第三章 8 ーー 黒装束 ーー
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どうも、体が重たかった。
朝目覚め、ベッドから起きてみると、どうしてか背中が痛んで仕方がなかった。
別に変なことはない。寝違えてしまったんだろうと、首を擦りながら支度を続けていた。
この痛みを理由に、ズル休みでもしてやろうかとも、企んでしまう。
そろそろ家を出なければいけない時間。
急いで支度を続ける。
部屋の鏡の前で前髪を整え、首元の赤いリボンをつけながら、変なところで真面目な自分を呪いたくなる。
溜め息をこぼしながら振り返り、机の上に置いてあった手帳に目が止まる。
忘れてた、と慌てて寄ると、開かれた手帳に目が止まる。
「……こんなの書いたっけ?」
どうして?
黒装束……。
書かれていた内容を指でなぞっていると、急激に脳裏に矢継ぎ早に記憶が駆け巡っていく。
黒装束に斬られた。
ただ痛みはあっても、傷があるわけじゃない。
本当だったら、死んでいたはず……。
「あれって、たちの悪い夢だって言うの?」
弱々しい疑念がこぼれた。
夢だったのか、幻だったのか……。
気持ち悪いほど、確信が持てない。
それでも、事実なんだと訴えているみたいに、背中の痛みは消えてくれない。
だから、痛みは気のせいだとごまかしながら、時間をすごしていた。
「ねえ遥香、ちょっといい?」
今日の最後の授業がまだ残っている、とげんなりしていた休憩時間。思い詰めた様子の美月が周りを気にして近寄ってきた。
「どうしたの?」
手帳を開き、背中の痛みについて書き加えようかとして、手を止めた。
首を傾げていると、美月は追い詰められたみたいに顔を伏せている。どこか話すことを躊躇しているみたいに。
どうも話が先に進みそうにないけれど、美月の態度より、この状況に不思議と既視感を抱いてしまう。
一度教室を見渡してみた。
誰もが私に気を留める様子はなく、ざわめきが教室に充満していた。
「何か話があるなら、いくらでもつき合うよ。カラオケにでも行く?」
きっと美月は誰にも聞かれたくないのだろう、と提案してみた。
すると、悩みを当てられ、安堵したみたいに表情が明るくなった。
既視感は当たっていた。
「誰かに追われてる?」
帰り道、脅えながら不安をこぼす美月に眉をひそめてしまう。
それって、あの夢に出てきた奴?
記憶が訴えている。奴が“影法師”なんだと私は知っている。
影法師…… 確かそう吐き捨てていた。
今となっては、美月を追っていたのは奴なんじゃないか、と考えてしまう。
夢で私を追ってきた奴なんじゃないかと。
「ーーどうかした、遥香?」
近くの電柱に凭れ、顎を擦りながら思案していると、私の顔を覗き込むように美月は聞いてくる。
「ねえ、その追いかけてくる奴って、もしかして全身黒装束の奴じゃなかった?」
「黒装束?」
「そう。アニメやマンガに出てきそうな、全身黒のコスプレ野郎なんだけど」
普段の服装にしては、あり得ない姿だったので、一番表現が合っていると思えた。
「そんな奴、街のなかで平然と歩いてないでしょ。ハロウィンじゃないんだし」
まるで、私が冗談を言っているみたいに、美月は笑う。
追い詰めたくないので、私も笑って合わせた。
でもね、美月。そんな奴らが普通の異世界に行ってるのよ、私たち。
「ねえ、もしそいつらが、異世界の奴だったら、どうする?」
これまで美月から異世界の話を聞いていない。
でも、間違いじゃないって確信している。
じゃあ、やっぱり忘れてるの?
はっきりとしたくて、勢いに任せて聞いてみた。でも、真剣に聞いても警戒しそうなので、冗談交じりで。
もちろん、美月も真剣に受け取っていないらしく、目を細めた。
「異世界って、そんな子供みたいな……」
でしょうね、と諦めていると、美月は次第に声を詰まらせ、明るかった表情を引きつらせる。
もしかして、覚えているの、と期待が沸き上がっていき、私の頬が強張る。
「ねえ、遥香の言う黒装束の奴ってさ、剣、持ってた?」
「ーーえっ?」
急に声をこもらせる美月。
あの世界のことを思い出したのか、と私は目を輝かせてしまう。
「ーーそれって、あいつのこと?」
どうも、美月の発言がおかしく、怪訝に眉をひそめると、唐突に美月は右手を上げ、私の後ろを指した。
驚愕する美月の様子に導かれ、振り返る。
平日の夕方。
仕事帰りの人や、買い物の人らで賑わう歩道に、異質とも呼べる黒装束の人物が通路の真ん中で佇んでいた。




