第四章 5 ーー 弔う場所 ーー
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私だってバカじゃない。
世界のどこかで争いが絶えないことぐらいは理解している。
けれど、それは私の知らない遠い国での出来事であり、対岸の火事として捉えているのも事実。
だからこそ、坂口から“戦争”と聞いて受け入れ難かった。
「この世界、戦争なんかしてんの?」
「そう。一度、大きな争いは済んだみたいだけど、それでもまだ小さな争いは続いているんだ」
「じゃあ、これはその墓石? それとも慰霊碑なの? それだけ亡くなった人が多いってこと」
中庭の雰囲気から、率直なことを口走ると、坂口は黙って頷いた。
でも、多くの人を弔うなかで、坂口の寂しげな表情はそれだけで片づけられない気がしてしまう。
さっきまでの激昂した姿とは対照的な姿。
それだけ追い詰める理由がここに。
触れてはいけない気はする。けれど耐えられなかった。
「……もしかして、大切な人が……」
つい手に力が入ってしまった。
「……ごめん。余計なことを聞いてしまって」
すぐに後悔が襲う。人の気持ちに配慮がない自分が悔しくて、耐えきれずに謝っていた。
苛立ちに頭を抱えてしまう。
ここが死者を弔う場所。だったら、そういうことじゃない。察しなさいよ、私ったらっ。
内心、自分を罵りながらうつむいてしまう。
「ごめん。何も知らないで勝手なこと言っちゃって。でも、言いたかったことがあったから」
「ーー?」
「ありがと。それが言いたかったの」
「ーーん?」
このまま空気を悪くしたくなくて、素直に礼を伝えると、坂口は思い当たる節がない、と呆然と顔を上げた。
間の抜けた表情に、私の方が拍子抜けしてしまう。
「だって、あれ、私の代わりに怒ってくれたんでしょ。私、そこまでの度胸なかったし…… でも、あんたが言ってくれたこと、私も怒っていたことだったから。その、嬉しかったんだ。だから」
恥ずかしいのをごまかすのに、さらに強く髪を擦ってしまう。
私の恥ずかしさとは裏腹に、まだ坂口は呆然としており、ややあってから苦笑した。
「あ、それこそごめん。僕なんかが出しゃばって。嬉しくなかったよね。それにあれで関係が険悪になっちゃったらダメだよね。こっちこそごめん」
素直に受け取ってくれればよかったのに、坂口は逆に謝ってきた。
なんで、謝るの。
自信を持ってほしかったのに、申し訳なさげに目を伏せる坂口。どうして謝るのよ。
「なんで、謝るのよっ」
情けない顔をする坂口を見ていると、どうもモヤモヤしてしまい、耐えきれなかった。
「あんたは間違ったことなんかしてない。むしろ、圭一の方が平気でいるのがおかしいのよ。大体、なんでそんなに弱腰なのよ。あんたは正しいことをしたのよ。もっと自信持ってよ。そうやってモジモジしてるから、圭一も調子に乗っちゃうのよ。あれだけ強ければ、少しはやり返せばいいのにっ」
何やってるんだろ。こんなに責めるつもりはなかったのに、どうしても坂口の顔を見ていると、責めずにはいられなかった。
勢いに任せて捲し立て、圧倒された坂口にハッとした。
言いすぎた……。
「……ごめん。言いすぎた」
後悔に苛まれ、また頭を抱えてしまう。
「……自信ない、か。ま、確かに当たり障りのないことを言いすぎって、よく言われたな。それが僕の悪い癖だって」
寂しげに話す坂口は、ふと墓石に顔を向けた。誰かを惜しむように。
ーー ……カガミのところで頭を冷やせ。
不意に広間でルーンがかけた言葉が頭をよぎった。
大切な人を戦争で亡くした人…… もしかして坂口の。
変な憶測だけが先回りしてしまう。
「あのとき池内さんのため、とか、それは買い被りすぎだよ。きっとあのとき、僕自身が人を守れなかった不甲斐なさを八つ当たりしていたんだ、きっと」
「守れなかった…… それって大切な人?」
静かな問いに、坂口は黙って頷いた。
「その…… 名前、聞いていい?」
つい踏み込んでしまった。少しはわきまえろ、と内心毒づいてしまう。
「あ、うん。そいつ“カガミ”って言うんだ」
……カガミ。やっぱりそうなんだ。
「自分をしっかり持った、芯の強い子だった。それでいて、気の利く子で」
……もしかして坂口の好きな奴だったのかな?
墓石を眺める坂口は、とても穏やかだった。
なんだ、普通じゃん。なんでこいつのこと嫌っていたんだろ。
「じゃあ、その人も戦争の犠牲に?」
「ーー殺された」
「殺されたって……」
異様な表現に、眉をひそめてしまう。
「……影法師。戦争の最中に暗躍してた暗殺者によってね」
影法師。
坂口がこぼしたとき、彼の目つきが険しく吊り上がった。




