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20.思いがけない使者

 私は大いに意気込んで舞台に立った。それこそ、初舞台の時と同じくらいに。


 ここに来ている客たちは、私の歌が見せた幻のことを知っているに違いない。今回も、同じように幻を呼び出せるだろうか。他の曲で、うっかり余計な幻を呼んでしまわないだろうか。


 けれどそんな心配は、どうやら無用のようだった。私は無事に最初の数曲を歌い終え、『銀雪の乙女』を歌い始めていた。


 ふわふわと降る季節外れの雪に、人々は何も言えなくなっていた。子供たちは憧れの目で、大人たちは驚嘆を顔に浮かべ、みな宙を見つめていた。


 そうして、公演が終わる。返ってきた拍手喝采は、いつもよりずっとずっと大きかった。




 私が降らせる幻の雪は、とても珍しい、素敵なものだとして人々には受け入れられたようだった。


 あれはどういう仕掛けなのかと聞かれることも一度や二度ではなかった。そんな時は、ちゃんと種も仕掛けもありますが、そちらについては内緒です、と答えることにしていた。あの石碑と奇跡の歌については、あまり広く触れ回るものではないと思ったのだ。


 それからの私たちの旅は、ほんのちょっとだけ変わった。


 それまでは気のおもむくまま、好き勝手に次の目的地を決めていた。けれど最近では、近くの町から招かれることも多くなっていた。次はうちの町でやってくれよ、しばしばそんな風に声をかけられるようになっていたのだ。


 もちろん、私たちはその願いを快く聞き入れていた。たくさんの人たちに私たちの芸を見てもらって、喜んでもらえる。そしておまけに、たっぷりとお金を稼ぐことができる。ちょっぴり忙しくはあったけれど、それは本当にいいことでいっぱいの暮らしだったのだ。


 ただ、その変化は全てがいいことばかりではなかった。




「また、貴族から使いがきたわ。うちの屋敷で演じてくれ、ですって」


 私たちの芸を見たいと望むのは、平民だけではなかった。噂は広まっていき、とうとう貴族たちの耳にまで入ってしまったらしい。


「そうか。確かに君たちの芸は、とても見事だからな。何度見ても飽きない」


「ふふ、あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ、エル」


「……クラリッサ、返事、もうした?」


 私たちのお喋りを聞きつけて、ヘルガが口をはさんでくる。普段あまり表情を変えない彼女だが、今はどことなく不安げな顔をしていた。


「ええ、もう済ませたわ。いつも通りに『申し訳ありませんが、町のほうへ足をお運びください』ってね」


 その言葉に、今度はドミニクが安堵のため息をついている。


 ドミニクは小さな頃、町の浮浪者に育てられていた。浮浪者と言っても元は学者か何かだったらしく、彼はドミニクをしっかりとしつけていたらしい。ドミニクがやけに礼儀正しい、しっかりとした子供だったのにはそういった訳があったのだ。


 その育ての親は、貴族の馬車にひかれた時の傷がもとで亡くなった。そんなこともあって、ドミニクは貴族に対して複雑な思いを抱えているようだった。


 一方のヘルガは、三年前に両親を崖崩れで亡くし、それからは毒蛇のリタだけを連れてさまよっていたのだが、その間幾度となくさらわれかけたらしい。彼女をさらおうとした人間の中には、貴族の手のものも少なからず混ざっていた。


 そのせいで、ヘルガは貴族に近づくことすら嫌なのだそうだ。屋敷に足を踏み入れると考えただけで、寒気がするらしい。


 けれど二人は、私とエルが貴族の出だと知っても、態度を変えることはなかった。貴族は嫌いだけれど、クラリッサとエルは大切な恩人で、大好きな人だから。口々にそんなことを言われて、ちょっと涙ぐんでしまったことを思い出す。


「……私としても、今さら貴族と関わり合いになりたくはないのよね。堅苦しいし何かと面倒だし、嫌な感じにじめじめしたあの社会は、ちょっとね」


 二人を安心させようと、そんなことを口にする。エルも重々しくうなずいた。


「ああ。俺も、貴族には近づきたくないな」


 その言葉に、ずっと胸の奥にしまい込んでいた疑問がふわりと浮かび上がってきた。


 エルと出会ってから、それなりに長く一緒にいる。今の私たちは、気心の知れた相棒のようなものだと、少なくとも私はそう思っている。けれど彼について、私が知っていることはあまりにも少ない。


 彼は幼い頃ティルと名乗っていた。そして彼も私と同じ、どこかの貴族の家の出だ。けれど何らかの理由で、こうやってふらふらと旅をしている。そして、よその貴族たちとは関わりたくないと、そう思っているようだった。


 どうして彼は旅をしているのだろう。彼はいつまで、私たちと一緒にいてくれるのだろう。


 ずっとそんなことが気にかかっていたけれど、それを直接尋ねることもできなかった。うかつなことをして、今の関係が悪いほうへ変わってしまったら。そう思わずにはいられなかったのだ。


 だからまた、疑問を胸の奥深くにもう一度押し込めて、苦笑を返した。






 そうしてにぎやかに過ごしていたある日、私たちが宿でのんびりしていると、きっちりと正装した使者がやってきた。一通の書状をたずさえて。


「お探しいたしました、クラリッサお嬢様」


 その使者は、心底ほっとした顔でそう言った。


「お嬢様……って、なんのことかしら」


 そう答える私の声には、隠し損ねた動揺がにじんでしまっていた。私をこんな風に呼ぶからには、きっと彼は私の実家の使いなのだろう。それがまた、どうして今さらこんなところに。


 私がはぐらかしていることなどお構いなしに、使者は感動したような顔で言った。


「かの高名な銀雪の一座を率いる、奇跡の歌姫。まさかその歌姫がお嬢様だったとは……ご無事で、何よりです」


 エル、ドミニク、それにヘルガは、静かになりゆきを見守ってくれている。


「わたくしめはお嬢様に、この書状をお届けするために遠路はるばるやってまいりました。どうぞ、お受け取りください」


「だから、きっと人違いよ。私にはお嬢様なんて呼ばれる覚えがないもの」


 もちろん、これは嘘だ。まだ両親が生きていた頃、私は屋敷の使用人たちに、お嬢様と呼ばれていたのだから。


 懐かしい幸せな記憶を汚されたような気分に、つい眉間にしわが寄る。そんな私に、使者は深々と頭を下げた。


「それでも構いません。どうか、この書状に目を通してはいただけませんか。さもないと、わたくしは屋敷に戻ることができないのです」


 哀願するようなその声に、さすがにちょっと後ろめたくなった。彼もまた使用人の一人なのだろうし、主人の命令には逆らえないのだろう。あんまりいじめてはかわいそうだ。


 仕方なく、差し出された書状を手にして、封を切った。


『クラリッサ・ヒルデ・リート様へ』


 もう何年も目にしていなかった自分の本名が、そこには記されていた。

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