第五章 2 ーー 影法師との関係 ーー
2
自分は間違っていなかった、と頬が緩むのに対し、坂口の表情は浮かない。
「どうかした?」
「うん。でもやっぱりおかしいんだ。僕みたいに烙印を押されたならいいけど、池内さんがミラのことを覚えているってことが不思議なんだ。それに……」
「それに?」
「本来、僕は覚えているはずなのに、一時、忘れているときもあったんだ」
「忘れてた? そんなことがあったの?」
「うん。本当に忘れてた。そんなとき、何度か夢を見たんだ、ミラのことを。それで、現実だったんだと気づかされるって感じ」
坂口は自分でも納得できないのか、唇を固く閉じ、額を執拗に擦っていた。
私と一緒だ。
私も夢みたいに光景を見せられているみたいに。
「何かがあるってことなの……」
「だけど、君は契約を行っていないはず。だから」
「私が知らない間にその契約を交わしたってことは?」
そこまでの話を聞いていると、そんな可能性が浮かび、聞いてみるけれど、より強く坂口はかぶりを振った。
「それはない。絶対に」
そこだけは坂口は断言してみせた。
なんだろう。また坂口の顔が険しくなった。
何か悪いことでもしたの? と疑いたくなるほどの拒絶に感じてしまった。
「ねえ、だったら、なんでなの? あの影法師は」
「ーー影法師っ」
契約というものが、何か気になる。
それでも話してくれなさそうな坂口に、胸が竦むもう一つの疑念をぶつけた。
すると、急に坂口は目を見開き、驚愕した。
それまでとは違う。どこか鬼気迫る空気を漂わせた。
「影法師…… それって、どんな奴?」
「どんな奴って、全身黒ずくめの奴だけど」
「それで剣を持ってて?」
黒装束の容姿を促す坂口に頷いた。
恐らく私の見た黒装束は、坂口の指す影法師と同一人物。
坂口にとって因縁が深いのだろう。腰の辺りで手をギュッと握り締めた。
込み上げる感情を押し殺しているみたいに。
そっか。確か、カガミって人が……。
墓石の前での会話がよぎってしまう。
そこでの会話が影響していたのだろうか。影法師に対する嫌悪感。
あるいは、曖昧であっても、葉月とともにおそわれたとき、全身に走った悲鳴みたいな警告が消えていないらしい。
「それって、カガミって人が関係してる?」
顔を下げる坂口に、聞かずにはいられなかった。気まずくなりそうになると、坂口は苦笑し、
「噓はつけないよね、やっぱり。うん。あいつがカガミを殺した。だから、許せない」
大人しいなかに、一瞬だけ目に力がこもった。
こいつがこれだけ感情的になるなんて。
「……好きだったの?」
突拍子のない問いに、一瞬たじろいだ後、坂口は気恥ずかしそうに目を細めた。
そっか。やっぱ、そうだよね。
明確な返事を聞かなくても、坂口の雰囲気で察しはついた。
「僕はこっちの人間。戻ってきたんだから、憎しみを持つこと自体、苦しいだけだってのはわかってるんだけどね。でもやっぱり……」
「でも、それならなんで、影法師がこっちの世界に?」
記憶を共有できた反面、新たな疑問に押しつけられそうになる。
「あいつがこっちの世界に……」
私らの世界に影法師の存在を疑う坂口。
どこか禍々しい雰囲気を漂わせていて怖くなった。
影法師を殺す?
「そんなのーー」
そんなのはダメ、と制したかったとき、私たちの間に遮るものが走り、肩をすぼめてしまう。
つい両手で耳を塞いでしまった。
急に轟いた雷鳴に驚いて。




