第四章 3 ーー 小心者 ーー
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強烈な台風が去った後みたいに、広間に騒然とした空気が漂っていた。
「まったく。何をあれだけ怒ってるんだか」
呆れた様子で頭を掻き、溜め息をこぼすテレサに、苦笑しながらもルーンは事情を知ろうと、私らの顔を伺っていた。
それでも、誰もが顔を逸らしていた。
「クソがっ。痛えなっ」
重い空気のなか、圭一の唸り声がし、体を起こした。
顔を見ると、頬の両方を赤く腫らしている。
鼻血も流し、口周りも赤く汚れていた。
「なんであのバカに、こんなことされなきゃいけねえんだよ。クソがっ」
不機嫌なまま、鼻を袖で拭う。まだ怒りが治まっていないらしい。
ただ、誰も圭一に寄り添おうとはしない。
「ルーン殿、彰殿の態度、あれは」
空気が重くなるなか、兵士が困惑した様子でルーンで問いかけた。
「相当怒ってたな、確かに。まあ少し頭を冷やせば、大丈夫だろ」
「しかし、あれほどまでの姿。私は見たことがないので」
「ま、それはそれなりの事情がありそうだけどな」
心配する兵士を宥めるルーンは、鋭い眼光を私らに向けた。
やはり、誰も口を開こうとしない。
きっとみんな後ろめたいんだ。
「……それはーー」
最初に口を開いたのは私。どうもこのまま黙っておくのが悔しくなり、事情を話した。
怒りをぶつけるように、圭一が睨んできたけれど、気にしない。
静寂した広間に、ルーンの舌打ちが鳴る。溜め息交じりに、テレサは髪を掻き上げた。
「なるほどね」
「そりゃ、あいつも怒るな」
事情を知った二人は納得して呆れていた。
なんだろう。すべてを話すと、私としては気が少し晴れてくれた。
しかし、圭一は私を憎らしげに私を睨んだまま。怒鳴る準備は万全というほどに。
「じゃ、お前らはこの子を見殺しにしたってことか」
直球的な結論をルーンが放つと、みんながまた顔を伏せた。
「あのときは必死だったんだ。だからってなんで俺がこんなに責められなきゃいけないんだよっ」
圭一は文句を吐き捨てた。
「だから、仕方がないと?」
「ああそうだよ。大体、あいつは最初に無謀に突っ込んで行ったんだ。それの方がバカだろっ」
「それは違うっ」
一方的に坂口を責める圭一に、私は割り込み、坂口を庇ってしまった。
すると、圭一は「はあっ」と眉をひそめる。
「ーーねえ」
このまま押し問答が続きそうななか、テレサは話を中断する。
「あなた、何様?」
私と圭一との間に移動すると、テレサは厳しい口調で聞いた。
「はあっ? んなもん、知るか。俺は俺だ」
「俺様か。ほんと、期待通りの返答。バカの模範的な答え」
「はあっ? なんだとっ」
「そうやって、気に入らなければ怒鳴って。それでみんなが黙ると思ってる。それで優越感に浸ってるだけでしょ。情けない小心者だこと」
「ふざけんなっ」
テレサの挑発に、すぐに乗る圭一に呆れ、大袈裟に首を傾げた。
「調子こくなよっ、クソ女がっ」
すぐに手を出そうとする圭一を、兵士が槍で押し返した。
「そうやって人をバカにして。それで自分がバカにされると逆ギレ。みっともない。だから、あんたは何様って聞いたのよ」
この人、もっと大人しい人だと思っていたけれど、歯に衣着せない責め方に圧倒される。
それに、仮にも恋人を罵倒されているにも関わらず、怒りは感じない。
「なんなんだよ、ここは。どいつもこいつも人をバカにしやがってっ」
「テレサ殿。挑発はそれぐらいで。お前も口の利き方に気をつけろ」
見かねた兵士が制止するけれど、テレサは鼻で笑った。
「なんだよ、このクソ女。縄を解けっ。相手になってやるっ」
「ーー最低」
思わず口が滑ってしまった。
「女の子に手を出すなんて、何を考えてんの」
それまで憤っていたけいは、私の一言に睨みつけてきた。
やはり、どこか蔑んだ眼差しで、鋭く突き刺すように。
負けじと睨んだ。
なんだろう、圭一に対する熱が急に冷めていく瞬間が見えた気がした。




