第三章 2 ーー 理由がない ーー
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私は助けられた?
圭一の機転によって、私は深い溝に落ちることなく済んだ。
きっとこれまでの私なら、平然と笑い返していただろう。
けれど、今は違う。
結局は坂口を悪者に吊し上げたことに変わりはない。
それが気持ち悪かった。
だから笑えないでいたけれど、圭一が無理矢理手を引かれ、教室を飛び出していた。
休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたとき、私は校舎の隅に連れ出されていた。
「何、バカなことやってんだよっ」
乱暴に校舎の壁に押され、痛みと同時に圭一の怒号が降り注いだ。
遠慮のない恫喝に鼓膜を痛めていると、首元が急に痛んだ。
赤いリボンの首元を容赦なく圭一が掴んだ。
「お前バカかっ。あんなゴミに話しかけるなんてっ」
眉間に深いしわを寄せ、私を叱咤する圭一。
「放してよっ。痛いじゃんっ」
圧倒されるけれど、こんなのに負けたくはない。負けじと私も声を荒げた。
すると、圭一は首元から手を放した。
ようやく訪れた開放感に、息が上がってしまう。
でも苛立ちが勝り、わざとらしく咳き込んでやった。
その場でしゃがみ込み、憎らしく睨むと、圭一は睨み返してきた。
女の子に手を上げるくせに、微塵にも臆することなく立ち塞がる。
負けじと睨むと、根負けしたのか顔を背け、腕を組んだ。
「いいか。あんなのと喋るなよ」
先ほどよりも口調は弱まり、感情は鎮まったらしいけど、言っていることに変わりはない。
坂口を悪者にしている。
拳をギュッと強く握った。
なんだろう。ムカつく。
「なんでなの?」
「ーーはあっ?」
もう圭一の顔は見たくなく、うつむいたまま聞くと、鋭い声が返ってくる。
反応からしてすぐに舌打ちをしそうに、眉をひそめたのは容易に想像できた。
このままじゃ何も変わらない。負けじと顔を上げ、圭一と向かい合った。
案の定、圭一は面倒そうに首筋を掻いていた。
「どうして坂口をイジめんの?」
私が言える言葉ではないけれど、聞かずにいられない。
「知るかっ。ただ見ているだけで鬱陶しいんだよ。それだけだ」
それだけ?
素っ気ない圭一に唖然となった。
理由がない。
何それ。くだらない。本当にくだらない。
「ーーくだらない」
大した理由もなく、イジめている圭一に、心底嫌気が差し、強く吐き捨てた。
「ーーはあっ?」
気に入らなかったらしく、また仰々しく睨んでくる。
「まあいい。けどなっ、もうあいつと喋るなよ。絶対だぞっ」
負けずに張り合おうとすると、私を指差して激昂する圭一。
「わかったなっ」
と念を押すと、背を向けて歩き出す。
きっとこれがこいつの性格。私が悪かった、と懇願して追いかけるのを待っているんでしょ。
わざと遅く歩いてるのが見え見えよ。
手なんて伸ばしてやらない。
もういい。
私はあんたについて行かない。
ゆっくりと遠退いていく圭一を蔑みながら見送った。
授業の時間のせいか、周りは物静かであった。
別に全力疾走をしたわけでもないのに、どっと疲れてしまい、その場にしゃがみ込んでしまった。
寒い。冷たい。
真冬でもないのに、凍えるように体は冷たく、ギュッと体を抱き締めた。
きっと、脅えているんだ。
これで私はまた“あっち側”になりかねないって。
そっか。またあんな時間が訪れるんだ。
……そっか。また……。
笑っちゃう。




