28.雑草たちの答え
連れてきた兵士たちに何事かを指示するオスカー様と、控えている兵に私たちを捕らえるように命じる陛下の声。
すぐに、オスカー様の周囲の兵たちが動き出した。大きな盾を構えて、陛下を取り囲む。ちょうど、盾でできた大きな檻に、陛下を閉じ込めるような形だ。
しかし陛下の後ろに控えていた兵たちは、動かなかった。剣を抜くことも、こちらの邪魔をすることもなく、ただじっと、立ち尽くしていた。
「おい、どうした近衛兵ども! どうして動かんのだ!」
兵士たちの壁の向こうから、陛下の声が聞こえてくる。それに答えたのは、ひときわ豪華な鎧をまとった兵士だった。
「陛下……我々は、もう貴方には従えません」
しぼりだすような、苦しげな声。そのただならぬ様子に、みな押し黙る。それは陛下も、例外ではなかった。
「我々はずっと、貴方のなさることを見ていました。おかしいと思うことがあっても、決して口を挟むことなく、ただ貴方の命に従い続けました」
おそらくは近衛兵長なのだろう彼は、びしりと音がしそうなくらいに背筋を伸ばしたまま、ゆっくりと言葉を紡いでいる。彼の後ろに並んだ近衛兵たちは、悔しげな顔をしてうなだれていた。
「この方が我々の主なのだと、この方がこの国を導いてくださるのだと、だから我々はこの方をお支えし、守り抜くのだと。我々はそう信じていました。いえ、信じようとしていました」
そうして近衛兵長は、大きく息を吸った。
「ですが……貴方のなさりようは……あまりにも……」
彼の肩は、かすかに震えていた。怒りからなのか、それとも悲しみからなのか、私には判断できなかった。
「私は近衛兵長であり、同時にこの国の民の一人でもあります。陛下にとって私も、雑草の一本でしかなかったのですね」
やけに清々しい声で、近衛兵長が言い切った。それから彼らは、きれいに整列してこちらに近づいてきた。オスカー様の前で、一斉にひざをつく。
「オスカー様、我々は……貴方にこの国をたくしたいと、そう思います」
その言葉に、オスカー様はとても優しい声で答えた。
「ありがとう。この国を立て直すには、君たちの力も必要だ。どうか、協力してくれるね?」
はい、という歯切れのいい返事たちが、玉座の間に響き渡る。その声は、兵士たちの壁の向こうでわめいているルードルフ様の声を、すっかりかき消してしまっていた。
そんな騒動があってから、数時間ほど経った頃。
「王宮……こんなところに来ることになるなんて、思いもしませんでした……うう、緊張するなあ……」
「わたしも。豪華すぎて、目がちかちかする」
私とドミニク、それにヘルガは王宮の一室にいた。というか、お茶にしていた。机の上には一口大のお菓子が並んだ大皿が置かれているし、私たちの前では香り高いお茶が湯気を立てている。
ドミニクの足元にはルッツがおとなしく伏せているし、ヘルガのえり巻きからはリタがこっそりと顔をのぞかせている。ちなみにシュテルンは、王宮の馬屋でくつろいでいるらしい。
ちなみに私もさっきまでの婚礼衣装から、いつもの服に着替えていた。やっぱり、こっちのほうがずっと落ち着く。
近衛兵たちが丸ごとオスカー様についたからなのか、王宮はあっという間にオスカー様を受け入れていた。他の兵士たちも、大臣たちも、その他末端の使用人たちまで、みんなすぐにオスカー様を新しい主と認めたのだ。
もちろん、多少の混乱はあった。けれど難色を示していた者たちも、すぐに同僚に説得されてこちら側に加わってしまった。
どうやらそれだけ、王宮の者たちはルードルフ様の治世に絶望していたらしい。当のルードルフ様は顔を真っ赤にして叫んでいたが、兵士たちに引きずられるようにして玉座の間から連れ出されていった。
彼はついさっきまで私が閉じ込められていたあの部屋に、ひとまず幽閉されるらしい。いい気味だ、と思わなくもないけれど、なんだか複雑な気分だ。
そんなこんなで今、オスカー様は大忙しなのだ。王宮を落ち着かせて、新たな王となるためにやることが山ほどある。そしてエルも、その手伝いに駆り出されているのだ。
私はひとまず休んでいてくれと言われたので、こうして子供たちと王宮の一室でくつろいでいるのだ。
「……でも、どうして近衛兵さんたちは、あっさりとこちら側に寝返ったのでしょうか?」
居心地悪そうに身をすくめていたドミニクが、ふと首をかしげた。ヘルガもゆっくりと私のほうを見て、小声で尋ねてくる。
「近衛兵、兵たちの一番上。王に忠誠、誓ってるはず。……合ってる?」
二人の視線を受けて、大きくうなずく。
「ええ、合っているわ。……近衛兵長たちが教えてくれたのだけれど、彼らは以前から話し合っていたのですって」
そうして私は、彼らから聞いた話を二人に語って聞かせた。
ルードルフ様が王である限り、民たちの苦しみは終わることはない。しかし王を追い出したところで、その後のことについては自分たちにはどうすることもできない。近衛兵といっても、しょせん彼らは兵士に過ぎないのだから。
だから、彼らは時を待つことにしたのだそうだ。もし貴族たちが新しい王を立てようとしたら、自分たちはその王に仕える。
そしてもし民たちが反乱を起こすようなら、遅かれ早かれこの国は破滅する。ならば愚かな王を守って終わるのではなく、勇気ある民を守って終わろう。近衛兵たちは、そこまで決意してしまっていたのだ。
「そんなところに、ルードルフ様の従兄、王位継承権を持つオスカー様が堂々と乗り込んできたの。オスカー様とルードルフ様の会話を聞いて、近衛兵たちは、今がその時なのだと、そう思ったみたいね」
「オスカー様……クラリッサさんが捕まっている間にお話ししましたけれど……立派で優しい、いい人でした。おれみたいな子供にも、とてもていねいで」
「あの人から、悪い感じはしない。リタも、あの人は気に入ってた」
リタがヘルガのえり巻きからするりとはい出て、私の手元までやってくる。ヘルガの言葉に同意しているのか、赤い目をゆっくりとまばたきしてみせた。
「あなたとも久しぶりね、リタ。まずはお礼を言わせてちょうだい。あなたが手紙を運んでくれなかったら、こんなにうまくいかなかった。ありがとう」
エルからの紙切れがなかったら、私はもっと早くくじけてしまっていただろう。そして私からの手紙がなかったら、エルたちはもう少し突入に手間取っていたかもしれない。
そう言いながら、指でそっとリタの頭をなでる。気持ちよかったのか、リタはきゅっと目をつむった。
「リタ、とても賢い。手紙を運ぶくらい、簡単」
誇らしげに胸を張るヘルガ。ドミニクはそんな彼女を笑顔で見つめながら、こくこくとうなずいていた。
「今回一番活躍したのって、実はリタかもしれないね」
そうして、私たちは気楽な雑談を始めた。その合間に、ふとドミニクがつぶやく。
「それにしても、エルさんが王子様だったって聞いたときは驚きました。あっ、これすっごくおいしい」
意外と図太くこの状況に慣れてきたらしいドミニクが、お菓子を口に入れて可愛らしく笑う。
「わたしも驚いた。でも、納得した。……ドミニク、これもおいしい。どうぞ」
「ほんとだ。ありがとうヘルガ。……エルさん、強くてかっこよくて素敵で……普通の人とは違うなって、ずっとそう思ってたし」
「気品がある。とても」
そう口にしたヘルガが、わずかに苦笑した。
「でも、オスカー様とエル、ここに泊まって待っていてくれ、って言ってた。旅芸人をこんなところに泊めるって、二人とも変」
「変じゃないわよ。旅芸人も、王子様も、兵士も、みんなみんな同じ人間だもの」
ヘルガに答えて、優しく微笑む。
ルードルフ様は、自分以外の全てを見下していた。民を雑草程度にしか思っていなかった。とても、王として国を治めていける人物ではなかった。
けれど、オスカー様はきっと違う。さっき、ルードルフ様と話しているのを聞いて、そう思った。
それに彼は、エルの連れとはいえ平民の子供でしかないドミニクたちにも親切に、丁寧に接してくれたらしい。きっと彼なら、国を良い方向へ導いてくれるだろう。そう素直に信じられた。
「ひとまず、これで山は乗り越えたかしらね」
ルードルフ様に幽閉された時は、もうみんなのところには戻れないのかもしれないと、絶望しかけた。でもエルは、きちんと約束を守ってくれた。こうしてみんなと、穏やかに話せる時間が戻ってきた。
「……幸せね」
私のそんなつぶやきが聞こえたのか聞こえていないのか、二人はいつになくはしゃいだ様子で話し続けていた。




