22.逃げられない誘い
何があろうと、ずっと一緒にいる。私とエルがそんな言葉を交わしてから、私たちの関係は少しだけ変わったようだった。
私たちはそれ以前から、信頼できる相棒のようなものだった。けれど今は、それだけではなく、ひとしずくの甘い空気が、私たちの間に混ざりこむようになっていた。
変化があったのはそれだけではない。最近ドミニクとヘルガが、妙に楽しそうに笑いながら、そっと席を外すことが多くなっていた。あの二人はどうも、わざと私たちを二人きりにしようとしているようだった。
そんな訳で今も、私はエルと二人で並んで町中を歩いていた。みんなで買い出しに行っていたはずなのに、いつの間にか二手に分かれて買い出しをすることになってしまっていたのだ。
「こうして二人でいると、旅に出た頃のことを思い出すわね」
「そうだな。あの夜、大勢の男に囲まれている君の姿を見た時は、生きた心地がしなかった」
「あなたが助けにきてくれなかったら、私はきっとヨハンにとらわれていたわ。ありがとう、エル」
「ああ。実はあの時、余計なおせっかいを焼いたのではないかと、内心冷や冷やしていた」
「まあ、そうだったの。あの時のあなた、とっても素敵だったのに。白馬の王子様ならぬ、黒馬の王子様といったところかしら」
私の軽口に、なぜかエルが顔をこわばらせる。どうしたの、と問いかけるより先に、彼は苦笑を返してきた。
「俺は、そんなたいそうなものではない。が、褒めてもらえたのは嬉しい」
すっかりいつも通りの彼と談笑しながらも、私はさっきの彼の表情がどうにも気にかかってしまっていた。彼が今でも正体を明かさないことと、関係があるような気がして。
それからも、私たちの旅は続いていた。すべてがうまくいっていて、何一つ悩みのない、最高に幸せな時間だった。
ところがそんな日々に、とんでもない知らせが舞い込んできた。
「……面倒なことに、なってしまったわね……」
宿の部屋に四人集まり、難しい顔を突き合わせる。全員、見事に黙りこくっていた。
私の手の中には、書状が一通。前にリート家から来たものより遥かに豪華なそれには、これ見よがしに王家の紋章が描かれていた。
その書状には、こう記されていた。奇跡の歌姫クラリッサの歌とやらを聞きたい、速やかに王宮へ来るように。そして最後には署名があった。『国王、ルードルフ』と。
「陛下が指名されているのは私だけだけど……みんな、どうする?」
おそるおそる問いかけると、エルが即座に首を横に振った。
「俺は……済まないが、城下町で待っている。護衛が必要となるような場面は、ないと思うが……」
彼の眉間には、今まで見たことがないくらいに深々としわが刻まれていた。
「王宮って、王様がいるお城なんですよね? 王様って、貴族よりずっと偉くって……ごめんなさい、おれ、怖いです」
そう言ってうつむくドミニクの肩に、ヘルガがそっと手をかける。
「わたしも、嫌。近づきたくない」
どうやら三人とも、王宮には行きたくないようだった。となると、私一人で行かなくてはならない。
「それはまあ、私だって昔は侯爵家の令嬢だったし、王宮に行ったことも一度だけあるけれど……」
それでも、一人で行くのはちょっぴり心細い。けれど、みんなが気乗りしないのなら、無理をいうのも悪い。
「まあ、陛下の前で数曲歌って、それで戻ってくればいいだけの話よね」
暗い空気を吹き飛ばすように、わざとらしいほど明るく言い放つ。けれどどうにも、胸の中にもやもやするものを感じずにはいられなかった。
手の中の書状の、これでもかというくらいに美しい文字。その最後に記された、どことなく尊大なものを感じずにはいられない、陛下の署名。
なんだか嫌な感じがするなあと思いつつ、ひたすらいつも通りに微笑んでいた。
そうして私たちは、できるだけ急いで王都を目指した。途中立ち寄った町で、最低限の公演をこなしながら。
本当は、わき目もふらずに王都に駆け付けるのが正しいのだろう。ただ、どうにも気乗りがしなかった。それに、私たちを歓迎している町の人たちに肩透かしをくらわせるのも嫌だった。
そんなこんなで、予定より二日遅れで、私たちは王都にたどり着いていた。子供の頃に見た風景と、あまり変わっていないように思える。
ひとまず全員で宿をとった。お金はたっぷりあるので、奮発していつもよりずっといい宿を選ぶことにした。せっかく王都まで来たのだから、子供たちにちょっぴり贅沢させてやりたかったのだ。
「それでは、私は行ってくるわ。みんなはここで待っていて」
「はい。あの……気をつけて、くださいね」
「リタ、連れていく?」
子供たちは泣きそうな顔をしている。二人にとって王宮は未知の地で、そして恐ろしい場所なのだろう。
「大丈夫よ、なにも危険はないから」
そう言って二人をなだめようとしていると、なぜか難しい顔のエルが口を挟んだ。
「いや、一応警戒しておくに越したことはない。一応リタも連れて行ったほうがいいだろう」
「そ、そう? まあエルまでそういうのなら……」
そうして私は、みなに見送られて王宮を目指した。服の中に、小さな毒蛇のリタを忍ばせて。
こんなものを連れて入るほうが、よほど危ないとは思うのだけれど。それこそ、陛下の暗殺をもくろんだとか思われかねないような。
まあ、ばれなければ大丈夫でしょう。せいぜい数時間、ごまかし切ればいいのだから。
そう自分に言い聞かせながら、重い足を引きずるようにして王宮の正門に向かっていった。
そうして私は、王宮の部屋にしてはやや小ぶりな、しかし異様に豪華な部屋に通された。書状を門番に見せたら、あれよあれよの間にここに連れてこられたのだ。
そこでひざまずいていたら、誰かが入ってくる気配がした。
「よく来たな、奇跡の歌姫。貴様の歌は素晴らしい幻を生み出すと、そう聞いた」
ここは玉座の間ではなく、陛下の私室らしい。玉座ではなくただの豪華な椅子に、陛下はどっしりと腰を下した
私は深々と頭を下げたままゆっくりと、あいさつの言葉を口にする。少しでも失礼があったら、面倒なことになりかねない。
「……お招き、ありがとうございます」
一言ずつ気をつけて答えると、頭の上から陛下が笑う気配がした。
「顔を上げるがいい、歌姫」
その言葉に、そろそろと顔を上げる。すぐに、陛下と目が合った。
声の感じから若い方のようだなとは思っていたけれど、本当に若かった。私とせいぜい数歳しか違わない。自信に満ちあふれた、高慢にも見える笑みを浮かべている。
エルに似ている。最初に思ったのは、そんなことだった。目の色も髪の色も違うし、表情や雰囲気にいたってはまるで違う。それなのに、似ていると思ってしまったのだ。
「どうした、私の顔に何かついているか」
つい陛下の顔をじっと見つめてしまったらしい。あわてて頭を下げ、謝罪する。陛下はおかしそうに、ふふんと鼻で笑っただけだった。
そうして、私は陛下の前で歌を披露した。かなり緊張していたし、うまくいくか心配だったけれど、どうにかいつも通りに幻の雪を降らせることに成功した。
ああ、これでやっと帰れる。早くみんなと合流して、さっさと王都を離れてしまおう。そして、できるだけ遠くに行こう。
そんなことを思いながら優雅に一礼したその時、陛下がとんでもないことを言い出した。
「うむ、見事であった。褒美をとらせよう。貴様を私の妻とする。光栄に思え」
その言葉の意味を理解するのに、少しかかった。そうしてようやく状況が飲み込めたものの、驚きのあまり何も言えなかった。
陛下は相変わらずこちらを見下すような笑みを浮かべたまま、私の言葉を待っていた。




