姉と妹、父と娘
ローザリンデとルートヴィヒの婚約が発表されてから、家同士の取り引きや結婚式の準備など、とても忙しくなった。
そしてあっという間に社交シーズンが終わり、ローザリンデ達はランツベルク領に戻っていた。
「まさかローザリンデも私と同時期の結婚とは思わなかったわ。私の可愛いローザリンデがこんなにも早く結婚してしまうなんて」
シルヴィアがクスッと微笑み、ローザリンデをギュッと抱きしめる。
「お、お姉様、苦しいです」
「あら、ごめんなさいね。来年には可愛いローザリンデと簡単に会えなくなってしまうのが寂しくて」
ふふっと笑うシルヴィア。
「来年の春にはシルヴィアお姉様もローザリンデお姉様もランツベルク家から出てしまうのですね。寂しくなりますわ」
少し寂しそうに微笑むのはローザリンデの妹クラリッサ。まだ八歳である。ストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた髪にアンバーの目、鼻から頬周りには薄らとそばかすがある。顔立ちはパトリックに似ている少女である。
「ローザリンデも私も時々顔を見せますわよ。クラリッサこそ、数年後にはナルフェック王国のヌムール公爵領にある医学を学べる大学という教育機関に行く予定なのでしょう? 貴女が一番会いにくくなる可能性が高いというのに」
シルヴィアは後半苦笑する。
そんな三人の様子を見てニコニコと微笑んでいるティアナ。
「三人はとても仲がよろしいですのね。私も久々に姉に会いたくなりましたわ」
「ティアナお義姉様の……お姉様? 確かブラウンシュヴァイク公爵家には、ティアナお義姉様以外の子供は男児だったはずですが。しかもティアナお義姉様とはかなり年が離れていらっしゃる……」
その言葉に不思議そうな顔をするローザリンデ。
「あら、ローザリンデはまだ知らなかったのね。ティアナお義姉様はブラウンシュヴァイク公爵家の養女なのよ」
「ええ、私の生家はファルケンハウゼン男爵家でございますの」
「ファルケンハウゼン男爵家……? ティアナお義姉様、そのような家名、聞いたことがございませんわ」
クラリッサは不思議そうに首を傾げている。
ティアナの言葉を聞き、ローザリンデはあることを思い出す。
「ファルケンハウゼン男爵家は……人身売買に関わっていたとして五年前にお取り潰しになった家でしたわよね。領地はランツベルクに隣接していて……」
少し言いにくそうなローザリンデ。
「左様でございますわ。ローザリンデ様、あまりお気になさらないでください。私は大丈夫でございますから」
ティアナはふふっと微笑む。本当に何も気にしていないかのようだ。
「ユリウス様とお義父様が姉と私を助けてくださいましたの。お二人のお陰で、姉も私もファンケンハウゼン家から逃げることが出来ましたわ。養子先なども探してくださいましたの。まさか王家の方々まで協力してくださるとは思いませんでしたが。私の実の姉はメクレンブルク侯爵家の養女となりましたわ。今はノルトマルク辺境伯家に嫁ぎましたが。姉とは最近手紙のやり取りのみになっていましたわ」
少し懐かしそうな表情のティアナ。
「それなら、社交シーズンは終わっておりますが、ランツベルク城にお呼びしたらいかがです?」
シルヴィアがそう提案した。
「よろしいのでしょうか?」
「ええ。ユリウスお兄様なら、ティアナお義姉様のお願いなら二つ返事で叶えてくれますわよ。……ユリウスお兄様はティアナお義姉様を手に入れる為にお父様や国王陛下を巻き込んであれこれ画策しておりましたし」
クスッと微笑むシルヴィア。後半は誰にも聞こえていなかった。
「ではユリウス様にも相談してみますわ」
ティアナは嬉しそうにムーンストーンの目を細めた。
「私も、ティアナお義姉様のお姉様がどんなお方か気になりますわ」
ふふっと楽しみだと言うかのように微笑むクラリッサ。
「ローザリンデ、私達も、結婚後も連絡を取り合いましょうね。リンブルフ公爵城にも招待するわ。もちろん、ティアナお義姉様と成人を迎えたらクラリッサも」
「ありがとうございます、シルヴィアお姉様」
「ローザリンデお姉様とティアナお義姉様とシルヴィアお姉様とまたお茶会をしたいですわ」
「とても楽しみですわね」
ローザリンデ、シルヴィア、クラリッサ、ティアナの四人は楽しそうに微笑んでいた。
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あっという間に冬になった。ローザリンデの結婚式は春、社交シーズン開始直後である。
ローザリンデはランツベルク領とオルデンブルク領を行ったり来たりするなど、色々と慌ただしい日々を送っていた。
そんなある日の昼下がり。
ローザリンデはパトリックと二人で話をしていた。
「ローザリンデ、このままでは本当にルートヴィヒ卿と結婚してしまうことになるけれど、それで良いのかい? 結婚を取りやめてずっとランツベルク家にいても良いんだよ」
少し寂しげに微笑み、パトリックはアップルティーを一口飲む。
「ありがとうございます、お父様。ですが私も、ランツベルク家の役に立ちたいのです。オルデンブルク公爵家との繋がりは、お父様やユリウスお兄様、そしてランツベルク領にとっても有益でございますわ」
ローザリンデはふふっと微笑む。アンバーの目に迷いはなかった。
「そんなこと気にしなくて良いんだけどな……。だけどローザリンデ、あの男……ルートヴィヒ卿はとても厄介だよ。本当に大丈夫かい?」
心配そうなパトリックである。
「ええ。お父様が総合的に一番だと判断なさったではありませんか」
ローザリンデは苦笑した。
「まあ……そうなんだけどね」
パトリックはフッと苦笑する。
(恐らくお父様も、オルデンブルク卿がエーベルシュタイン女男爵閣下を愛していらっしゃることはご存知なのでございますわね。ですが、貴族の結婚は政略的なものが主だっておりますわ。オルデンブルク卿とはお仕事のお話ならきちんと出来ますし)
ローザリンデはふわりと柔らかな笑みを浮かべる。アップルティーを一口飲むと、すっきりと爽やかな、甘酸っぱい香りが広がった。
「お父様、私はオルデンブルク公爵家へ嫁いでも頑張りますわ。ユリウスお兄様やシルヴィアお姉様達のように上手く出来るかは分かりませんが、私なりに精一杯オルデンブルク公爵家の為、またランツベルク辺境伯家の為にお役に立ちたいと存じております」
ローザリンデのアンバーの目からは芯の強さが感じられた。パトリックはそれにハッとし、諦めたように笑う。
「そうだ、ローザリンデはそういう子だった。君の芯の強さはエマにそっくりだよ。でもローザリンデ、絶対に無理はしないこと。ランツベルク家にはいつでも戻って来て良いからね」
パトリックはアメジストの目を優しげに細める。慈しむようにローザリンデを見つめていた。
「ありがとうございます、お父様。ですが、そうならないようにいたします」
柔らかな笑みのローザリンデだ。
その後、ローザリンデはアップルティーを飲み終えると自室へ戻って行った。
一人残ったパトリックは少し寂しげにため息をつく。
「シルヴィアとローザがもうすぐ嫁いでランツベルク家を出てしまうから、寂しくなるわね」
背後から声が聞こえ、パトリックはハッとする。
「エマ……」
パトリックはエマに優しい笑みを向ける。アメジストの目からはほんの少し寂しさが感じられた。
「シルヴィアは僕と同類だから、リンブルフ公爵家でも上手くやるさ。でも……ローザリンデは心配なんだ。芯が強くて覚悟も決めているけれど、あの子が頑張り過ぎて体を壊してしまわないか、色々と溜め込んでしまわないか……。それに、あの男……ルートヴィヒ卿は本当に厄介な男だ。やっぱりローザリンデにはずっとランツベルク家に」
「リッキー、大丈夫よ。ローザリンデを信じましょう。あの子なら大丈夫」
エマは優しく包み込むような笑みを向け、パトリックの背中をそっと撫でる。
「エマ……」
パトリックは切なげにエマを抱き締めた。
「母上は父上にいつもベタベタされてよく鬱陶しく思いませんね」
そこへ現れたのはイグナーツ。ローザリンデの弟で今年十三歳になる少年だ。ストロベリーブロンドの髪にアンバーの目。鼻から頬周りには薄らとそばかすがあり、顔立ちはパトリックに似ている。
「イグナーツ……」
エマは苦笑する。
「お前は何てこと言うんだ、イグナーツ」
パトリックも苦笑している。
「本当のことを言ったまでですよ。父上は隙あらば母上にべったりなのだから」
「別に悪いことではないだろう。愛するエマとずっと一緒にいたいと思って何が悪い?」
そうエマを抱き締める力を強めるパトリック。エマは頬を赤く染めている。
パトリックとイグナーツはこうしてよく口喧嘩をするのだ。
「そうやって今夜もまた母上に無理をさせるのでしょう。父上は母上の首筋に印を付け過ぎですよ。最近母上ずっと首にチョーカーを着けていますよね」
呆れ気味のイグナーツ。
「イグナーツ、それは……」
エマは顔を真っ赤にしている。
「夫婦なんだから何もおかしなことはしていないさ。イグナーツも夫婦間のことに首を突っ込むな」
堂々とした笑みを浮かべるパトリック。
「僕はただ母上が心配なだけですよ。母上、こんな腹黒くて醜い嫉妬全開の父上のどこが良いのですか?」
イグナーツはパトリックを挑発するかのようにそう聞く。
「お前も人のことを言えないだろう」
パトリックはギロリとイグナーツを睨む。
「おお、怖い怖い。じゃあ僕はそろそろ退散しまーす」
含みのある笑みでその場を去るイグナーツであった。
「本当に、父親は難しいよ」
パトリックはエマを抱き締めたまま苦笑した。
そして時は過ぎ、ローザリンデはルートヴィヒと結婚したのである。
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ユリウス、シルヴィア、イグナーツ、クラリッサの気質はパトリックに似ました。ラファエル、ローザリンデ、エーデルトラウト、ランプレヒトの気質はエマ似の設定です。