第三章 10 ーー 美月の痣 ーー
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どうも、寝つきが悪かったんだな、と朝になり、頭に痛みが残っていた。
何度もあくびが出てしまいそうなのを堪えなければいけなかった。
一限目は頬杖を突きながらウトウトし、サボろうかと企んでいると、美月が教室に入ってきた。
おはよ、と手を上げようとしたとき、目を疑い、躊躇してしまう。
声を上げられずに呆然とするなか、美月が無邪気に私の席に近寄ってきた。
「おはよ」
「うん。おはよ」
勢いに任せて挨拶するけれど、美月の左腕に目が止まる。
「どうしたの、それ?」
思わず指差してしまう。美月の左手の包帯が気になり。
「ーーえっ? ケガしたの?」
「ううん。そうじゃないんだけどね」
ととぼけながら、包帯の上から手首を擦る美月。
擦っていくうちに、頬が強張っていく。
「なんかさ、痣ができてて」
「ーー痣?」
「うん。ちょうど手首の辺りからまっすぐ横に赤くね。それも結構濃く出てしまったの」
と、痣の形を指でなぞってみせた。
それは、リストカットをしているような仕草で。
「何かにぶつかったの?」
手を動かしながらも、どこか納得しきれておらず、頬を歪める。
美月に聞いてみると、首を傾げた。
「いや、そんなことはないんだけどさ。もしそうだとしたら、情けないじゃん。寝違えてどこかにぶつけたんだろうから。それでこの包帯」
自分の不甲斐なさを嘲笑い、頬を掻く美月に笑顔を献上した。
「別にいいじゃん。そんな痣ぐらい」
「やだよ。結構大きいんだよ。恥ずかしいって」
なんだろ。一瞬、美月の包帯を見たとき、胸の奥からえぐられる思いに襲われたけれど、美月の無邪気さに安堵した。
……大丈夫、あれは夢。
「ーーえっ?」
唐突に浮かんだ言葉にドキッとした。
「遥香、どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない」
なんだろ、瞬きをすると、一瞬心が痛んだ。
何か脅えた……?
「そんな気にしないでよ。大したことないんだしさ」
どうも、私が不快な顔をしかのは、心配したんだと感じた美月は、気恥ずかしそうに手を振った。
大丈夫だと包帯を巻いた左手で。
だよね、と自分の気持ちをごまかし、私も笑っておいた。
私の話は冗談だと受け流され、美月が席を離れた後、すぐに表情を曇らせた。
ちょっと気を紛らわしたかった。
誰かの席に喋りに行こうかな、とも思ったけれど、何気に手帳を取り出した。
また不安を書き留めておこうと。
ただ、手帳を開いたとき、手が止まってしまう。
手帳に書かれていた無数の「なんで?」の疑問の言葉の羅列。
自分がなぜ、こんなことを書いたのか明確に覚えていないけれど、目を外せない。
文字を指でなぞっていると、不意に止まった。
ーー坂口。
……坂口?
首を傾げてしまう。
なぜ、イジメの標的になっている坂口の名前があるのかと。
瞬きを一つした。
ほんの一秒も満たない時間に、その光景は脳裏を駆け巡る。
そっか。そうなんだよね……。
昨日の出来事。昨日、私らは黒装束に襲われた。
あの後、どう逃げたのかわからない。
……なんのつもりなの、影法師……。
私は知っている。あんたがどういう奴かを。
坂口に聞いているんだから。
ミラで。




