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21.面の皮の分厚い連中

 使者から受け取った書状を読みながら、眉間のしわがどんどん深くなっていくのを感じていた。


 両親の死後、私を追い出してリート侯爵家を乗っ取った親戚たちは、結局領地の統治に失敗してしまったようだった。今では領民はすっかり貧しくなり、不満がたまっているという。


 昔の記憶をあさって、私を追い出した連中のことを引っ張り出してみる。


 書状をよこしてきたのは、一族の中でもとびきりぜいたく好きで派手好みの夫婦だ。生前お父様が、彼らの暮らしぶりに眉をひそめていたのを覚えている。


 そうして彼らは、私に戻ってこいと言っていた。なんでも、奇跡の歌姫として名高い私を、リート侯爵家に迎えたいのだそうだ。


 彼らの養子となってもいいし、客人として滞在してくれてもいい。旅芸人として暮らしていては不可能な、ぜいたくな暮らしをさせてやる。彼らは、そんなことをつらつらと書き連ねていた。


 私を呼びつけてどうするつもりなんだと思っていたら、その答えもすぐ後ろに書いてあった。


 どうやら彼らは、私にリートの領地を回り、あちこちで歌を披露して欲しいようだった。そうしてリートの民の不満をやわらげ、手なずけて欲しいのだとか。無理やり追い出しておいて、勝手なことだ。


「……この書状を出した人は、やっぱり人違いをしているわ。私はお嬢様ではないもの。その上で、私からの答えは『お断りします』よ」


 手頃な紙にさらさらと返事を書いて、使者に渡す。彼は大いに不服そうな顔をしていたが、「これで使命は果たせたでしょう?」と畳みかけてやったら、しぶしぶ帰っていった。


「……大丈夫か、クラリッサ」


 ようやく使者がいなくなって、額を押さえてため息をつく私に、エルが心配そうに声をかけてきた。瑠璃色の目が、すぐ近くでこちらをのぞき込んでいる。


 大丈夫、と答えようとして、彼の背後にいるドミニクとヘルガの姿が目に入った。二人とも、不安そうにぎゅっと手を取り合っている。


 二人はさっきの書状を見てはいない。けれど、その内容がいつもの誘いとは違っていることを感じ取ったのだろう。


「いい加減、事情をきちんと話しておくべきね」


 複雑な表情のエルと、戸惑い顔のドミニクとヘルガを見渡しながら、覚悟を決めてそう言った。




 そうして私は、ずっと隠してきた過去を三人に打ち明け始めた。三人とも、神妙な顔で私の話に耳を傾けていた。


 リート侯爵家の娘として生まれ育ち、十三の時にはやり病で両親を亡くしたこと。お母様が平民だったことが気に入らなかった親戚たちに、家を追い出されたこと。お母様に教わった歌のおかげで、どうにか生き延びてきたこと。


「お父様からはたくさんの教養と、人の上に立つものとしての心構えを。お母様からは歌と踊りと護身術、それに旅をする時のあれこれを教わったの。今私がこうやって元気にしていられるのは、お父様とお母様のおかげなのよ」


「それ、で……それでクラリッサさんは、おれたちに親切にして、くれたんですね……自分も、つらい目にあってきたから……だから、おれたちのこと、見捨てないでくれたんですね」


 泣きじゃくりながら、ドミニクがそう言った。ヘルガもぎゅっと唇をかんでいる。


「クラリッサも……ひとりぼっち、だった。わたしたちと、同じ。だから、助けてくれた……」


「そうじゃないわよ。困っている子を助けたいって思いに、理由なんてないもの。この子の力になりたいって思った、それだけだから」


 すっかり湿っぽくなってしまった場を和ませるように、軽く言い放つ。


「それに、色々あったけど今は幸せだもの。劇場にいたおかげでエルと出会えて、あなたたちともめぐり会えた。そうしてみんなで、毎日楽しく旅ができている。もう、最高よ」


 明るく微笑んで、子供たちをぎゅっと抱きしめた。すぐに二人とも、私にすがりついてくる。


「私は、あなたたちを置いてリートの家に戻ることはないわ。貴族が苦手なあなたたちをあそこに連れていくことも、ね。だから安心して。これからも、今まで通りに旅を続けましょう」


 優しくそう語りかけると、二人はさらにしっかりと抱き着いてきて、泣きながらうなずいていた。ずっと一緒がいいと、口々にそう言って。


 そんな私たちを、エルはすぐ近くで見守ってくれていた。




 その日の夜、私とエルはまた二人きりで夜の散歩をしていた。この町には見晴らしのいい崖の上に作られた広場がある。そこで夜風に吹かれながら、のんびりとお喋りをする。


「ああ、いい風が吹いているわ」


 夜風が私の髪を、しなやかにすくい上げていく。それはとても心地良い感触だった。昼間のもやもやを、追い払ってくれるような。


「……昼間の……書状の、ことだが」


 くつろいでいる私とは対照的に、エルの表情は固い。


「ああ、あれね。リート家を乗っ取った親戚連中が、しくじったみたいなの。どうも領地は、かなり危なくなってしまっているみたい。当主夫妻が贅沢三昧で富を食いつぶし、足りなくなった分を民から巻き上げる。典型的な、駄目当主ね」


 子供たちがいないので、私も気兼ねなく詳細を話すことができた。


「それで、民をなだめるためのお飾りとして、私を呼び戻そうとしているみたい。だから、即お断りしたのだけれど」


「……リートの民は、どうなるのだろうか」


 彼の声は、いつもより低くて重々しい。ただならぬ雰囲気に圧倒されそうになりながらも、思うところを述べていく。


「書状を見た感じだと、もう民の不満は爆発寸前といったところみたいね。たぶん、じきに現王陛下のところに直訴がいくんじゃないかしら」


 この国では、民が領主も何も飛び越えて、いきなり王に助けを願い出ることが許されている。


 もっとも、きちんと書面にする必要があるし、あんまりにもくだらない事柄を願い出た場合、言い出した者に罰が与えられることもある。だから、そう気軽に行使できる権利でもないのだ。


「そうすればきっと、リートの当主は代えられる。あるいは、リート家自体が取り潰しになるかもしれないわね。どちらにせよじきに、リートの領地はまともになるでしょう。私が下手に手を出せば、その時期が先送りになってしまうかもしれないわ」


「……君は、それでいいのか。リートに戻りたいとは、思わないのか。自分の手でリートを守りたいとは」


「ええ」


 沈痛な面持ちのエルの問いかけに、即答する。


「どんな形であれ、民が救われればそれでいいわ。それに今のリートには、私の居場所はない。私は、ここにいたいの。あなたとあの子たちと一緒に旅をする今が、何よりも大切なの」


「だが、君の亡き両親は、それで納得するだろうか」


「するわ」


 またしても断言した私に、エルは瑠璃色の目を見張っている。どことなくあどけなさすら感じさせる表情に、思わず顔がほころぶ。


「お父様は言っていたの。私たち貴族は、民によって生かされているのだと」


 耳の奥に、お父様の声がよみがえる。子供の頃、幾度となく言い聞かされてきた、優しくも厳しい言葉。


「だから私たちは、民の心にしっかりとよりそっていかなくてはならない。それができないのなら、貴族など存在する意味がない。民をないがしろにする貴族もどきばかりがはびこるのなら、そんな家は滅びてしまったほうがいい。それが、お父様の口癖だった」


 顔を上げて、目の前に広がる夜空を見る。あのどこかに、お父様とお母様がいるような気がした。


「お父様もお母様も、きっと分かってくださるわ」


「君は……君たち親子は、とても気高いのだな。俺はそんな君と知り合えて……良かった」


 そう言って、エルは微笑む。濃紺の髪も瑠璃色の目も、夜空そっくりに輝いて見えた。


 胸が、ぎゅっと苦しくなる。彼に近づきたい。彼に触れたい。


 そんな衝動を押し殺して、ゆっくりと口を開く。


「ねえ、エル……ひとつ、お願いがあるの」


 その言葉に、彼は無言で、しかし力強くうなずく。


「あなたも、私と同じ貴族。それもたぶん、訳ありの」


 言いながら、両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめた。


「いつか、あなたは私の前から去ってしまうのかもしれない。今日、私に書状が来たみたいに、あなたにも書状が届くのかもしれない。ある日突然、この幸せで穏やかな暮らしが終わってしまうのかもしれない」


 考えるより先に、言葉がぽろぽろとあふれ出る。


「もし、その日が来ても……私はその先も、あなたと一緒にいたい。ずっとずっと、いつまでも」


「……俺も、だ。君と離れるなんて、ごめんだ」


「だったら、お願い。どこかに行くのなら、私を置いていかないで。私がどこかに行く羽目になったら、連れ戻して。あなたのそばが、私の居場所なの」


「ああ」


 エルが笑う。ひときわ優しく、苦しくなるほど切なげに。彼は手を伸ばして、私の手をそっとにぎった。大きくてがっしりした手の感触に、胸が高鳴って仕方がない。


「何があろうと、俺は君と共に」


「ありがとう、エル。私たち、ずっと一緒よ」


 そんな言葉を贈り合う私たちを見ているのは、無数の星たちだけだった。

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