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エピローグ


 自分がここまで過去についてあれこれ想うなんて、そうない事だ。

 今までも、これからも。

 しかし、あの時期の事だけは決して私の胸から離れない。

 ずっと手放せずにいる、このクシャクシャの号外新聞は、良い意味でも悪い意味でも自分の人生のアルバムのように思える。何かというと取り出して読み返し、色々と自問自答するための、料理に無理やり例えるならこうだ。〝副菜〟にしてしまう。


 事故で重傷を負ったブガー主席議会長はその後、職位を追われている。議会室に匿名の投書があり、違法風俗店に出入りしているところを目撃したとリークされた。また、実際に添付されていた地図を国防がなぞるとそこには虐待(ショット)バーが構えており、店の人間は皆逮捕された。店で商品(ぬいぐるみ)として扱われていた黒髪族らは、護送中に忽然と姿を消した――事になっている。今は皆、元気だ――ワッカー・ホプキンス上級国務秘書は事故後に意識不明の重体となっていたが、その四日後に容態が急変し息を引き取っている。

 なお、投書は匿名ではあったが「踊り豚より」という記述がみられ、その正体を知る者はいないようだ。しかし、ギルドラド街道周辺の出店の人間を中心に踊り豚を目撃したという人間が現れ、騒動に興味を持った人間が通りに集まり、話題を呼び、今や踊り豚に戻ってきてほしいというポスターまで貼られているという。皮肉にも程がある。レグナルド・マクマスター・マードック刑事とジョージ・サルタン巡査およびウラル・ヘフリー巡査は重要参考人の身柄を零した責任を問われ、懲戒免職となった。また国防のベンデル・マクゴフ粛清官は上長のグラナ・グラレス総督および同僚のダン・ジェダリンス粛清官を射殺、同じく同僚のプラウスキ・エーゲルホーファー粛清官に発砲し重傷を負わせ、自身は頭部を打ち抜いてその場で自死し世間に大きな衝撃を与えた。実際に現場に居た自分も、あの瞬間は今も夢に見る。恐怖、絶望、嫌悪で歪んだ顔のマクゴフ粛清官が、自分に銃口を向け、発砲する悪夢だ。マクゴフ粛清官は地位的に自衛用拳銃を持つことがまだ許されていなかったため、同じく同僚で自分よりも地位が少し高かった粛清官の拳銃を何らかの方法で入手、凶行に及んだとある。マクゴフ粛清官の衣服のポケットから故ピーター・キャメロン総督の肖像画が見つかり、彼はキャメロン氏に心酔していたのではという憶測が民衆の間で広がっている。一連の騒動を受けて人員精査管理課の責任者であるスガナ・タッカンハウア課長は世間と国の質疑応答や報告書作成に追われ、またしきたりにより失職。騒動から約二カ月後に自宅浴室にて湯船に浸かった状態で手首を切り死亡しているのを夫が発見。国家医局によると、ストレスで激しい歯ぎしりを夜な夜なしていたせいか、三十代前半にも関わらず六十代と同じくらい歯が擦り減っていたという。

 

 

 ――こんな、酒のツマミにするにはちょっとクドい記事が、自分にとっては人生の中での大きな標石であり、記念碑であり、供養塔でもある。

 自分たちは暫くは野宿生活を強いられ、国防の目をかい潜りながらおよそ二か月をかけて僻地の小さな町・フェルマルタルへと到達した。過酷な道中で、残念ながら四名が移動中の疲労や滑落事故で命を落とした。

 山間のこの町の端には広大な廃屋群があり、ニホンジンらにとってはかつてないほど快適な住環境を手にする事に成功した。長らくの遊牧民生活により培われた生活能力の高さが幸いしたのか、新たな集落を築くのは目を見張るほど早く、高い技術力を見せつけられた。

 彼らはその土地へ願いをこめて「ラクエンガイ」と名付けた。

 ところでケミトリは移動中、己の正体を遂に明かした。本名はユキテル・イサジといい、自身は黒髪族ニホンジンであるが、かつて国防のある人間に追い詰められた時、かたわの身である事を理由に見逃すと告げられ、命拾いをした。それ以降は、毛を剃り落とし、陰で生きて、いつか、誰か物分かりのいい人間に、この社会の真相を語ろうと決めて今まで命を繋いできたこと。そして初めて彼を見た時から、ジン族長とカルハは同じ血族だと気づいていたこと――病気で濁ってはいるが、目の色でわかったそうだ――また、この国家の人間が話す言語はどういうわけかもともと黒髪族、それもニホンジンらが使用していた言語であるという最大の謎を暴露した。町に住処を移してからはニホンジンの女らが身の回りの世話を引き受けていたが四年目の春、心不全により静かに息を引き取った。最期に彼が残した言葉は「転がりこんだ者が勝つ。どんな場所にも根は張れる」。もはやはっきりと話す事もままならぬほど衰弱していたので、最期に放ったうわ言のような言葉を、ジン族長がそう解釈して汲み取ってやった。葬儀は皆で丁重に行われた。



 ――あれから五年が経つ。

 先月、私があの人と出会ったときの彼と同じ年齢を迎えた。そうか、青年というのはこんなにも青臭く、また泥臭いものだったのかと自分がそこに身を置いて初めて実感した。あぁ、当時の自分が今のようにもっと気の利いた性格、知性、感性を持っていたらと思うと、本当に面目ないと思う。本当に愚かだった。 自分だけが取り残されたような気持ちで、それでも自分の中のムズ痒い気持ちと向き合い続け、必死に生き抜いてここまで来た。

 

 正直、そこに正しさも間違いもないと思っている。

 特に、最近は。

 それでいいと思う。


 あれからどんな歩みを経て、恋した相手と再会を果たしたのかじっくり聴きたい。私も今、愛する人を持つ身だ。来月には子供も産まれる。あの不器用で生真面目な男は、どんな風に自分を祝ってくれるのか楽しみで仕方がない。

「そういえば、もうすぐ結婚するんでしょ? その人も」

 傍らにいる妻が思い出したように言う。

「そうだね。人生で初めて好きになった人とそのまま婚約するなんて羨ましい限りだよ。考え方によっては百発百中だ。その人に百発全てを当てたんだから」

 すると妻は少し不機嫌そうに私の腰を小突いた。

「ごめんごめん。変に解釈しないで。そういえばちゃんとお祝い持ってきた?」

「ほら、コレでしょ? 自分で持てばいいじゃない。どうして私が」

 少し、懐かしいシーンが蘇る。

「……それの臭いが、嫌いでさ」

 私は妻が差し出した紙袋の中身を確認した。高級な根菜が五個。それと前文明から大変な人気であったという触れ込みで大人気のチョコレートという菓子――さすがに前文明から人気というのは嘘だろうが美味い――と、今人気の本を数冊。私は本が読めないので妻に選んでもらった。つまらないものだが、貧乏な身の上なので勘弁してもらいたい。

「それと、どうしてこんな場所で待ち合わせ?」

「ふふふ。ここはね、季節を問わずに咲き乱れる花が見られるんだ。ずいぶん、時間が早いけどね。ここにも、花畑があって本当によかった」


 さあ、見えてきた。

 五年ぶりに見るあの人は、最後に見た時と何も変わっていない。

 笑ってしまった。

 本当にあの時のままだ。いや、むしろ若返ったか?

 ただ、傍らに美しい黒髪の女性を連れている。

 今度は、しっかりとお互いの手を繋いで。

「お久しぶりです。二人でお揃いの服、すごく似合っていますよ」

 私が必死に笑い声を堪えて第一声を切ると、相手も恥ずかしそうに笑った。

「ニック・ルーカス。お前の方こそ」  

 私は、我慢できず、思い切り笑った。笑いながら、お互いに抱き合った。熱い涙がいつまでも枯れなかった。

                       

 (了)


                            

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