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14.そうしてまた、仲間が増えた

「俺がいない間に、大変なことになっていたんだな。済まない、シュテルンが遠くへ行きたがって」


 ヘルガと出会った日の夜、私たちは四人一緒に、宿の部屋で話し込んでいた。ヘルガは町の人たちに目をつけられてしまっているようなので、ひとまず今夜は私たちと同じ宿に泊まってもらうことにしたのだ。


 すっかり日が暮れてから戻ってきたエルは、昼間の事件の一部始終を聞いて、眉をひそめていた。


「しかし、子供が一人で旅をしていただけで、町の治安を乱すものとみなされるとは……やはり民の心が、不安定になっているようだな」


 エルがつぶやいたそんな言葉に、こっそり首をかしげる。民の心だなんて、ずいぶんと丁寧で大仰な言い方だ。


 子供の頃に良く聞いたお父様の声が、ふとよみがえった。侯爵家の当主として広い領地を治めていたお父様は、いつも「民の心を安らかにしなくては」と言っていたものだ。エルの口調は、そんなお父様のものとよく似ていた。


「それで、君はどうする、ヘルガ。俺たちは明日にはこの町を離れるし、君さえ良ければ隣の町まで同行してもいい」


「隣の町まで、かあ……」


 エルの提案に、ドミニクがあからさまにしょんぼりした顔をする。どうも彼は、ヘルガのことを気に入ったようなのだ。年が近いからなのか、境遇が似ているからなのか。


「なんなら、私たちと一緒に来てもいいわよ。当てのない、気ままな旅だけどね」


 だから、そう口をはさんでみた。ちらりとエルを見たが、彼のほうは特に異論はないようだった。ドミニクは真剣な顔をしているが、その淡い茶色の目には明らかな期待がきらめいている。


 気づけば私たちは、息を飲んでヘルガの返事を待っていた。


「……わたし、行く当てはない」


 やがて、ヘルガが口を開いた。表情一つ変えずに、彼女は静かに言う。


「あなたたち、わたしを助けてくれた。恩、返したい」


「ああ、それは私たちが勝手にしたことだから、気にしないで」


「いいえ。それにあなたたち、たぶん信用できる、と思う。……しばらく、あなたたちといてもいい?」


 ほんの少しだけ照れくさそうなヘルガの言葉に、エルが笑って答える。


「……そうか、ならば決まりだな。よろしく、ヘルガ」


「やったあ!」


 ドミニクが軽やかな動きで椅子から降り立ち、くるりと回ってみせた。その愛らしくもどことなく優雅な動きに、思わずみな笑顔になる。ヘルガも、ほんの少し口元をほころばせていた。




 そうしてヘルガが私たちに同行することが決まってから、私たちはあれこれと世間話をしていた。


 なにせお互いに、何も知らないも同然の間柄なのだ。お互いに悪い人間ではないだろうと思えてはいたものの、一緒に旅をする前にもう少し心の距離を詰めておきたかった。


 もっともドミニクだけは、もうそこそこヘルガと仲良くなっているようではあったが。


「それにしても、その年で一人旅は大変だったろう。今、十二歳くらいか?」


 話の合間に、エルがそんなことを尋ねていた。ヘルガはゆっくりと首を横に振る。


「十歳」


 その言葉に、私とエル、それにドミニクが一斉に声を上げる。


「あらやだ、本当に子供じゃないの。大人びてるのね」


「おれと二つしか違わないんだ。おどろいたなあ」


「しかしそこまで幼いと、旅の間に危険な目にあったのでは?」


 エルのその問いに、ヘルガは無表情でうなずく、それから、首に巻いていた布に手をかけ、下にずらした。


 そこから出てきたものを見て、私たちは叫びそうになる。


 ヘルガの首には、小さな白蛇が巻き付いていたのだ。ちょうど、首飾りのように。その蛇は間違いなく生きている証拠に、赤い舌をちろちろと動かしていた。


「この子、リタ。友達。毒蛇。いざとなったら、リタに任せてる」


 何をどう任せるのかは、誰も尋ねなかった。なんとなく見当がついてしまったというのもあったし、それを確認するのが怖いというのもあった。


「この子はおとなしい。なでても大丈夫。なでる?」


 ヘルガは平然とそう言い、私たちを見渡す。やがて勇気を出したらしいドミニクが、そろそろと手を伸ばした。にゅっと首を伸ばしてくるリタにびくりとしながら、それでもそっとリタに触れていた。


「……思ったより、がっしりしてる……固いんだね。おれ、蛇を触ったのは初めてだ」


「強いのよ、リタ」


「うん、そんな気がする。リタ、おれたちはきみの味方だから、間違ってかまないでくれよ」


 そんなことを話している彼らをしばらく眺めてから、そっと隣のエルに目をやった。彼はとても優しい目で、子供たちを見守っていた。じきに私の視線に気づいたのか、こちらを見て無言で微笑む。


 これから旅の仲間が一人増えるけれど、この分なら大丈夫だろう。そう思いながら、エルに笑顔を返した。




 嫌な思い出ができてしまった町を朝一番に発ち、次の町へ向けて四人で旅立った。正確には、四人と一匹と一頭で。シュテルンは前日存分に走ったからか、すがすがしい顔をしていた。


 そうしてのんびりと歩きながら、隣のヘルガに尋ねてみた。


「そういえば、あなたはリュートを弾いて稼いでいたって聞いたけれど、どれくらいの腕前なのかしら?」


 これから一緒に稼いでいくのだから、彼女の腕前は知っておきたい。みんなで芸を披露する前に、できれば一度演奏を聞いておきたいと、そう思っていた。


 もっとも、尋ねるまでもなく、彼女の腕はかなりのものなのだろうと見当はついていた。


 たった十歳で、ひとりきりで生きている彼女だったが、暮らしに困っている様子はまったく見受けられなかったのだ。つまり、彼女はそれだけのお金を稼ぐことができているのだろう。


「ほんと、すごいんですよ! おれ、昨日聞かせてもらったんですけど……ちょっと、泣きそうになりました」


 私の問いに、ドミニクが得意げに答える。ヘルガは白に近い金髪をさらりと揺らして、考えながら言った。


「……休憩の時にでも、弾く」


 彼女は明らかに照れていた。無表情にしか見えない彼女の口元は、くすぐったそうに震えていた。




 それから少し歩いて、街道から少し離れた大きな木のそばで休憩にする。ヘルガは周囲に人がいないことを確認してから、背負っていた袋の中身を引っ張り出した。


 布に包まれていたそれは、古いリュートだった。高級なものではないけれど、長い間丁寧に使いこまれているのは明らかだった。丸みを帯びた胴も長い首もよく磨きこまれているし、そこに張られた弦もちゃんとしたものだ。


 ヘルガはそれを構え、ほっそりとした指をおもむろに動かし始めた。


 古びたリュートから、驚くほど深みのある音が次々とこぼれ出る。音は連なって旋律になり、辺りにふわりと響いていく。


 ただ、聞きほれることしかできなかった。元は侯爵家の令嬢として、ここ数年は劇場で暮らす歌姫として、たくさんの音楽を聴いてきたけれど、これだけ見事な演奏はそうそうなかった。


 やがて、演奏が終わる。音の最後の余韻が消えるまで、誰も何も言わなかった。


「……素晴らしい一座になりそうだな」


 どこか呆然としながら、エルがつぶやく。まったくもってその通りだと思いながら、力いっぱいうなずいた。


 私たちの視線を受けて、ヘルガがかすかに微笑んだ。野に咲くスミレの花のような、愛らしい顔だった。

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