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11.星明かりの下で

「芸を、身につけたい?」


 ドミニクが言ったわがままの内容に、私もエルもぽかんとするだけだった。


「はい。おれも、お金をかせげるようになりたいなって、そう思って……エルさんみたいに剣をふりまわすのはまだ無理でも、クラリッサさんみたいに歌ってお金をかせぐことは……できるかなって。あっ、でもおれがクラリッサさんみたいに見事に歌えるなんて、思ってませんけど」


「そうだな。いずれ独り立ちすることを考えると、何か芸を覚えるのはいいことだろう。剣術の基礎なら教えてやれるが、それで稼げるようになるにはしばらくかかる。そうだな、早くて七年、といったところか」


 エルは納得した顔で、そう言っている。彼の言う通りだけれど、一つだけ問題があった。


「でも、私たちと一緒にいるなら、歌って稼ごうとするのはあまりお勧めできないわ。歌を教えるのは別に構わないのだけれど」


 その言葉に、エルとドミニクが同時に首をかしげる。そんな二人に、さらに説明した。


「ずっと歌ばかりだと、お客さんが飽きてしまうもの。前に私がいた劇場でも、歌以外に踊りや劇の公演もあったのよ」


 あ、そっか、とドミニクが小声でつぶやく。しょんぼりしている彼に、つとめて明るく声をかける。


「だから、踊りはどうかしら? あなたは身のこなしが軽いし、物覚えもいいから、きっと向いていると思うの。私でよければ、いくつか教えてあげられるわよ」


 ドミニクの幼い顔が、期待と喜びに輝いていく。こちらまで笑顔になってしまうような、そんな顔だった。ああ、この提案をしてよかった。


「はい、よろしくお願いします!」


 ドミニクがぴょこんと立ち上がり、深々と頭を下げる。その可愛らしい仕草に、彼は必ず評判の踊り子になれるだろうと、こっそりとそんなことを考えていた。




 それからもう少しお喋りをして、眠りにつく。この辺りは治安もいいし、野生の獣も出ない。


 なので、三人同時に休むことにした。それに万が一何かが近づいてきたら、シュテルンが気づいてくれる。だから安心して、私たちは横になった。


 ドミニクはすぐに眠ってしまって、左隣からは小さな寝息が聞こえてくる。彼を起こさないように気をつけているのか、右隣のエルが音も立てずに起き上がった。その視線は、眠るドミニクに注がれている。


「……ドミニクは喜んでいたな。俺は踊りのことは分からないが、きっとうまくいくと思う」


「あなたにそう言ってもらえて心強いわ」


 そっと身を起こしながらひそひそ声でそう答えると、エルは優しく笑った。それから少しだけこちらに顔を近づけてくる。


「ところで、君は芸達者なんだな。歌だけでなく、踊りまでとは」


「……ぜんぶ、お母様に習ったの。お母様はお父様と結婚するまで、歌や踊りで稼ぎながらあちこち旅をしていたのよ」


 私たち以外に人の気配はなく、辺りを照らしているのはほのかな星明りだけだ。ドミニクとシュテルンは眠っていて、起きているのは私とエルだけだ。


 この世界に二人っきりになったような感覚に、つい口が軽くなる。


「お父様は当主で、お母様は平民だった。けれど、そんなことを意識せずにいられるくらいに、私はずっと幸せに過ごしていたわ」


「そうだな。子供の頃の君は、とても幸せそうに見えた」


「ありがとう。けれど六年前に、両親をはやり病で亡くして……一族の者たちは、私を後継ぎとして認めなかった。平民から生まれた娘など、次の当主にはふさわしくないって」


 エルは何も言わなかったが、その瑠璃色の目が痛ましげに細められた。


「そうして彼らは、私を追い出した。ひとりきりになった私は、街角に立って歌ったの。ほかに、お金を稼げる方法を思いつかなかったから」


 いつもは胸の奥深くにしまってある、悲しい記憶。それらを思い出したせいか、ほんの少し涙声になってしまっていた。


「あ、でも、そう長くさまよわずに済んだのよ。じきに、あの劇場の支配人に拾ってもらって、歌姫見習いになれたから」


「……苦労したんだな、ヒルデは」


 エルは私を、幼名で呼んだ。幸せだけしか知らなかった頃の、私の名前で。胸がぎゅっと苦しくなって、目頭が熱くなった。


「言っても仕方のないことだと分かっているが、その時の君に手を貸してやりたかった」


「その気持ちだけで、十分よ」


 それは心からの言葉だった。けれどエルは、心底済まなそうな声で続ける。


「……せめて、これからの君の力になりたい。君が安住の地を見つけるまで、ずっと共にいさせてくれ」


「あなたがいてくれたら、心強いわ。でも、いいの?」


 エルは明言していないが、彼もまた貴族の出のはずだ。そんな彼がこうやってあてのない旅をしているのには、きっと何か事情がある。いつまでも旅を続けられるとは限らない。


 戸惑いがちの私の問いに返ってきたのは、とても静かな微笑みだった。


「ああ。俺はたぶん、もうしばらくは旅を続ける必要がある。……少々、事情があって」


「そうなのね」


「だが、その必要がなくなっても、俺は君と共にいたい」


 彼の声は、底抜けに優しかった。愛の告白をされているのだと、勘違いしそうになってしまうくらいに。


 浮かれた勘違いを頭の外に追いやって、彼に笑いかけた。


「嬉しいわ。あなたとの旅はとても楽しいから。これからもよろしくね、エル」


「ああ、こちらこそよろしく、クラリッサ」


 星明かりの下、二人ささやき合いながら笑顔を見かわす。その時、背後でううんという声がした。


「いけない、ドミニクが起きてしまいそう」


「そろそろ、俺たちも寝よう」


 そう言って、エルがごろりと仰向けになる。私も同じように仰向けになると、一面の星空が飛び込んできた。たくさんの星たちがまたたいているさまは、まるで仲良くお喋りをしているようだった。


 自然と笑みが浮かぶのを感じながら、目を閉じる。とても、幸せな気分だった。




 次の日から、ドミニクは熱心に踊りの練習を始めた。


 今までと同じように旅をしながら、合間合間に踊りを教えていく。お母様から教わったその踊りは、当然ながら女性のための振り付けだったけれど、ドミニクはまったく気にしていなかった。


「おれ、まだ子供ですから。女の人みたいに踊っても、全然変じゃないと思います。子供のうちにうんとうまくなっておけば、大人になってからでも綺麗に見せられるかも」


 ドミニクはそんなことを主張して、毎日楽しげに踊り続けていた。私とエルが予想していたように、彼はめきめき上達していった。


 この分なら、そろそろ客の前で踊れる。そう判断した私は、立ち寄った町で彼の衣装を買いそろえた。普段着よりも華やかな色味の服に、薄手のひらひらした布を縫いつける。紐と鈴も買って、手足につける飾りを作った。


 そうしていよいよ、ドミニクが人前で踊ることになった。


「さあ、これから踊りと歌を披露するわ! 急ぎじゃない人は、どうか寄っていって!」


 大きな町の、にぎやかな通りの一角で声を張り上げる。後ろの壁際にはエルが立っていて、彼の背後には華やかに装ったドミニクが隠れている。


 当然といえば当然なのだけれど、ドミニクはがちがちに緊張してしまっていた。


 私の声を聞いて、興味をひかれたらしい人たちが集まってくる。その人たちにあいさつをしてから、ドミニクのところに歩み寄った。


「さあ踊り子さん、あなたの出番よ」


「は、はい」


 ぎこちなく進み出る彼の耳元で、そっとささやいた。


「踊ることを楽しめばいいの。そのことだけに、集中して」


 ドミニクはちょっとだけぽかんとして、すぐに大きくうなずいた。晴れやかな笑顔で、客のほうに歩いていく。彼の可愛らしい美貌に、人々はさらにひきつけられたようだった。


 練習の時と同じように、軽やかに手を叩いて拍子をとった。ドミニクがすっと、手を伸ばす。


 彼の初舞台の幕が、今明けようとしていた。

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