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16.田舎での一幕

 そうして『銀雪の一座』となった私たちは、大きな街道からはずれ、田舎のほうを旅していた。


 このところずっと大きな町ばかりをめぐっていたし、子供たちに色々なものを見せてやりたかった。あと私も、そういうところに行ってみたかったのだ。


 細い街道の両側に広がる一面の畑や、牛や羊がのんびりと草をはんでいる草原。小さな家がいくつも崖に張り付くようにして並んでいる集落なんかも見かけた。どれも私にとっては、とても珍しい風景だった。


 そういった小さな村には、まず宿屋なんてない。だから空き部屋のある家に、好意で泊めてもらうことが多かった。


 二人も子供を連れているからなのか、村の人たちは私たちを温かく迎え入れてくれた。もっとも、私とエルと子供二人の関係が気になるのか、時々好奇心丸出しの視線を向けられはしたけれど。


 けれどそんな村人たちも、私たちが旅の一座だと知ると大喜びした。旅人すら珍しいこんな田舎では、旅芸人は貴重な娯楽なのだそうだ。


 村の広場に集まった村人たちは、みんな期待に満ちた顔をしていた。私たちはちょっと緊張しつつも、いつも以上に気合を入れて歌い踊り、リュートを弾いた。


 そうして返ってくるのは、いつもよりずっと熱狂的な歓声。それを目の当たりにしたドミニクは感激で涙ぐんでいたし、ヘルガも恥ずかしそうにうつむいていた。そんな二人を見て、村人たちはさらに嬉しそうに笑う。


 田舎での日々は、そうやって穏やかに、楽しく過ぎていった。




 それは、森の奥にある小さな村にたどり着いた時のこと。


 泊めてほしいと頼んだら、村人たちは話し合って、私たちを村はずれの家に連れて行った。そこは老夫婦が二人きりで住んでいる家で、かつて子供たちが使っていた部屋が空いているのだそうだ。


「まあまあ、こんな日に旅の一座の方がやってくるなんてねえ。ちょうどいいわ、今日と、それに明日も泊まっていってくださいな」


 穏やかな顔で、老女が微笑む。その言葉に引っかかるものを感じて、そっと問いかける。


「ちょうどいいって、何かあるのですか?」


「ええ。明日はこの村の、収穫祭なんですよ。毎年恵みをくださる森の守り神様に、感謝する日なんです」


 妻とそっくりな顔をほころばせて、老人がそう答えた。


「森の守り神様はにぎやかなのが好きだから、毎年頑張って色んな出し物をするのよ」


「旅芸人さんの芸が見られれば、きっと守り神様も喜んでくださるでしょう」


「ええ、だからお願い、私たちを助けると思って」


 老夫婦はそう言って、ゆったりと頭を下げる。


「私たちの芸が役に立つのなら、喜んで。とびきりの芸を、お目にかけますわ」


 にこやかにそう答えると、老夫婦はやはりそっくりな笑みを浮かべた。




 次の日、私とエルは祭りでにぎわう村の中をぶらぶらと歩いていた、手にした木の杯には、湧き水で冷やした果物のジュース。存分に歌った後ということもあって、冷たい飲み物はとてもありがたかった。


 村の人たちをながめながら、ふと思い出したことをつぶやく。


「長く連れ添った夫婦って、顔が似るっていうけれど……本当なのかもしれないわね」


「宿を貸してくれた、あの夫婦のことか? ああ、そうだな。本当によく似ている」


 小さく笑うエルを見ていたら、ふとおかしな考えが浮かんできた。祭りの浮かれた雰囲気に後押しされるようにして、その考えを口にする。


「ねえ、エル。私とあなたって、あまり似ていないでしょう? あなたは凛々しくて涼やかだし」


「そ、そうだろうか。……確かに君は華やかで生き生きとしているから、俺とはあまり似ていないかもしれないな」


「もし私たちが結婚したとして、数十年経ったらあんな風にそっくりになれるのかしら?」


 それは本当に、純粋な疑問を口にしただけだった。しかしエルには衝撃的だったらしく、彼は飲みかけのジュースを吹き出しかけていた。どうにかこらえたらしいが、苦しそうにせき込んでいる。


「く、クラリッサ、突然何を言うんだ」


「ちょっと気になっただけよ。ごめんなさい、驚かせてしまったわね」


「ああ、驚いた。……嫌ではなかったが」


 まだせき込んでいるエルの背中をさすっていた時、少々見過ごせないものが目についた。


「ねえ、エル。あれ、見て欲しいのだけれど……」


 私の視線の先には、ドミニクとヘルガがいた。あと、村の子供たちも。彼らは公演が終わった後は、ああして村の子供たちと一緒になって遊んでいた。


 しかし今聞こえてくる声は、ちょっとばかり不穏なものになりつつあった。


「お前、旅芸人なんだよな? でもお前の踊り、なんだか女の子っぽかった」


「そういえば顔も女の子みたいだよな。もしかしてお前、女の子なんじゃないか?」


「そっちの子とずっとべったりなのもおかしいよな。姉弟でもないのにずっと一緒にいるって、変じゃないか?」


「わーい、女の子だ! ドミニク、女の子だ!」


 状況から察するに、どうやら村の男の子たちは、とびきり可愛いヘルガのことが気になっているようだった。しかしそのヘルガは、だいたいいつもドミニクと一緒にいる。そのことに、かちんときたらしい。


 あと、ドミニクの踊りは大人たちにもたいそう好評だったから、そこのところも子供たちの気分をちょっぴり逆なでしているのかもしれない。ふらりとやってきたよそもののくせに、とか何とか、そんな声も聞こえてきたから。


「……あれ、ちょっと叱ってやったほうがいいかしら」


 よってたかって子供たちがドミニクをはやし立てているのを見かねて、そちらに向かって一歩踏み出す。けれどそんな私を、エルが止めた。


「いや、もう少しだけ様子を見よう。ドミニクは強い。きっと、大丈夫だ」


「そうかしら……」


 私が飛び出していくことを心配しているのか、エルはしっかりと私の腕をつかんでしまっている。仕方なく、肩をすくめながらドミニクたちを見守ることにした。


「おれの踊りは、確かに女の子っぽい。でもそれは、わざとやってるんだ。今のおれに一番似合うのは、そんなふりつけだから」


 子供たちに囲まれながら、ドミニクは静かにそう答えた。


「おれは、はやく一人前の踊り子になりたい。たくさん稼げるようになりたい。おれを助けてくれた人たちに、恩返しするために。あの人たちがいなかったら、おれは今でもひとりきり、泥にまみれて、ごみの中で暮らしてた」


 その声に、周囲の子供たちが黙り込む。どうやら、圧倒されているらしい。


「だからおれは、その時々で一番、自分の魅力を生かせる踊りを探す。それだけだよ」


 きっぱりと言い切ってから、ちらりと隣のヘルガを見る。


「それと、ヘルガは仲間なんだ。あの人たちに助けられた者同士、芸に生きる者同士。一緒にいるのが当たり前になってるんだけど、みんなから見たらそうでもないんだね。これからは気をつけるよ」


「お、おう……」


「お前、可愛い顔して、強いんだな」


「からかって悪かった」


 周囲の子供たちも、ドミニクが真剣に芸と向き合っているのが分かったらしい。次々とそんなことを言っては、頭を下げている。


 そして私は、そんな光景をぽかんとしながら眺めることしかできなかった。


「……あなたの言った通りになったわね、エル」


「ああ」


 エルはもう私の腕を放していた。くるりと彼の方に向き直り、笑いかける。


「私は何も考えずにドミニクを助けようとした。あなたはドミニクの力を信じて、自力で解決するのを待った。……あなた、きっといい父親になるわね」


 ぽろりとこぼれでたそんな本音に、エルが一気に真っ赤になる。


「な、なにを、突然……クラリッサ、今日の君は不思議なことばかり言っているな」


「そう? お祭りの雰囲気に、つられたのかもしれないわね。それよりもエル、真っ赤になってどうしたの」


 実のところ、その答えは分かっていた。さっき夫婦と顔の話をしたばかりだというのに、今度は彼のことをよい父親になれると褒めてしまった。同じような、しかも少々照れ臭い話題が続いて、彼は動揺しているのだろう。


「それは、だな……さっき、少し飲みすぎたんだ、たぶん」


 彼にしては珍しく、しどろもどろになっている。今日の彼は、まだ一滴も酒を口にしていないことを知っているけれど、それについては黙っておくことにした。


「ふふ、そうやってあわてている顔も素敵よ、エル。もちろん、いつもの落ち着いたあなたも素敵だけれど」


 エルが言葉を返すより先に、彼の手をつかんで歩き出した。エルがいて、子供たちがいて、みんなでにぎやかに過ごせる。そんな幸せを、かみしめながら。

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