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事件


 しばらく道路を南下していると、水平線上に何やら転々と白いものが見えてきた。

 やがて、大勢の人間らしきものも見えてくる。

「来ちゃったよ……どうするよ、俺……」

 唾を飲み込む。白いものは、布を張った大型の荷車のようだ。それがざっと見たところ、百以上。前方から濛々と砂煙を上げる二台の巡回機がやってきて、道路をそれて黒髪族の隊列へ真っすぐ突き進んでいく。

『こちら四番巡回機。前方、当該脅威発見。直ちに対応に任る。警戒度五。警戒度は五』

『了解。増援を向かわせる。付近にいる機体は直ちに急行せよ』

『警戒度五に設定に対応して遊撃隊は強硬措置の行使を許可す』

『こちら第六遊撃班。了解』

 連絡無線も聞きなれない言葉ばかりの連発だ。グストフは重い舵を切り、道を逸れて砂地へ突入する。ただでさえひどい揺れが、今は座椅子から身体が跳ねて屋根に頭がぶつかるほど酷く機体を苛む。

「くそ、こんなので連中とどうやり合うんだよ! 俺は内勤だぞ……」

 隊列まで目算であと一キロメートルもない。

「ええええ!?」

 黒髪族の男性らがずらりと横並びになり、こちらに銃を向けている。

 それだけではない。いくつかの大砲が、自分を目掛けて大口を開けている。

「うああやめろ!!」

 反射的に身体を低くした。そのとき、不思議なものを見た。

 一台の荷車の屋根の上に、少女が立っている。

 少女はこちらを警戒しているような感じではなく、両手の平を軽く前へ向けて少し脇を開けた格好――そよ風を味わっているような、そんな雰囲気だった。

 それは時間が止まり、鳥肌が立ち、妙にくっきりと脳裏に焼き付いた。

 直後、屋根の上の警報よりも大きな音が鼓膜を揺らした。



*     *     *



 居並ぶ荷車の配列には意味がある。

 炊事道具や入浴設備、排泄用具など生活用具を収めた衛星車。

 寝台と寝具を完備した宿泊車。

 食料や水を備蓄した糧食車。

 娯楽品や個人の持ち物が積み込まれた貨物車。

 そして武器を積み、軽度の武装を施した自衛車。この五種類が一チームとなって幾重にも続いている。

「小銃を使うのはある程度慣れた人間にしろ! 若い衆は大砲の砲撃助手に回れ!」

「自衛車を横向きに停めて盾にしろ!」

「実弾と空砲を間違えるなよ! ロスタイムは無くせ!」

 それぞれの班のリーダーが指揮を執る。緊張がより一層強くなる。やがて最初の砲撃が混戦の狼煙を上げる。巨大な砲弾はまったく見当違いの方向へ飛んでいき、地面に衝突して砂塵を巻き上げ、かえって視界を濁してしまった。

「当たってない! 当たってないぞ、もっと撃て、どんどん撃て! 撃ち続けろ!」

 男連中の動きは、ジンが想像しているよりもずっと遅かった。むしろ攻撃態勢に入っている者の大半が、ただオタオタと足踏みをしているだけだ。

「おい、何のために今まで訓練してきたんだ! しばらく国防とぶつからなかったからって、これじゃ話にならんぞ! 気合入れんか気合ぃ!」

 ちょっと前までこんな事は頻繁にあった。たった数年でそこまで錆びつくわけがない。

 男らは荷車から重い砲弾や火薬をリレー形式で下ろし、流れ作業のように装填、発砲を行っている。ところが大半が実戦慣れしていない事に加えて焦りや緊張、日頃の疲労もあり、ひどい有様だ。全く命中しないどころか、弾は全てとんでもないところへばかり飛んでいく。

「下手な鉄砲も数撃てば当たる。肝心なのは量だ、手回しを早く、確実に!」

 どこぞの班のリーダーがこんな事を叫んでいるが、やたらに砲弾や火薬を無駄にするのも得策とは言えない。頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

「子供の小便じゃねえんだから、きちっと砲身を固定してから火を入れろ! ちゃんとやりゃできる! おいリューイチ! 怯えてる場合じゃねえ! 弾を運べこら!」

 荷車の陰や中に隠れた女子供は身を寄せ合い震えている。リューイチというまだ十七を過ぎたばかりの貧弱な男は、いつも移動中に眩暈を起こしている。いざとなれば立ち上がる事も出来ずに震えている始末だ。

「ヨシヒコ! ヨシヒコはどこだ」「ここだぞ、ジン」

 ヨシヒコと呼ばれた、丸眼鏡の小男が駆け寄る。

「お前の持ってたあの遠くまで狙えるやつ、あれはどうなった?」

「すまねえ、あれはもう壊れちまった。この前の豪雨の時に車が滑落した事あったろ。その時に泥が詰まってさ」

「最悪じゃないか。代わりになりそうなものは?」

「なにもない」

 ジンは眉間を押さえた。狩猟担当のヨシヒコ・ヤマダの持つ遠距離用の猟銃なら、そしてそれに習熟した彼の腕ならアテになると思ったんだが。

「すまない、力になれなくて。俺もこの小銃で応戦するからさ」

「なんとか頼むよ」

 砲撃が遅い。

「どんどん撃て! 休むな、嫁子供の命が」

「ジン! ジン!」

 コーイチがジンの腕に飛びついてきた。

「なに、どうした?」

「あれ、あそこ! ミズコシの娘!」

 見ると、なんと荷車の屋根の上に立ち、大きく両手を挙げているカルハの姿があった。

「あいつ、何考えてる!?」

 ジンは咄嗟に駆け出した。



*     *     *



 右側およそ五十メートルほどの位置にいる巡回機の一台が急停止した。

 もう一台も横滑りを起こしながら停止する。舵を握る手が、汗でぬめってひどく滑る。

「お、俺も止まるべきか……いや、でも止まったら撃たれるよな……」

 グストフは大きく緩いカーブを描いて方向転換を試みた。

 そして速度を最大まで上げ、蛇行する。

 これで相手の激しい砲撃をなんとかかわしつつ、一度距離を置くのだ。

『当該脅威より攻撃発生。繰り返す。当該脅威より攻撃発生』

『どのような攻撃だ』

『小型の大砲、および携行銃器による掃射攻撃です』

『状況報告の迅速化願う。繰り返す。状況報告の迅速化願う』

『了解。警備巡回機を盾にしながら応戦をせよ。しかし身の安全の確保には十分に注意するように。じきに遊撃隊が向かう』

『了解』

 こちらは自衛用のちっぽけな拳銃しかない。あんな大砲に太刀打ちできるわけがない。

 二台の巡回機が左手に見える。

 敵の砲撃による砂埃がひいたころ、激しい光の筋が幾重にも走った。本職の巡査らが自動小銃での応戦を始めた。分厚い装甲の巡回機を盾にしているが、あんな大砲で撃たれたらそれすらも簡単に潰されるだろう。

「やっぱり、ここから離れないと……」

 実戦は無理だ。経験がない。

 後方を振り返ると、十台あまりの巡回機、大きな機体を誇る護送機や遊撃機の姿が見えた。増援だ。これだけ強豪が揃えば、自分だってせいぜい後方支援くらいはできるかもしれない。

 グストフは車列が走り去った直後に切り返し、自分の巡回機を最後尾につけた。

 いきなりだった。

 前方を走っていた走行機が大爆発を起こした。



*     *     *



「増援、増援が来たぞ! 砲撃ピッチ上げろ!」

 見張り係が怒鳴って回る。

「族長、ダメです、詰まりやがった!」

 一番近くにあった大砲を操作していた男が情けない声を上げる。

「オタオタしてないで! 撃鉄を一回上げるんだったろ……タクミ、それは不発弾だ、それはよけて次の装填! ちゃんと思い出せばできる、大きなやつも来たぞ、早くしないか!」

 ジンはタクミという男を叱咤し、カルハの立つ荷車へ急いだ。

(――何を考えている――撃ち殺されたいのかあの小娘)

「ミズコシー!」

 ジンが叫ぶと、ミズコシの娘はこちらを向いた。

 その瞬間、頬の産毛がゾワリと逆立った。なんとも朗らかな表情をしている。

 正気の沙汰ではなかった。

 突然、激しい爆発音と火柱が上がって意識が戻る。

「当たった、当たったぞ!」

 皆が一様にどよめき、女や子供も顔を覗かせた。

 砂塵の彼方で、大きな炎と黒煙の塊が膨れ上がっていた。

「その調子で撃て! 食い止めろ!」

 ジンはミズコシの立つ荷車に向かって、激しい銃撃戦の合間を縫って走り続けた。銃弾を運んでいる人間とぶつかって弾が地面に散らばってもお構いなしだ。

 前方で二人ほど、国防の銃弾に倒れた。

「怪我人! 女はすぐ手当だ。体温を下げないように毛布で包め、水を飲ませろ! 傷口に塩をかけるのも忘れるな。おいあんた、あきらめるなよ、しっかりな。大丈夫だから」

 すぐに駆け寄り、撃たれた男に声をかけ、腰に差してあった手ぬぐいをきつく巻き付けてやった。最寄りの荷車の中に男を運び込んだ瞬間、自分たちはまずい事になる、そうハッキリとした予感が、脊髄を走った。



*     *     *



 激しい爆風で機体が大きく揺れる。幸い、まだおりる前だったので無傷で済んだが、爆発した機体の近くにいた巡査の何人かが負傷したようだ。

「まずいぞ……これは……いい加減にしないと……」

『一台やられました! もっと増援をお願いします、黒髪族は多数の重火器を所持して攻撃をしかけてきます、おそらくニホンジンです』

 どれかの巡回機の悲痛な無線。

 ニホンジン。聞いたことがある。黒髪族の中でももっとも高い技術を持つ種族で結束力も高い。ケミトリが言うように体格は貧弱だが、体力は半端なものではなく、さらに意思も強いので衝突するととても厄介だろう。これは錬生学舎でかのキャメロン氏から仰いだ教えである。

 なんでも、故キャメロン総督もかつて警邏班に所属していたころ、ニホンジンには苦しめられたという。なるほど。それがいま、現にこうして――


 隊列が急制動で止まり、巡査らはすぐに機体の陰に隠れて応戦を始める。

 心臓が破裂しそうだ。

「これは乗っていても安全はないぞ」

 やむを得ず、グストフも腰の自衛拳銃を抜き、巡回機を降りた。

 機体の陰からそっと覗くと、まだあの少女が立っている。だが不思議な事に、他の巡査には見えていないかのように全く少女を狙っている様子がない。もちろん脅威があるのは少女より大砲の方なので攻撃優先順位は大砲が先だが、それでも巡査らから少女に対する反応が全くないのだ。それが、とても不可解だ。

 腰を低くして前の方で腹這いになっている中年の巡査の隣へ行ってみた。

「すみません。あの、少女がいますよね。見えますか?」

 巡査はよほど集中しているのか、グストフの声に全く気付いていないようだ。

「弾倉!」

 巡査は唐突に叫んだ。目が点になる。ダンソウ?

「おい弾倉。早くよこせ。そこにあるから」

 自分に向かって言っているのか?

「えっと、何です?」

「弾倉だよ銃弾の箱! お前ボケてんのか?」

「あ、はい。すみません」

 それらしきものを手渡す。

「これは手錠箱だろうが! 貴様ナメやがって、もういいやひっこめクソが」

「ごほっ」

 巡査はグストフを強く突き飛ばし、後ろに飛びのいて装具入れを掻き回した。

(そんな事いわれても、普段は銃器なんて扱わないんだから)

 試しに、自分の拳銃を撃ってみたが、装填を終えた巡査が真上から怒鳴ってきた。

「自衛用だろ! 届くわけないだろう。本当に馬鹿だなお前」

 また腹這いになると、途切れ途切れの射撃を再開した。

 ムッとする。なんなんだ。

 無いものは仕方ない。それ以上は物理的にどうする事も出来ず、身を低くしながらそっと当該脅威というらしいの状況を伺う。

 七メートルほど前にいた巡査が立ち上がった途端、撃たれた。

『負傷者が増えている。救護班も派遣しろ』

 まるで撃たれるのを待ち構えていたかのように、すぐに無線が入る。

『だいたい何人くらいだ』

『勘定する余裕なんてありませんよ!』

『推定人数を述べよ。派遣数が不明では意味がない』

『現時点でおおよそ三十人だ。これからも増えるぞ。意外と手ごわい』

『民間の走行機も調達の段取りをしているから何とか持ちこたえてくれ』

『こちら第四遊撃班。現着』

 驚いた。寝そべっている自分のすぐ真横を遊撃機が通過した。横っ腹を見せてバリケードのように立ちはだかると、中から重武装の遊撃隊員らが飛び出してくる。

「あそこだ、荷車の上!」

「よしいくぞ」

 その叫び声にハッと顔を上げる。

 直後、自動小銃の続けざまの発砲音が腹の底を震わせた。



*     *     *



「おいミズコシおりてこい!」

 ジンは自分でも驚くくらいの軽快さで荷車の上によじ登ると、彼女の腕を掴んだ。

 凄まじい衝撃が下半身に走る。一気に力が抜けてバランス感覚がなくなり、強烈な眩暈がしたかと思うと地面に叩きつけられた。自分の体の上に、娘が倒れ込んできた事も、誰かが自分に駆け寄ってきた事も分かった。

 悲鳴なのか銃声なのか爆発音なのか馬期越えなのかわらかに音がずっと鳴っている。

 身体を起こそうとするが、叶わない。意識が遠のいていく。



*     *     *



「当たった、当たった!」

 中年の巡査が歓声を上げる。

「お、すごいですね! やりましたね!」

 彼の放った一発は少女のもとへ突然現れた男をとらえ、少女とともに地面へ落ちていった。グストフは激しく混乱し、声が潰れた。巡査らの射撃の腕前はさすが鍛えられている。現に先ほどから、かなりの人数を仕留めているようだ。

「おい! 奴ら荷車から砲弾を下ろしてるみたいだから、荷車そのものを撃てば大爆発させられて一掃できるんじゃないか?」

 誰かがそういうと、皆が一斉にそうだそうだと色めきたった。

「ダ、ダメ!」

 言ってから、全身に冷や汗が噴き出してきた。

 なぜ、そんな事を言ったのか自分でも釈然としない。しまった、と思った。

 皆の怪訝な、というより攻撃的に尖った視線がグストフを射殺す。

「おいあんた、何がダメなんだよ?」

 三十歳くらいの、魚のような顔の巡査が食ってかかる。顔つきから、狂暴な性格がありありとうかがえる。

「いや……いいえ」

 足から一気に血の気が引く。確かにいま、自分は不謹慎な態度をとった。

「なに? あぁ?」

 中年の巡査が上着を掴む。

「おい、なぜ止めた、ああ!? こっちが死んでもいいって言うのかい!?」

「い、いいえいいえ違います、そんなつもりじゃ!」

 あまりの剣幕に、うすらと涙が出る。

「じゃあなんじゃ! こんなちっぽけな拳銃しか持たんと、おのれは何をしに来た! 矢面で人の足引っ張ったら仲間殺す事になるんじゃ! 引っ込んどけ!」

「いてっ!」

 押し倒されて、倒れ込む。

 慌てて起き上がろうとしたときだった。

 目の前に鮮烈な炎の花が咲いたと思うと、全身に何かすさまじい衝撃が走って一瞬で気を失った。



*     *      *



 街が騒がしい。

 黒髪族と国防が衝突したらしいと、通行人らが妙にイキイキして語り合っている。

 くだらん。

 そんな事でどうしてこうもキャーキャーと盛り上がれるかね。

 何かをもらえるわけでもないのに。だいたい、さっきからいくつも国防の走行機が行くが、あれを作る金も、維持する金も、燃料も、そして奴らの給金も、全て我々の税からあてられているんだぞ。

 国民を守るため矢面に?

 それなら、自分だってやってやろうじゃないか。

 ああ、やるさ。

 身体でも張ろうじゃないか。

 国防は、あの事故のあと国民に何かしてくれたか?

 自分らのような被災者にそっぽを向いた。

 早々に匙を投げ、小馬鹿にしたように哀れんだ。

 ……それだけだ。

 他の多くの者も同じ。低俗な国民め。低俗な国防め。低俗な国め。

 まあ、そんな事はもういい。

 息子のため、それ以外はもう何も考えない。確実に近くに来ているのだから。


 彼はボロボロになった豚の仮面を脱ぐと、建物の陰に腰を下ろした。



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