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12.ドミニクのいる旅路

 集まった客たちの前で、ドミニクが舞う。体重を感じさせない、この上なく軽やかな足取りで。伏せられたまつげはつややかで長く、ほっそりとした手足はしなやかにひるがえる。


 彼は物憂げな表情でくるくると周り、跳ねていた。その小さな体と相まって、まるで妖精の舞を見ているような気さえした。


 彼が踊り終えた時、客たちは呆然と立ち尽くしていた。それから一呼吸おいて、割れんばかりの拍手の嵐がわき起こる。気づけば、客の数がざっと倍以上に増えていた。


 ドミニクは全力を出したからか少しぼうっとしていたが、やがて木の深皿を手にして客の間を回り始めた。たちまち、小銭が次々と木皿に放り込まれる。


 小銭がうずたかく積まれた深皿を手に、ドミニクは私のところに戻ってきた。


「……おれ、頑張りました……」


「ええ、ものすごく頑張ったわね。偉いわ。まさか初公演で、こんなに稼ぐなんて……」


 彼の頭をなでてやると、ドミニクは泣きそうな、誇らしげな笑顔を見せてくれた。




 そうして、私とドミニクは二人一緒に芸を披露するようになった。今まで以上に客の集まりが良くなったし、おひねりもたくさん集まるようになっていた。


「……これならあっさりと、独り立ちできるようになるんじゃないかしら」


 ある夜、宿で一日の稼ぎを計算し終えた私は、そんなことをつぶやかずにはいられなかった。それを聞いたドミニクが、顔色を変えて食い下がってくる。


「いいえ、まだまだです。町の人たちは、小さな子供が踊っているのがめずらしいだけですから。おれの踊りそのものを認めてもらうには、もっと腕をみがかないと」


「ふふ、その意気よ。いずれは男性向けの振り付けも覚えていったほうがいいわね。どこか劇場のある町に立ち寄った時にでも、一緒に公演を見に行きましょう。ああいうところなら、男性の踊り手も多いから。いい勉強になるわよ」


「いいんですか?」


「もちろんよ。あなたには才能がある。どうせなら、しっかりと育ててあげたいもの」


 そう口にした時、ふとベティーナの面影が頭をよぎった。私を慕うあまり、私が旅に出るきっかけを作ってしまった、あの子。元気にしているだろうか。ちゃんと、歌姫としての修業を続けているだろうか。


 そんな感傷を頭の片隅に追いやって、ドミニクとあれこれと話し合う。そんな私たちを見ていたエルが、ぽつりと言った。


「……二人とも、似た者同士だな」


「それはそうかもね。私たち、己の芸を磨き、その芸で生きていくことにした者同士だもの。エル、もしかして仲間外れにされたとか思ってる?」


「いいや」


「あら、そう? せっかくだから、あなたにも何か芸を覚えてもらおうかなって思っていたのに」


 冗談めかしてそう言うと、エルも困ったような笑みを浮かべた。


「金に困ったら、俺は剣舞をやる。最後の手段だが」


「えっ、剣舞ってなんですか、エルさん? おれ、一度見てみたいです!」


 そんな風に騒ぎながら、のんびりと旅を続ける。何もかもが順調で、とても平和だった。こんな形の幸せもあるのだな、とそんなことを思わずにはいられなかった。




 旅を続けるうちに、あることに気がついた。


 エルは新しい町につくと、必ず町のあちこちを歩き回り、人々に話を聞いているのだ。ごく普通の町民や商人に、さらには農民や漁師と、彼が話している相手は様々だった。


 そして彼は聞いた内容を、いつも持ち歩いている手帳に書き留めているようだった。


「ねえ、エル。あなたはいつも、人々に何を尋ねているの?」


「……済まないが、言えない。ただ、決して後ろ暗いことをしているのではない、とだけ」


「あら、そうなの。もし気が向いたら、教えてもらえると嬉しいわ」


「いずれ時が来れば、話すことができるかもしれない。……そんな事態が来ないほうがいいのだろうと、そう思うが」


 どうにも、エルは歯切れが悪い。彼を困らせたくはないので、この辺りで引くことにした。彼はやけに、ほっとした顔をしていた。




 またある町では、こんなこともあった。その町は噴水が有名で、町のあちこちに華やかな噴水がいくつも作りつけられていたのだ。


 蓄えはたっぷりとあるから、急いでお金を稼ぐ必要もない。だから、ひとまずは噴水を見て回ろう。私たちはそう決めて、三人連れ立って町の中を歩き回っていたのだ。


 貴族の庭にあるような、装飾がたっぷりほどこされたもの。地面から直接水が噴き出ている、噴水というよりも水浴び場のようなもの。水と彫刻を組み合わせて、全体が一枚の絵画のようになっているもの。地面を掘り下げて池のようになっているところでは、大勢の子供が水につかってはしゃいでいた。


「綺麗ね。森の小川も美しいと思うけれど、こういうのも楽しくて素敵だわ」


「他では見ない斬新なつくりのものも多いな。興味深い」


 そんなことを話している私たちのそばで、ドミニクは明らかにうずうずしていた。おそらく彼は、噴水を初めて見たのだろう。もっと近づいてみたいと、その全身でうったえていた。


「……ドミニク、行ってもいいわよ。ただ、できるだけ靴は濡らさないようにね。替えがないし、乾くのに時間がかかるから」


「やった! じゃあ、ちょっとだけ!」


 彼はぱっと顔を輝かせると、噴水に近づいていく。水しぶきがかかるのもお構いなしに、間近で噴水をじっと眺め始めた。とても真剣で、とても微笑ましい姿だった。


「ドミニクにも子供らしいところがあるのね。ちょっとしっかりしすぎていて、逆に心配だったのよ」


「今までは気を張っていたのだろう。誰も頼ることができずに、一人で生き延びていたようだから」


「そうね、気の毒な話だわ……せめてこれからは、こうやってのびのびできる時間を作ってあげたいわね」


 少し離れてドミニクを見守ったまま、エルとそんなことを穏やかに話す。そうしたら、いきなり声をかけられた。


「そこのお若いご夫婦さん、おひとついかがですか?」


 夫婦と呼ばれたことに思いっきり動揺しつつも、声のしたほうを振り返る。ひょろりとした青年が、人のよさそうな笑みを浮かべて立っていた。


 彼は大きく平べったい箱を掲げ持っていて、その中には何かが入った袋がいくつも並べられている。


「お二人に似て、お綺麗な息子さんですね。水遊びのあとは、うちのお菓子がぴったりですぜ!」


 どうやらこの物売りは、私たち三人を親子だと勘違いしているらしい。ドミニクは年の割に小さいとはいえ、まさかそんな勘違いをされるとは。


「……ああ、揚げた芋菓子か。そうだな、こちらの大袋を一つもらおう」


 私が呆然としている間に、エルがさっさとお菓子を買う。彼はお菓子が入った袋をこちらに差し出して、優しく笑った。


 どうやらエルは、物売りのさっきの言葉に、まったく動揺していないようだった。そのことが、少々物足りなく思えてしまう。


「たくさんあるから、少し食べてみよう」


 肩を寄せ合って、大きな袋を二人で持ち、袋の中に手を突っ込む。細く切った芋を、油でからりと揚げて塩を振っただけのものだが、思わず目を丸くするくらいにおいしかった。


「エル、これすごくおいしいわ」


「そうだな。塩加減がいい感じだ。それに、揚げたてなんだろう」


 たくさんあるし、もう少しくらいいいだろう。そんなことを考えながらせっせと食べているうちに、ついつい前のめりになっていたらしい。


 ふと気づくと、互いの前髪が触れそうなほど近くにエルの顔があった。涼やかな切れ長の目が、驚きに見開かれている。その瑠璃色に、思わず見とれた。


「っ、済まない、つい」


「い、いえ私こそ、ついお菓子に夢中になっちゃって」


 そんなことを言い合いながら、あわてて顔をそらす。顔が熱い。驚くほど近くで見たエルの顔が、目の裏に焼きついて消えない。


「ただいま戻りました。……あれ、なにかあったんですか?」


 栗色の髪をびしょぬれにして戻ってきたドミニクが、そんな私たちの姿を見て首をかしげる。


「なな、なにもないわ。ほら、このお菓子をどうぞ。とってもおいしいのよ」


 声が上ずっているのをごまかすように、明るく言って袋をドミニクにおしつける。彼はきょとんとしていたけれど、やがてお菓子を食べ始め、とても嬉しそうに笑った。


 やっぱり子供っていいわね、と思った拍子に、さっきのことを思い出す。エルの顔が近かったことと、それと、夫婦に間違われたこと。


 また恥ずかしくなってしまって、こっそりと両手で頬を押さえた。横目でエルの様子をうかがうと、彼はあらぬかたを眺めて知らん顔をしていた。


 けれど彼の頬もまたほんの少し赤みを帯びていたし、その目は照れくさそうに細められていた。


 良かった、やっぱり彼も意識してくれているんだ。たったそれだけのことが嬉しくて、自然と笑みが浮かんでくる。


 荷物の中からきれいな布を取り出して、幸せそうにお菓子を食べているドミニクの頭にかぶせた。有無を言わさずに、わしゃわしゃと髪を拭いてやる。


 ああ、いい天気だな。ふと、そんなことを思った。

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