第三章 7 ーー 影法師 ーー
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なんで逃げるの?
自分に問いかけてしまうのか、疑念を抱く暇もなく、公園から飛び出していた。
完全に脅えている。
止まってしまえば、すぐに震えで倒れてしまいそうで怖い。
だからこそ、自分の恐怖をごまかすのも含め、余計に足に力がこもる。
……怖い。
得体の知れない恐怖に耳を手で塞いで走っていた。
すべてを拒絶したくてうつむいたまま。
誰かに肩がぶつかったかもしれない。それでも止まらない。
誰かが「おいっ」と怒りをぶつけてきたかもしれない。
でも逃げた。
まだ完全に日が落ちていないのに、足元が普段よりも暗く見えてしまう。
異様な雰囲気に足が止まってしまう。
引かれて顔を上げ、目を見開いた。
また不気味な空が広がっていた。
マジックアワーに似た、不思議な空が。
なんで?
戸惑いで息が苦しくなっていく。
「……またあっちに行くことにーー」
「なぜ、逃げる」
肩が硬直した。
肌に刺さる禍々しい声に、視界がゆっくりと下がっていくと、耳に当てていた手も下がり、ギュッと握ってしまう。
「……影法師……?」
どうしてそんなことを言ってしまったのか、私にも理解できない。
自然と口からこぼれていた。
全身を黒装束で覆った人物。
男とも女とも捉えない姿で、マントも被り、顔も黒いマスクに隠されていた。
でも、私はこの人物を知っていた。
会ってはならない危険な人物なんだとも。
黒装束のそいつの腰には、一本の剣が携わっていた。
喉の奥で潰れている間に、黒い腕が剣のグリップに触れる。
刹那、踵を返して地面を蹴った。
逃げなきゃっ。
全身に駆け巡る指示。逆らうかとはない。
どれだけ走り抜けたかは把握できないけれど、肩で息を整えないといけないほどに苦しかった。
風が髪になびくほどに走っていたのに、まったく黒装束から逃げる自信がなかった。
振り返れば、すぐ後ろにいる。
そんな恐怖が背中に貼りつくなか、走り続けていた。
逃げる道中、疑念に襲われる。
これまで数人の人とすれ違っていた。鬼気迫る表情であるのは痛感していた。
その異質さを怪訝に見詰める人らはいたのだけど、誰もが黒装束に対して恐れる様子はなかった。
なんで? 剣を握ったコスプレ野郎が街中にいるんだよ。
それなのに、なんで? なんでよっ。
怒号も悲鳴も聞こえないでいると、次第に足に疲れが積もっていき、歩幅が狭まっていった。
動いて。動かなきゃ。
足の指先にまで、命令を下しているのに、突如、言うことを利いてくれず、止まった。
これまで破裂しそうな息が、不思議と急激に鎮まった。
止まらされた。
すぐ後ろに人の気配を感じて。
……動けない。
……助けて…… お願い……。
「……助けて…… 坂口……」
視界が霞んでいくなか、咄嗟に口走っていた。
どうして圭一でもなければ、美月でもなく、坂口だったのか……。
「……どうして?」
私の声じゃない。
やけにこもった声が耳に届いた。
まさか影法師……。
込み上げる不安に振り向き際、背中に痛みが走る。
斬られた……?




