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緊張


「いい男だった。特にコールマンやエーゲルホーファーにとっては、親代わりでもあったし、他の管理職よりもより一層、深い関りがあったんじゃないかな」

 キャメロン総督の葬儀には多くの国防吏員が参列した。

 人員精査管理の古株が目元を赤くして回顧する。

「ええ、あの人には非常によくしてもらいました。総督と教官という二足の草鞋を履きながら多忙であろうにも非常に丁寧で親心溢れる上長で」

 プラウスキが饒舌に述べている間、グストフはぼんやりと食卓を眺めていた。

 葬儀の際に出される食事の度合いで、故人が生前、どれくらいの人物だったかわかる。

 この国の文化は残酷で、正直だ。まるで子供のようだ。

 グストフは、十五の時に持論を立てた。無垢というのは、汚れを知らないのではなく、むしろ汚れを先入観や劣等感を全く滲ませずに見つめ、またそれを素直に評価するのだと……つまり子供は、童心とは、無垢というより底無しに正直なだけなのだと。

 いじめや、差別は、根絶されない……支配者が、正義で、きっと、支配される側が、自らおろろろと、道を外れているから――

 眠りかかっていた。他の参列者たちはいつもとあまり変わらない様子で、ただちょっと控えめではあるが雑談交じりに食事をしていた。

「~ああそうだったな。そういえばグストフ君、特に君についてはキャメロン君からよーく聞かされたよ」

「……え?」

 唐突に自分の話になり、グストフは無意識に背筋を伸ばした。

「君の事を一番よく話題に挙げていたよ、彼は。よっぽど気にかけていたんだろうねえ」

「そんなに、私の事ですか?」

 意外だ。気にかけていた、とはどういう事か。

「ああ。あの子は危うい、気掛かりだ、息が抜けない。そうやっていつもいつも君の事を悩んでいたよ。真面目なのはいいけど、どうも不器用だって」

 生前の本人から直接言われた事、そのままだ。

「それでしたら、直接いわれてきましたよ。それこそ耳にタコができるくらい」

 古株は笑った。

「珍しい事だぞ? あの男が部下についてここまで話した事は、今までになかったからなあ」

「他の人の事は話されなかったんですか?」

「そうだ。言ったとしても、ほんの経過報告程度だったよ。それが君の事となると別だ。まるで自分の息子の話をするように、良い意味でも、悪い意味でも、あけっぴろげで本音を滔々と語る節があった」

 冷や汗ものだ。悪い意味でもあけっぴろげというのは、深く聞かないでおこう。知らない方がいいことも、世の中にはあるという事を知ったばかりなのだから……。

「どうして私に限ってそこまでご贔屓いただけたんでしょうか」

「それはね」

 古株は一瞬だけ天井を見上げ、グラスを持ったまま何か頷いてこちらを見た。

「本人の耳はもう塞がっているから、御免だ」と前置きし、

「キャメロン君には息子が居たんだ」

 ただでさえ低い声をさらに低くして零した。

「え? 遺書にあった名前は女性の名前だけでしたよ。奥さんらしき人と、おそらく娘さん」

「ああ。彼には妻も娘もある。だが、生まれて間もなく亡くなった息子もいたんだよ。僕以外の人には喋っていないと言っていた。その、泣き声さえ上げなかった息子の名前がグストフといってな」

「「え」」

 言葉が出なかった。傍で盗み聞きしていたプラウスキまで声を上げた。

「じゃあ、キャメロン総督は健康に育つはずだった自分の息子のグストフ君とこのグストフを重ねて見ていたという事なんですね」

 プラウスキが上ずった声で食いつく。キャメロン総督の事を良く思っていなかった彼だが、きっと心底驚いたのだろう。

「じゃあ、私はあの人にとって息子も同然だったと」

「ああ。そういう事さ」

 恩師は、この事をついに自らの口から語る事なく他界してしまった。

 本当は隠し通したかったのだろうか。

 それとも、とうにバレていると開き直っていたのだろうか。

 いずれにせよ、思い返すたびに納得いくことが、謎のままずっと漂っていたが、古株の一言で平仄が合うような出来事は過去に山ほどあった。

 目頭が熱くなってしまった。

「まあ、人は年をとると若い人間に口酸っぱく言いたくなるのさ。自分自身がある種のお手本として、また反面教師として、生きた証を残したい。そんな僕も、そろそろ定年さ」

 古株は独り言のように言って、グラスの中身を飲み干した。



 週明けの朝。

 生活道路の街の大通り『ギルドラド街道』にて、先の路肩にひときわ大きな走行機が停止した。ちょうど、昼食用の焼き菓子を買うため列の最後尾についたところで、連日の睡眠不足からくる頭痛が吹き飛ばされた。黒煙を吹き上げる機体の三メートルはあろうかという高さの操縦室から降りて来たのは瞳の青い色白、そばかす顔の華奢な体つきの少年。

「ニック・ルーカス。おはよう。菜っ葉、ありがとうな」

 グストフは、あまり表情の移ろわない顔で挨拶をしたが、言い終わるか終わらないかのうちにそれを潰された。

「どういたしまして。ところでコールマンさん、なんだか今日は顔が冴えませんね?」

 どきりとして、自分より少し小柄な少年を見返す。

「え? そんな事はないと思うけど。どういう風に冴えないかな」

 思わず己の頬を揉んだり、制帽を被り直したりする。こんな質問返しが果たして有意義な会話だとはとうてい思えないものだが、聴き返してしまう。

「あはははは」

「笑うな。答えろ。どうおかしい? 本当に、頼むよ」

 運送公社で操縦士をしている十七の快活な若者、ニック・ルーカス・プロドロモウは警保軍施設への物資配達などをしている事からグストフと懇意になっており、仕事の合間、合間にこうしてたわいもない会話をするのがお決まりだった。

「寝起きで一番嫌な話を聞かされたような、しょぼくれた顔をしてますよ。ほら、ちょっと〝砲台〟の鏡で見てみて下さいよ」

 そう言って、自分が乗ってきた〝砲台〟と呼ぶ、荷台のついた走行機の脇に引っ張っていった。後方確認用の鏡が取り付けられている。

「何か自分でも感じたりしませんか?」

 覗き込んだ先には、いつもより少しやさぐれて見える――そう見えるだけだろう――顔が怪訝そうに自分を見ている。

「いや、いつもと変わらない。強いていえば、また眉の手入れが必要なくらいかなと」

「またまた~。強がってますね」

 ニック・ルーカスは嬉しそうに笑い、年季の入ったロングの春用コートのポケットに両腕を突っ込んだ。

「強がってるつもりなんかないよ。それより今日は何を積んでる? 職務質問だ」

 グストフは巨大な機体を見上げた。

「死体を十体ほど」

「真面目に答えろ」

「塩が六十キロに新品の布団が二十セット、あとは飲料水が十二樽、米が九樽。ぜんぶ中央病院への納品ですけど?」

「了解。さすがいい仕事、今日もまたバリエーションに富んだ配達だな」

 ニック・ルーカスは白い前歯を覗かせ、十代特有の初々しいはにかみを見せる。

「ここ最近は中央病院ばかりですよ。どうしてそこまで消費が早いのかって突き詰めていくと考えられるのは患者が増えたって事だろうけど……どうしてなんでしょう?」

 グストフは僅かに顔を曇らせた。

「アレだろ。最近はあちこちで騒ぎが多発しているから、意外と重症を負う人間が多くてね。治安は悪いよ、この辺りは」

「治安の悪さの背景には絶対に景気の悪さがありますからね。食料事情、最近すごく悪いですし、栄養失調も関係しているんじゃないですかね。食堂のメニューも減ったし」

「それも関係あるだろうね」

 妙に深い事を言う。ニック・ルーカスはまだ年端もいかぬ若者だが、この辺りの色々な場所に配達をしている為、裏側から街を見ている。変に世間慣れしているのは否めない。病院に運ぶ物資の中に菜っ葉が少ないという事もこの前に漏らしていたし、子供だからといって甘く見ない方がよさそうだ。

「うちの親方の言葉です……あ。ところでコールマンさん」

「なに?」

「ここを少し行ったところにおかしな人がいるんですけど、ちょっと注意してやったほうがいいと思いますよ。こんな大きな豚の仮面を被って、上着をすっかり脱ぎ去って踊っていましたよ。しかも、すごく肥えていて、毛深いから見た目もあまり良くはないんです」

 随分抜かされて列に戻りながら、彼は訴え掛けるように身振りを含めて言った。

「……半裸で踊る豚……ってのは、本当に居たのか」

 グストフは少し遠い目をした。

 実はこの話は二週間ほど前からグストフの耳にも入っていた。下っ端の巡査という階級の人間が市中見回りの際に目撃したという事で、たったの一度だけ事案に上がっていた。

「やっぱりご存知だったんですね。最近になって毎日見かけるようになりましたよ。どうやらあの気持ち悪い踊りで日銭を稼ぐ路上生活者みたいですね。不気味だし、女性や子供に何か危害を加える前に取り締まった方がいいんじゃないですか?」

 殊勝な事を言うな、と彼に対する返事を揉み消しているうち、思ったよりだいぶ早く順番が回って来た。

「ようあんた。何にする」

「あぁ、えっと……じゃあこの新しいやつを三つ」「はいよ、三つね」

 屋台のすぐ近くで、小さい子供がこちらを指さして何かをぐずっている。

 しかし母親がキツイ口調で何か言い、子供は連れられていく。

 そんなごく普通の光景でさえ、気が滅入っていると痛々しく見えてしまう。

「ところで若よ。その〝踊り(ジョーカー・ポーク)〟の事だがなぁ」

 看板は菓子を三つ袋に詰めながら、こちらを上目遣いに見た。

「はい?」

「客から聞いた。例の発破事故の時に巻き込まれた被災者らしい。あの一件で家も仕事も……恐らく家族も失ったんだな。南の方からちょっとずつ、ちょっとずつここへ下ってきていると噂になってる。ここらの出店連中からしたら死活問題だぞ。変質者のせいで人通りがなくなってみろ。商売上がったりさ」

「へえ、あの人もですか」

 ニック・ルーカスが大きく目を見開いた。

「いやいや、本当かどうかは分からん、噂だ噂。そりゃああんた、身長が一九○近くもあってだな、しかもあれだけ肥えて恰幅もよけりゃあ噂も立とうて。かれこれ三年くらい、この街でずっとああしているんだとよ」

「じゃあ、それまでに一度も捕まる事無く生き抜いてこられたって事ですよね」

 ニック・ルーカスはやけにいろめき立ち、グストフの脇から身を乗り出してきた。

「そりゃああんた、現にあの銀行前に佇んでいるって事は、生きてはこられたって事だろう。幽霊じゃあるまいし。それまでにいろいろあったのかもしれんし、最初の頃はまともな仕事に就いていたのかもしれん。そこまではワシの知ったこっちゃないが、まあお前さんみたいな運送業の人間は首を突っ込まん事だよ。なぁ、国防の鎖さん」

 綺麗に結ばった紙袋を差し出し、看板はくしゃくしゃな笑みを作った。そこに小匙一杯ほど盛られた嫌味に「……答えに困りますね」と、カラカラに乾いた苦笑いで応える。

「納得いきません。一体なんですか、さっきの言葉。浅はかな」

 会計し、焼き菓子屋を背にした途端、ニック・ルーカスは口を尖らせた。

 グストフは彼の被っている鍔の広い帽子を軽く小突いた。

「店員さんにそんな事を言うな。客なんかより店員のほうが立場は上なんだから。彼らがいなきゃサービスを受けられない」

「それはわかってますけど。そうじゃなくて、言い方がひどいと思いませんか?」

 彼の乗ってきた砲台は、機関の立てるガラガラとした太い音を響かせ、辺りに黒煙を棚引かせていた。こうすると困ったもので、国防の制服を着ている人間なら誰でも良いと、すぐにどかせてほしいと誰かが呼びにきたりする。たいてい、中年の女だ。

「お前が深く関与することじゃないのは、本当だ。まだ子供じゃないか。ほらほら、配達の時間に遅れるぞ。これ一つやるから、さっさとこのデカブツを動かしてやりな」

「げ! ひどいなぁ。親方も寮母さんも、挙句にグストフさんまで僕の事を子供扱い!」

「お前まだ十七じゃないか。釣りでもしているのがお似合いな年頃だろ」

「へえ。すみませんね、走行機の操縦しかできなくって」

 出来たての焼き菓子を一つ受け取り、ニック・ルーカスはしぶしぶ砲台に登った。

「そんなにイジけるな。自分の日常に誇りを持て」

 聞こえていなかったかもしれない。返事がない。

 間もなく、幾つかの部品が動く音がして砲台がグラリと揺らいだ。

 排気が噴き出し、巨大な車輪がゆっくりと回転を始める。

「プラウスキさんに言っといてください。その、お礼はいらないって」

 どこかが痒そうな横顔が運転台から覗く。

「心配いらないぞ。あの男はそこまでマメじゃない」

 埃っぽい道端に焦げ臭さを残し、砲台は走り去っていく。


 帰りの道中、刑事をやっている学舎時代の友人に追いついた。方向が同じなので、ときどきこうして鉢合わせになる。駆け足で近づき、身長の低い肩越しに声をかける。

「レグナルド君、おはよう!」「ああ。おはよう」

 レグナルド・マクマスター・マードック。四角い顔にギョロリ目の、如何にも刑事といった風貌の男だ。

「調子はどう? 十日ぶりくらいだよね」

「そうだな。こっちの調子はポンコツだ」

「何があったの」

「先週あたりから、この辺の飲食店から仕入れたはずの食材が盗まれる事案がちょこちょこ出てる。店の仕入担当は確かに注文された分を納入したと言い張るし、だけど短気な店の人間なんかは喧嘩を起こしたりして、その仲介だけでもう三回も出動させられたよ」

「本当に? そんなことでいちいち巡回機を動かして、人を駆け回らせるなんて経費の無駄遣いだし、ただの始末屋じゃないか」

「本当の事だ。君が羨ましい、ゆっくり飯が食えるだろ? こちとら呼び出しがかかったら飯食ってようが便所にいようが、すぐに動かなきゃいけない。やってられない」

 それを柔軟に聞き流せない自分がいた。

「まあ……こっちはこっちで大変だけどね」

「へー。例えばどういうところが?」

 能天気だな。この人は。

「まあ、そこはまた酒でも飲みながら話そうよ」

 ここでの詳細は、あえて語るまいとした。

「退屈しないのか?」

「はい?」

 あくびを殺されたので自分でも笑いそうになる、間抜けな声が出た。

「いや、日々の生活だよ」

「いや~……なんとも言えないなあ。これはこういうものとしか」

 マードック刑事は控えめに笑った。

「グストフ君は真面目だよ」

「それしか取り柄ないからね」

「……自分はもう退屈だ。毎日毎日、やる事は同じだから」

「同じ事をずっと続けるから積み上がっていくんじゃないか。建物だって同じレンガがずっと積み重なって壁になって柱になるんだから」

「理屈じゃわかってるよ、俺だって。だけどそれを日々の生活スタイルにして、そこでしっかり呼吸していける事が真面目な証だ。俺は、というかほとんどの人が君みたいに律儀には生きていない。迷いはないのか?」

「他人の事はどうでもいいよ。俺は俺のスピードで生きていきたいだけさ」

「さすが秀才だな。学問に秀でている人間は心構えもやっぱり密度が違うや」

 さっきから褒められてばかりで、逆に居心地が悪い。

「俺の事はもういいよ。それより、もっと明るく溌溂とした方がいい。その方が身体にもいいし、ウジウジしてると循環が悪くなって虫歯にもなりやすくなる」

 自分がこんな事をいうのも滑稽だ。

 なぜなら、自分自身にそのまま当てはめたい事なのだから。

 マードック刑事は調子の悪い走行機みたいに笑った。

「グストフ君は、悩みとか無いだろうね」

 真顔になる。こいつアホか? 本心からそう思わせてくれる。

「いや、悩みだらけさ。いけない、ちょっと用事を思い出した」

「おっと。それじゃあね」

「ばいばい」

 グストフはこれ以上この男と話したくなくて、用も無いが銀行へ寄ってマードック刑事をやり過ごした。あの人はあんなに粘っこかったかな。人が変わった気がする。

 朝から大きなため息だ。預金の残高でもみておこうか――


 ――ところで豚の仮面を被った巨漢とはいったい。

 一時的に興味の対象となった存在も、一級塔の馬鹿でかい門を前にすれば、たちまち憂鬱な気持ちが取り巻いてしまう。

 ポケットに両腕を突っ込んだまま大扉の前に立つ。

「所属、身分、名前」

 傍らの鉄格子の奥から太い声が問い掛ける。この声はなんとなく嫌いだ。

 側頭部を掻いて、少し低めの声で応じる。

「粛清課連隊所属、専属粛清官、グストフ・コールマン。外出から帰還」

「入れ」

 五秒ほど間を開けて返事があり、大扉ではなく傍らの小さな扉が開かれた。

「いい加減、顔を見たら開けてくれよな」

 閉まる扉を背後に、聞こえない程度の声で不満を漏らす。

 爪先が石畳の不自然に盛り上がった部分に引っ掛かり、ととっ、と転びそうになる。

 三日に一回は引っ掛かっているが、正確な場所が記憶できないで遊ばれ続けている。


 詰め所に着くと、思わず眉を歪めそうな光景が待っていた。

 人員精査管理課のスガナが、何やら課の人間に小言を垂れている。

 いやだな。靴の中で足の指を曲げ伸ばしし、深呼吸。恐る恐る中へ入る。

「おはようございます……」

 なるべく普段通りの調子で挨拶をしたが、きつく睨み付けられる。

「あらコールマンさん。よかったわね私の講義が聴けて」

 内心で冗談じゃない、と叫ぶ。

「はい。えっと、何事でしょうか」

「何事? 何事ですかって、それはこっちの台詞なんですけど」

 スガナは机の上にあった書類を引っぺがし、ずいと突き付けてきた。

「心当たり。ある?」

 必死に目の焦点を合わせると、一言で言い表せない字体で書かれていた、珍事。


【一級棟の地下に人飼いをした人間は名乗り出るように】

 先ごろの十六月七日。

 一級塔の糧食配膳室地下にて飼われ者とみられる老人を目撃したと調理担当のメルナスから管理室まで一報アリ。

 詳細までは判明しないものの、灰色の襤褸を纏った老人との情報。

 発見し次第、身柄の確保を優先されたし。


 絶句した。目玉が飛び出るかと思った。

「これがどういう事なのか、いま一度よく考えて頂きたいと思います。国の手が最も近くにあるこの施設で人を飼う等、侮辱も甚だしいという事にこの中のどれだけの人間が気付いているかは、さて知りませんが、詳細を知っている者が仲間を庇ったとしてもそれは同罪です。弁解なんか通用しませんからね! 羞恥どころじゃ済みませんよ。そういう事は日ごろ粛清を仕事としている貴方たちは特によくわかっていると思いますから、くれぐれも自分の行動と思考に責任を持ちなさい。いいですね」

 スガナは胸元の飾りをいつも以上にジャラジャラいわせながら、部屋を出ていった。

「……ぷっはぁ~。何だよオイ。どっかの(ヤナ)()が勝手に住み着いただけじゃねぇのか? すぐに誰かの仕業だって頭ごなしに決めて――おい、どうした」

「え! いやいや、別に何でもないよ」

「あっそ」

「それと、そのヤナシって言葉、差別用語だろ。あまり使わないほうがいいよ。俺は子供の頃からずっとストレスなんだ。言葉を取り締まる法律は殆どと言っていいほどないけれど、言葉は火よりも刃物よりも危ないからさ。火よりも火傷して、刃物より鋭くて」

「……ぉう。ご立派ご立派、勲章モンの大総督だこりゃ」

 プラウスキは眠そうな目で、妙に下顎を突き出しながら行ってしまった。

 めいめい、自分の仕事に取り掛かる中、グストフは自分の業務手帳に一枚の紙が挟まれている事に気付いた。人員精査管理の印が押された上に、しっかりと封がされている。

 指の先と背中にどっと汗が噴き出した。それはもう、水滴として目に見えそうだった。

 まさか知られていたのか。堪らず便所へ駈け込んでそっと封を開けてみた。

 先日の健康診断の結果だった。

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