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疑惑


「それで、お前としてはこの件をどういう方向にもっていきたい?」

 グラナ総督は顔の前で両手を組み、屈強で荒々しい部下の表情を伺った。

「ここまで来た以上はもう彼を仲間として見做すことは謀反も同じ。そもそも売国奴であり最大の謀反者であるあのピーター・キャメロンに師事していた時点で良からぬ薄暗い観念を植え付けられているに違いありません。黴みたく深層心理に根付いているはずです。自分は騙されていたんだと気付きました。悔しいです。彼は悩まし気な性格を装っていながら、あの謀反者に植え付けられた歪曲した観念に理性を齧られていたんですよ。正義、美徳、人情! 本人はその考えを変えませんよ絶対に!」

「冗談じゃない。これこそ本当に謀反じゃないか」

 傍らのダン・ジェダリンスが鼻に皺を寄せる。

「それは間違いない。だからこそ困るんだ。早晩、この事は国防の五百余名の全体に知れる。そうなりゃ俺たちは間違いなく連帯責任を問われて処罰が下るに違いない」

 皆から一斉に嘆息が漏れた。

「そんなの僕たちに何の非があったって言うんです? 普通に生活していたんじゃ相手が何を考えているかなんて、その腹の中まで見通すのは無理じゃないですか」

 たまたま詰所に届け物をしに訪れていた労務課のグレム・ハンドレーも眉を寄せる。

「くっ。なぜだ。なぜなんだコールマン。ここへきて……」

 プラウスキ・エーゲルホーファーは机の上で両手を組み、懺悔をするようにそこに顔を伏せた。苦悶しているように周囲は見ただろう、だが彼の口端はまるで妖怪のように耳にまで裂けんばかりに吊り上がっていた。



*     *     *



 大雨がふる前、なんだかせかされるような、胸が焦るような不思議な直感が働く。その時のように、今、なんとも言い難い胸騒ぎに焦がされる。

「なんだろう」

 大事な何かを忘れている気がする――いつもの道に、いつもの速度、いつもの積荷。何も変わらないはず――だが、何か悪い事が今、まさに振興しているとしか思えない。

 砲台を停止させ、意味もなく降りて機体を見上げてみたり、荷台を覗いてみたりする。

 向こうから顔を知っている人物がゆっくりと歩いてきた。

「プロドロモウ君」「マードック刑事」

 コールマンさんと同窓生だという、いかにも仕事熱心そうな刑事。

「お疲れ様です」

「お疲れ様。ちょっと確認したい事があるんだけど、いいかな」

「え、はい。なんですか」

 相手は、コールマンさんと同じ年齢には見えなかった。七つくらい年上だと言われても違和感が無いような、そんな容姿だ。

「前に君の公社の客先から納入したはずの商品が無くなった事件がいくつか発生したって聞いたけど、その事実は知ってるかな?」

 唐突だ。犬革張りの書類挟みをばらんばらんと捲りながら、斜めにこちらを見上げて問い質してくる。その眼には灼熱の猜疑心と一種の侮蔑が煮え立っていた。

「はい、その当事者が自分ですので」

 ニック・ルーカスは自分より五センチほど身長が低いマードック刑事の、その猛禽類のような鋭い眼光に息が詰まる。

「それとね……この前の黒髪族の制圧における走行機爆発事故の件で……君のところのジフ・キントジュアリさんの身柄を預からせてもらっているけど、系列のジフ工作店、走行機しか製造販売していないはずだよね? 知ってる?」

「え、ええ。そうですけど、それがどうかしたんですか」

 いったい、この小柄な刑事は自分に何を探しに来たのか?

「じゃあ、これはご存知かな」

 どこか得意げにも見える、ムカつく表情を貼り付けたまま上着のポケットから取り出したのは、見覚えのある錠前。それが目に入った途端、全てを悟った。

「これって……」

「国防の収牢粛清施設一級塔の使われていない倉庫の鍵だそうだが、壊されていたんだ。見てすぐにわかったよ。ジフ工作店の紋章が入っているんだ、それも幾重にも。なんだいこれは。イタズラかい? それとも何かの示威運動?」

 全身から冷や汗が噴き出した。

「いえ、あの、それ……」

 とぼけられない。

 思い出せば、コールマンさんと談笑している時、何の気はなしに紋章を刻印するハンマでコツコツとこの錠前を叩いたのを思い出した。この材質なら簡単に跡がつかないはずだが、表面が酸化していたせいで思いのほかはっきりと跡が残ってしまったらしい。全く無意識の、人間が持つ、天然の油断で、済まされるわけ……ない。

「あと粛清課から連絡があって、どうも拘留中の黒髪族が逃げ出したそうだが、間違いなく何か知ってるよね? ちょっと来て協力してほしい」

「あ! いやあの、自分今は仕事中なので」

「はあ? 国の用事より大事な仕事ってなに? あんた運び屋だろ?」

「得意先が、十時までにはこの物資がないと困るんですよ、病院なので!」

「病院がどうとか言ったところで胡散臭いよ、いったい何を積んでるの。産気づいた妊婦か? 息のできない病人? 違うなら問答無用で連行だよ。強制同行権に基づく」

「そんな……! ちょっと無茶苦茶過ぎますよ、やり方が!」

 マードック刑事は自分に拘束用のジャケットを着せると、すぐそこの酒屋の脇へ引っ張っていった。綺麗な機体の巡回機が控えており、部下らしい制服巡査が二人、待ち構えていた。

「取り乱されても困るから、今のうちに忠告しておく。因果応報、この言葉だけ胸にしまっておくことだ。いいかな?」

 隣に座ったマードック刑事は低い声で言い、肩を叩いてきた。

 部下に操縦させて巡回機を出した。少しして、後方から砲台が迫ってくる。よく見ると、もう一人の若干歳のいった巡査が舵を握っている。

「………………………」

 いよいよまずい事になった。狭い巡回機の中、呼吸をするので精一杯だった。



*     *     *



 ひどい臭いだ。

 ケミトリの召していた襤褸は垢が層のようになっており、とても触れたものではない。使い古された職場の雑巾よりひどい悪臭が、離れていても鼻を衝く。さすがにこれをカルハに着せるわけにもいかず、彼女には自分の肌着を渡し、仕方なし、襤褸はジン族長が纏った。これで群衆の目を意図的に霧散させることができる。

 カルハの後ろを歩くと、今まで嗅いだことのない不思議な香りがした。何かの花の匂いを思わせる――馥郁たる香り、という表現が似つかわしい――忘れられそうもない、やわらかで胸の騒ぐ香りが鼻腔の中を渦巻いた。

「グストフ君」

 クリッとした目がこちらを振り向く。

 黒髪がさらりと翻る。首の筋から鎖骨にかけて――なぜこんなに気になる。

「ん……ん?」

「私とこれから、どこへ行くつもり」

 その質問に、答えはない。

「わからないな」

「……そっか」

「だけど、もう元には戻れないね、それだけは言える」

 なぜ、こうなる。

 原因は?

 理由は? 

 明確に説明がつかない何かが胸の中で暴れる、形も色も無いくせに。顔中に痒みが広がる。

「ここって」

 意外や意外、下水道跡らしい場所から外を覗くと、見慣れた風景が広がっていた。いつも自分が用に出ているギルドラドの大通り。つまり、人々の往来のすぐ傍らで今、こうして息を殺していることになるのだ。これにはすっかり驚いた。

「おい。ちょっと、若いの。外には出さないでほしい、ここで少し策を練りたいんだが」

 ジン族長はグストフの肩をしかと掴んだ。

「その方がよさそうですね。暫くの間……私が生活の面倒をできる限り看ます。ここから決して外へは出ないようにしてください。絶対ですよ」

 ジン族長はさっさと襤褸を脱いだ。





* * * * *



 それから三日が経過した。

 正直、もはやどうすればいいかの算段など自分につくはずもない。災害時用の便器と食料、水、洗濯に使える古いバケツや寝間着などを備品庫からここへ運んだものの、この先が思いつかない。そもそもこの行動が意味があるのかすらわからなかった。職場の方では何事もなかったように振舞っているつもりだが、明らかに皆の空気が違った。

 ――バレた。もしや、この自分の前代未聞の悪事、失態、過失、全て皆に筒抜けになっている――その直感は一番 〝惨めな〟 形で現実化することとなった。

 

 その日、錬生学舎の練生らが職場見学に訪れており、卒業生であるグストフ、プラウスキ、そして同じ学舎の出ではあるが別学科出身のダン・ジェダリンスの三人がそれぞれ一級塔、食堂、寮を案内した。どの練生も皆初々しさが色濃く、なんとも言えず微笑ましいと同時に、なんともいえぬ、ある種の哀れみの感情も強く持った。

 昼食後、質疑応答の時間を多めに取り、未来の国防の鎖たちを見送った帰り、プラウスキは一緒に外食をしよう、濃茶を飲みにいくぞと肩をむんずと掴んできた。

「えー。珍しいね。おまえが茶飲みなんてさ……初めてじゃない?」

「そんなことどうでもいいから。俺もたまには、お洒落男になりたいんだよ。さあさあ」

 もう、口に出すまでもなかった。なんとも言えない、妙なそそっかしさというのか、逃がすまいとしたいやらしく浅ましい、窮屈で息苦しい誘い方――こんな問いは全くの初体験だったが、前世でも同じ経験をしたのだろうか――それとも人間の持つ第六感――すぐに察知した。

 この誘いを断れば、おそらくもう一気に吊るされて最後の一滴まで絞るつもりだ。僚友として今まで連るんできたが、それも、こ(・)より(・・)一本に匹敵する脆弱で危なっかしいものだった。この男は一度疑ったり、己の嫌疑にかかるともう、一切引かない。

 斜に睨まれた途端にもう勝ち目は無い、凶の塊だ――。


 果たして。

 茶屋の中は大勢の若者でごった返していた。最近やたらとすれ違う女たちが手に持って華やいでいる例の筒詰の豆をはじめ、砂糖で出来た動物が載った熱い茶、果物を自分で絞って果汁を落とし、好きな味に仕立てられる茶を皆が皆、宣誓をするかのように揃って注文する。おもしろいもので、ここで喫茶をしたという〝証拠〟みたいなものが流行り、カップやちょっとした木製の食器は持ち帰れるようになって、それらをカバンに付けたりするのがファッションの一環で多くの若者が興じている。びっくりするくらい値段も敷居も高い。

「うはは。アリにでも、ウケたいのかね」

 浅黒い肌に太い眉、太い唇のプラウスキは、自分から店に入っておきながらこの店の客を見下すようだ。

「ねえ、何頼むのってば」

 あと二組ほどで自分らの番なのに、プラウスキはまだ注文を決めていない。

「オススメのやつで」

「一度しか来た事ないから、オススメとかわからないよ」

「え? 逆におまえ、来たことあったのか」

「……おかしいか?」

「いや……なんというか、意外だな」

「そうかな。あ、じゃあこの半溶けコロン載せ浅煎り茶を一つと……おい、どうすんだ」

 プラウスキは店員を前に腕を組んだり解いたりと、せわしない。

「早くしてくれる? 後ろがつかえてるんだけど」

 背の低い、若い女の店員がイライラを表情にはっきり貼り付けて見上げてくる。

「あー……はは、オススメのやつで。俺はそれでいいよ」

「……じゃあこの人と同じのつけとくね。はい一一一〇クルン」

 財布を出そうとしたとき、プラウスキがぐいと腕を抑え「いい、奢り」とだけ言って自分の剥げた犬革財布から五〇〇クルン紙幣三枚を、取り出した動作と繋げて会計机に放り投げた。

「はい三九〇クルン。ねえ、あんまり長居しないでよね」「はいはい」

 しみったれたような若い女店員に背を向け、飲み物を受け取って窓際の席にかけた。

「おまえが奢るなんて」「まぁまぁそこはいいとして。で、最近どうなんだい」

 さっそくげんなりだ。本当に……なんという。一枚も二枚も胸に悪い男だと思う。

「いやあ、いつもと変わらないかな」

「あぁそうか。エリルから聞いたけど、もしかしておまえ、何か隠してるんじゃないかなぁ」

「俺が隠してるって、何をさ」

「そりゃあおまえ、隠されてる側が当てられたらおまえ、隠してるっていう言葉が検討違いになるだろうさ。俺はそこまでアホに見えるか?」

 見える。

 アホだ。

 探りを入れるの下手過ぎる。いったい練生学舎で何を学んだ。

「ソコじゃあない。まずもって、おまえは俺と今までやってきたわけだけど、仮に俺の秘密を暴いてみたところで一体、お前に何の利益がある?」

 友よ。力だけでやっていけるならその辺のゴロツキでも国治になれるよ。

「いや、利益とかそんな勘定でお前をわざわざ誘い出すと思うか? いやだなあ。 商人とは違うぜ俺は。ましてや情報料に茶を一杯、なんてそんなケチ臭いこと、ほら、な?」

 最低だな。友よ、いやプラウスキよ、君が女にウケないのは、きっとその性格が、だよ。

 自分もさっぱり女にはウケない種類だけども、それだけはわかるよ。

 人を……見下さないでほしい。

「はぁ。プラウスキ。もう正直に言おうよ。俺のことを今、どう思ってる?」

「っ…………」

 一瞬、何か言いかけた。だがすぐに言葉を飲み込んだ。

「おまえさあ」

「うん」

「おまえの、心のよりどころ、……ってのは、何なのかね」

「……はい? え、何?」

 すこぶる見当外れだった。取って付けたような質問。

「お前の、日々の糧となってるものだよ」

「……さあねえ。そんな事、いちいち考えてたらやってけないだろ」

「いやほら、何かあるだろう。人間はどんなにちっぽけでも何かに縋ってないと生きていけないんだよ、それを教えろって言ってるんだよ」

「読書だ読書。本が俺の友達だ。前にもこれ言わなかったか」

「嘘つけ、もっとこう具体的な何かあるだろう、なあ。わかりやすくっていうかさ」

「何がだよ。何を言ってほしいの。意味が伝わってこないんだよ」

「何もって、お前が知ってる事を俺がその……」

「いやだから、あのさあ」

「もういい加減に話せばいいじゃないか。何で、何を、何がそこまで渋る? 僚友の俺をそんなに信じられないか?」

「ああ全くもって信じられないよ!」

 自分でも驚くほど、腹から出た声だった。周りの客が一斉にシンとなる。若者が多いので、あちこちから目に見えそうなくらいヒソヒソとしたささやきが漏れた。

 さすがのプラウスキも怯んだ様子を見せる。

「……茶っていうのはな、全て飲むものじゃないんだ。底には濁りが溜まってる――お前のように底の底まで啜るのは下品だ。じゃあな」

 目に一杯涙が満ち、唇と舌がガクガクと心もとなかった。同時に心の中で石化して決して落ちる事の無かった(おり)がこそげ落とされたような、つかえ(・・・)が取れた不思議な気がした。

 友人のフリをしていながら、結局は歪な猫被りにすぎなかったのだ、何年間も。どうりで。お互いに〝貧乏〟になっていく訳だと、不覚にも多くの人にとって憩いの場である人気の茶屋で気づかされた。憂鬱をとうに越して喜劇だ。

「帰る」

 グストフは、じんまりと自分を睨み上げる僚友を残して、さっさと店を出た。




*     *     *




 くそが。

 グストフの野郎。俺から逃げられると思うのかい。

 冗談じゃねえ。

 俺は家からも離れた身だ、帰る場所も失うものもない。無敵さ。

 無敵、無敵、無敵! 国防の塀の中にいりゃあ俺は無敵!

 国防の神聖な花園で佇む気高い番人さ。生半可にやっちゃあいねえ。この場所でのし上がると決めた。お前と出会う前、学舎に入る前から決めた事さね。

 悪いなグストフ。お前とは何年も楽しくやれたが、情に寝っ転ぶようなタチじゃねえんだ俺はよ。今回のお前の失態、ちょうどよく頂かせてもらう。

 ……いやぁ、しかしクドいぜ、ここの茶は。砂糖たっぷり脂たっぷりってとこが、まあいかにも低学歴低所得の連中が好みそうな代物だよねえ。ありえない。きったねえ液体だこりゃ。




*     *     *




「グストフ君。顔に力が無いよ。大丈夫?」

「寝不足でさ」

「眠れないの?」

「友達の事でちょっとね」

「友達かぁ。私も小さいときはいたかな」

「今はいないのか」

「うん。いらない」

「どうして」

「逆に聞きたいけど、必要?」

「えぇ……っと」

 二人。かつての大規模鉄道の駅の中。

 ガランとして広い空間に腰を下ろし、今の今、刻まれゆく生について議論するのは、なんて気を遣い、またなんて幸せなのだろう。相手がまた、相手だ。この人とこれからもずっと、いろいろな事について議論していけたらどんなに幸せか。例えば環境の事。例えば自然の事。例えば将来の事。例えば世の中の教育について。例えば好きな本、料理、散歩道……そう、昨日のあの甘い濃茶を、この人と飲みたい。あの豆も一緒に食べてみたい。きっと、周りにいた若者らのように至福の時間になるだろう。

「いらないでしょ」

「うぅん……いや、人柄によるかな」

「自分が本当に気を許せる相手って、そう簡単に出会えるものじゃないよ」

「そうだね。自分もそう思う、錯覚したまま付き合っている人間が殆どだろうね……」

「急に翻るものも、あるけれど」

「先日、それがあった」

「でしょうね」

 不思議すぎる。カルハは、自分に何が起きたのかまるですべてわかっているようだ。

 昨日の今日で、まだ話してさえいないというのに。思わず、真ん丸な目で彼女を見返してしまう。仕向けられているのか?

「なぜわかる」

「わかるから。貴方なら」

 心の底に生えた草たちが、確かに、サラサラと靡いた。 

「……ねえ。すごく言いにくいんだけど」

 一拍、置く。

 綺麗過ぎる、としか言いようのない硝子の目が滑らかな黒髪の奥からこちらを見返す。

「俺も、近いうちに一緒に逃げる事になる」

 なるかもしれない、だとか、なりそう、ではなかった。

 自分が放った言葉に、自分で鳥肌が立った。

「それで、いいじゃない」

 その一言で、信じられないくらい軽くなった。本当に、心も、身体も、一気に泥が落ちたような、目に見えて頬が笑うのを感じた。

「そうだよね」

「そうよ。新しい場所を探せばいい。過去は、過去。縋っちゃダメ」

「うん。そうしよう。俺には、もう、ここはダメだ。崩落は止められない、時代も、天災も、俺なんかの力じゃどうしようもないね。まあ当たり前か。ただ組織に愚痴を言うのだけはどうしても性に合わなくて……自分だけ飛び出すよ。俺もキャメロン総督の二の舞になってはいけない、それじゃあそれこそ、恩師に示しがつかない。やっと目が覚めた。君のお陰だし、皮肉にも僚友が身体を張ってそれを教えてくれたんだ。ほんと、ありがたい事にね……」

 話しながら涙がこぼれそうになった。

 なんだ。もっと齢が若い時からこうして本音で話していればよかったんだ。

 馬鹿だなあ自分は。追い詰められて追い詰められて、ボロボロになってからしかようやく、本音を話さないんだもの。

 本当に、自分は馬鹿なんだなあ。 昨日は、また眠れなかった。そして運命の日となる今日は、非常に静かに幕を開けた。首から下げた機械時計がキンキンキン、と涼しい金属音を奏でる。出勤時間だ。



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