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13.もうひとつの出会い

 それからも、三人の気ままな旅は続いていた。のんびりと街道を進んで、たどり着いた町では歌と踊りでお金を稼いだり、他の旅芸人や劇場なんかを見て芸をさらに磨いたりする。


 劇場を追い出された時には想像もしていなかったくらい、毎日が楽しかった。けれどそんな折、またちょっとした変化が舞い込んできたのだ。




 それは、とある町に私たちが滞在していた時のこと。


 特にすることもないので、私は一人で町をふらふらしていた。その時、場違いに緊迫した叫び声が聞こえてきたのだ。


「あっ、いた、クラリッサさん!」


 それは、やけに切羽詰まったドミニクの声だった。どうしたのかしら、と声がしたほうを見ると、ドミニクがこちらに走ってくるのが見えた。しかも、彼は女の子としっかりと手をつないでいる。


「……お友達?」


「ええっと、うん、そう……かな? それで、クラリッサさん、ちょっと大変なことになってるんです! あの、エルさんは……?」


「まだ遠乗りから戻ってきてないわ」


 今朝がた、エルはシュテルンに乗って町の外に出て行った。今日は夕方まで、存分に走るらしい。


 三人の旅になってから、シュテルンに乗ることはめっきり少なくなった。シュテルンはとびぬけて大きいけれど、さすがに三人同時に乗るのは難しい。


 だからこのところは、荷物をシュテルンに乗せて、私たちは三人とも徒歩だった。たまに、ドミニクが背に乗るくらいで。


 そんな生活をしていたせいか、シュテルンは不満げに鼻を鳴らしたり、足を踏み鳴らすことが多くなっていた。エルによれば、思いっきり走れなくて不満がたまっているのだそうだ。


 だから今日エルは、シュテルンにつきあって遠乗りに出ている。シュテルンが満足するまで野原をかけめぐるつもりだ、たぶん戻るのは夕方になるだろうと、彼はそう言っていた。


 そして今のところ、エルたちはまだ戻ってきていない。


「そうですか……どうしよう……」


「ドミニク、私じゃ力になれないかしら。あと、そちらのお嬢さんを紹介してもらえると嬉しいのだけれど」


 そう言いながら、ドミニクと手をつないだままの少女をちらりと見る。彼女は、それはもう見事な美少女だった。ドミニクよりも少し年上だろう彼女は、私たちから目をそらし、あらぬかたを見つめている。


 まっすぐでさらさらの長い髪は、白く見えるほどに淡い金色。長いまつげの下の瞳は、冬の空のようにけむった薄く優しい青。整った顔は、子供の頃に両親からもらったお人形に、ちょっと似ている。


 彼女は袖もすそも長い、たっぷりとした服を着ている。首元には長い布をぐるぐると巻き付けていて、背中には大きな布袋をかついでいる。町民とは雰囲気が異なるし、旅の者のように見える。親か保護者がいるはずだけれど、どこにいるのだろう。


「……わたし、ヘルガ」


 そう言って、少女は軽く頭を下げた。


「ヘルガも、おれたちと同じように芸でお金を稼いでいるんです。でも彼女は、ずっと一人で旅をしていました」


 やけにはりきった様子のドミニクが、そう説明する。


「まあ、そうだったの……さぞかし、苦労したのでしょうね」


 ヘルガはだいたい十二歳くらいに見える。この年で、たったひとりでやっているなんて。思わず同情すると、ドミニクも力いっぱいうなずいた。


「そうなんです。それでヘルガは、今ちょっと大変で」


 ドミニクは相変わらずあわてふためきながら、それでもどうにかこうにか状況を説明してくれた。その間ヘルガは無表情で、合いの手を入れるようにうなずくだけだった。


「……ええっと、芸を披露したければ場所代を出せと、ヘルガは町の人たちにそう迫られている。それで合ってるかしら?」


「はい。しかも、怖い男の人たちが彼女を追いかけてきて……たぶんまいてこれたとは思うんですけど、早くなんとかしないと……」


「それであなたは、エルを探していたのね。でもそういうことなら、私でも力になれるかもしれないわ」


 にっこりと微笑むと、ドミニクは可愛らしい顔いっぱいに安堵の色を浮かべた。一方のヘルガは相変わらず無表情だが、どことなく私の言葉を疑っているような目をしている。


 ちょうどその時、ばたばたという足音と共に、男が二人駆け寄ってきた。彼らはヘルガを見つけると、一斉に言い立て始める。


「見つけたぞ、ちび! まったく、ちょろちょろと逃げ回りやがって!」


「とっとと払うもの払え! 無理だっていうのなら、さっさとこの町から出ていきやがれ!」


 ヘルガは眉一つ動かさずに立ち、男たちをぼんやりと見ている。そんな彼女を、ドミニクが背にかばっていた。ヘルガよりも頭一つ分小さな彼が懸命に男たちをにらみ返している姿は、何ともいじらしいものだった。


「大人がよってたかって子供を怒鳴りつけるなんて、いったい何があったのかしら?」


 素知らぬ顔で男たちに近づき、声をかける。彼らは私にもいぶかしげな目を向けていたが、とびきりの笑顔を向けてやったらあっさりと態度を変えた。


 男たちの機嫌をうまいこと取りながら、彼らの言い分を聞き出す。かつてあのヨハンの機嫌を損ねないように必死に立ち回っていたことを思えば、これくらい楽勝だ。


「つまり、この町で芸を披露するには、あなたたちに場所代を納めなくてはならない。そういうことなのね?」


 若干鼻の下を伸ばしながら、男たちが大きくうなずく。


「ふうん……実は私、旅芸人なのよね。この町にそういった決まりがないことは、確認済みなのだけれど?」


 上目遣いで微笑みながら、ゆっくりと念を押すようにそう言った。とたん、彼らが気まずそうな顔になる。


「ねえ、あなたたちはいったい、どこの人間なのかしら? 普通こういったことは町長が管理するものだけれど、あなたたちは町長の配下ではないような気がするのよね」


 そう問いつめると、男たちは少し表情を引き締めた。観念したように、静かに答えてくる。


「……俺たちは、商店の連合の者だよ。こいつを町から追い出したいってのが、俺たちの総意だ」


「あら、なんでまたそんなことになったのかしら?」


「こんな子供が物乞いをやるのを、放っておけるか。とっとと出ていってもらわないと困るんだよ。町の雰囲気が悪くなる」


 その言葉に、ドミニクがかみついた。彼は幼い声を張り上げて、懸命に主張する。


「ヘルガは物乞いなんて、やっていません! ヘルガのリュートを聞いたら、そんなこと言えなくなります!」


「親も保護者もいない、しかもこんなに綺麗な子供なんて……ろくなことをしてないに決まってるだろ。物乞いなら、まだましなほうだ」


 どうやら彼らは、ヘルガが後ろ暗い行いに手を染めているかもしれないと、そう思っているようだった。


 その言葉を聞いて、胸にこみあげてくるものがあった。猛烈な、怒りだった。


 かつて私も、あらぬ疑いをかけられて劇場を追い出された。体を売っていたという根も葉もない噂だったが、それでも支配人は私を守ろうとはしなかった。


 悪い噂の立った歌姫は置いておけない。それがあそこの決まりなのだと、分かってはいる。けれどやはり、私は心のどこかで納得していなかったのだ。


 私はあそこで五年暮らした。私がそんなことをする人間ではないと、支配人は知ってくれている、そう思っていた。もしかしたら私をかばってくれるのではないかという、淡い期待もあった。


 でもそんな期待は、あっさりと裏切られた。そのことが悲しくて、辛かったのだと、今さらながらに気づく。


「ろくなことをしていないと勝手に決めつけて、いちゃもんをつけて自分たちの領域から追い出す。この町の商人たちは、ずいぶんと器がちっちゃいのねえ?」


 だからつい、そんなことを言ってしまった。間違いなく八つ当たりだと、自覚していたけれど。


 それから大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。そうやって頭を冷やしてから、後ろのドミニクたちに向き直った。


「ねえ、ドミニク。ヘルガはリュートを弾くの?」


「はい。おれ、聞かせてもらいました。あんなにすごい音楽、聞いたことありません」


 彼の後ろにいるヘルガは無表情のままだったが、その頬がちょっぴり赤かった。そんな二人を見ていて、ふとあることを思いつく。


 くるりと振り返って、今度は男たちのほうを向いた。


「……あなたたちは、ヘルガが親も保護者もなく、一人きりでふらふらしているのが気に食わないのよね? 彼女の存在が、治安を乱すんじゃないかって」


 その問いに、男たちは無言でうなずく。


「だったら、私が保護者になるわよ。この子は今日から、うちの一座の構成員。それなら、文句はないでしょ」


「一座?」


 その声は、前と後ろの両方から聞こえてきた。そのどちらも、大いに戸惑っているようだった。


 優雅に微笑みながら両手を広げ、その場の全員に告げる。舞台の上に立つ時の、ちょっと気取った声で。


「ええ。私は歌姫クラリッサよ。この子は踊り子のドミニク。そしてヘルガが、楽士になるの。これだけいれば、一座と名乗っても問題ないじゃない」


 男たちはぽかんとしていたが、「まあ、それなら……」とかなんとか歯切れの悪い言葉を残して、さっさと立ち去っていってしまった。


 その背中が曲がり角の向こうに消えていったのを確かめてから、もう一度ドミニクとヘルガに向き直る。


「……ひとまず、追い払えたわよ」


「ありがとうございます、クラリッサさん!」


 ドミニクが目をきらきらさせながら頭を下げた。ヘルガはまだ話の流れについていけていないのか、冬空色の目を見張ってぽかんとしていた。


「あの……ありがとう」


 そう言ってぺこりと頭を下げた彼女は、さっきまでの無表情とは打って変わった、可愛らしいはにかみ顔を見せていた。

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