第一章 3 ーー ボディガード ーー
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「なんか、遥香ってボディガードみたいだね」
「何言ってるの。別に格闘技やってたわけでもないし、背が高いわけてわもないんだよ。そんな頼りにしないでよ」
学校の帰り道。
昼間の恐怖に脅えていた様子とは裏腹に、今はたわいもない話に表情を弾ませる美月に、お手上げ、と両手を上げて窘めた。
呆れた。私がボディガード?
んなわけないじゃん。私だって大して背も高くないし、自分で言うのもなんだけど、腕っ節も細いし、力負けしそうなんだけどな。
「でも遥香の目って凜としてるし、変な奴がいたら睨んでやってよ」
「はいはい。どうせ私は目が吊り上がってるわよ」
ちょっとディスられているんだろうけど、褒め言葉として受け取ってあげるわよ。
すると、ケラケラと笑っているので少しは気は紛れたんだろうけど。
「んで、後をつけられるって、どういうことなの?」
私の重い口調は二人の足を自然と止まらせた。
不思議と私らの周りに沼が生まれたみたいに。
空気に急に重力が含まれ、私らの肩にのしかかると、美月の表情を強張らせた。
学校で詳しく聞いてもよかったけれど、なにせ休憩時間。人の目もあったので自重した。
きっと話し難かっただろうし。
今は国道沿いの歩道。
車通りは多く、人通りもあるけれど、顔見知りの人はいないから、気は楽だろうし。
美月は車のエンジン音が行き来する辺りを鋭く睨むと、警戒を強め、一度頷いた。
「気づいたのは四日ぐらい前かな。誰かにつけられているみたいで。昨日だったの。バイト帰りだったんだけどさ、後ろから髪を掴まれたんだ」
「ーーえっ、何それ? 噓でしょっ」
「それで引っ張られそうになって、怖くなって暴れたらなんとか逃げられたんだけど」
半ば冗談か勘違いでは、と高をくくっていたけれど、具体的な話に眉をひそめ、口元を手で覆った。
「それで、そいつってどんな奴だったの?」
息を詰まらせながら聞くと、美月は力なくかぶりを振る。
「顔は見えなかった。夜で辺りも暗かったし、私も必死だったから」
当時を思い返し、声を詰まらせる美月。それでいて、唸ってしまう。
「どうしたの?」
「うん、なんだろ。全体的に黒かったってことぐらいかな」
「黒いのは夜だからでしょ」
どうも歯切れの悪い美月。
彼女を襲った人物が気になり、強く踏み込もうとすると、美月はまたうつむいてしまう。
これ以上は恐怖を蘇らすだけか…… やっぱ怖いもんね。
脅える美月を眺めながらも、当てが浮かばず、つい顎を擦っていた。
気まずさに空を眺めてしまう。陽が落ち始め、遠くに淡い黒とオレンジがグラデーションを生んでいた。
学校に来るのも精一杯ってことかな……。
頭で整理している間、オドオドしながら何度も私を眺めている。
完全に何かを訴えていた。
ややあって顎を擦っっていた指が止まる。
「……わかったわよ。しばらくの間、わたしがそのボディガード、してあげるわよ」
だから、私は強くないんだけど。
本音をこぼしたい。けれど、勢いで言った後、目を輝かせる美月に言葉は喉の奥で潰れた。
「ほんと? 助かる。私、頼れるの遥香しかいないし」
一気に不安を払い除け、美月は背筋を伸ばして前髪を擦ると、満面の笑みを献上されてしまった。
それこそ子供みたいに。
その純粋さ、人懐っこさがあるんだし、私以外にも頼れるいそうなのにもったいない。
でも、こうでもしなければ、このまま案山子みたくなりそうだし。
たまには勢いも必要ってね。私の一言で重い足を動かしてくれそうだから。
ただ、「井上くんはいいの?」と何度も謝られると、こっちが気が引けてしまう。
気にしなくてもいいのに。
それからは、追われている不安を忘れたみたいに、美月は明るく話し、帰り道を楽しんでいた。
私としても、こんな日常が流れるのは嬉しかったけどね。
「じぁあ、遥香。今日はありがとね」
別れ際、嬉しそうに手を振る美月を見送った。
この無邪気さを男に向ければ、あの子ももっとモテただろうにな。
それに、男と二人で帰った方がより安心だと思えるんだけど。
ま、いいけど。
とある駅前。
こらから電車に乗るために美月とはここで別れることとなり、駅前の商店街を抜ける美月の背中を見送った。
もっと家の近くまで行こうとしたけれど、ここは人通りも多く、街灯もあって明るいから大丈夫と、別れた。
確かに人通りは多く、人々の姿に美月は紛れて消えていった。
頼られるのは悪くない。
それまで綻んでいた表情が強張った。
……でもね、
「……でもね、美月。あなたは私を一度、裏切ったのよ」