなことがあれば、遥香に頼るけどさ」
だかり頼ってくれたんじゃないの?
「それに、もしそうなら、私よ。怖くて外に絶対に出ないと思うもん」
美月の性格を考えれば、そうだろうし。昨日は無理してそうに見えたから。
私の思いすごし? でも……。
なんで?
美月は疑う様子もなかった。平然とする姿に、強く追求できなかった。
強く問うほどに私の方が怖くなったから。
あの扉を開く可能性があって。
それでも疑問はずっと脳裏にうずくまっており、不安から毎時間、ノートの隅に「なんで?」疑問符を書かずにはいられない。
六時間目まで書いても気持ちは鎮まってくれず、最終的には自分の手帳にも書かずにはいられない。
やっぱり、私は間違っていない気がするのに……。
「……なんで?」