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10.新たな同行者

 私たちはそのまま、三人一緒に隣町まで歩いていくことにした。シュテルンに乗ったらどうかと子供に提案したが、おれも頑張って歩きますと断られてしまった。


「おれはドミニク。八歳です。生まれも育ちもあの町です。ずっとずっと前に親とはぐれて……たぶん、捨てられたんだと思います」


 その言葉に、驚いてドミニクを見る。


「八歳って……もっと下だと思ってたわ」


「俺もだ。六歳か、もしかしたら五歳かと」


「確かにおれ、年の割にちっちゃいですけど……そこまで子供に見えますか?」


「ごめんなさい、小さく見えるわ。ひどく苦労してきたからでしょうね」


「ひとまず次の町で、君の身なりを整えよう。それからしっかり食べて、ゆっくり眠る。そうしていけばじきに、年相応まで育つだろう」


「そうね。幸い私たちはお金には不自由してないし、子供一人養うくらいは余裕だわ」


 そんなことをエルと話し合っていると、ドミニクが困惑したような顔で見上げてきた。


「その、あなたたちはどうして、おれに良くしてくれるんですか。おれ、馬泥棒なのに……」


 彼の問いに、エルと二人顔を見合わせる。ドミニクがそう思うのも仕方ないだろう。ついさっき会ったばかりの、それもぼろぼろの孤児を引き取って、あれこれと世話を焼こうとする人間のほうが珍しいに違いない。


「そうね、あなたは悪い子には見えなかったし、これも何かの縁かなって思ったのよ」


 私は十三の時に両親を亡くし、生まれ育った屋敷を追い出された。多少お金は持っていたけれど、それでも劇場の支配人に拾われるまで、毎日がとても辛かった。ましてや、ドミニクはまだ八歳なのだ。


 つまるところ、私はドミニクに同情していたのだ。ただそれをそのまま口にするのも、なんだか彼に悪いような気がした。


「俺も、同じような理由だ。それに」


 ゆったりとうなずいてから、エルがシュテルンを見た。


「シュテルンがおとなしく君を乗せていた」


 その言葉を聞いて、シュテルンが小さく鼻を鳴らした。相変わらず、人の言葉が分かっているのではないかと思うような合いの手だ。


「彼は見ての通り並外れた体格だから、気に食わない人間が背に乗ろうとしたら容赦なく振り落とす。……さっきはあわてていて、そのことを忘れていたが」


 ちょっぴり照れくさそうに、エルがつぶやく。珍しい表情を見られた嬉しさに、自然と笑みが浮かぶ。


「きっとシュテルンも、君のことが気に入ったのだろう。ならば君を拒む理由もない」


「そういうことだから、遠慮なく頼ってちょうだい。代わりに、ちょっとしたお使いや手伝いなんかを頼んでもいいかしら」


「はい、もちろんです! ……その……ありがとう、ございます」


 はきはきと答えていたドミニクが、ぼろぼろの袖で目元をぐいっと拭う。その顔を、昇り始めた朝日が優しく照らしていた。




 隣町についた時、もうすっかり辺りは明るくなっていて、ぼちぼち店も開き始めていた。真夜中にたたき起こされたということもあって、正直かなり眠かったけれど、宿をとる前にやるべきことがあった。


 私たちは戸惑うドミニクを連れて、大きさの合いそうな服を一式買いそろえた。それから井戸を借りて、ドミニクを丸洗いする。暖かい季節で良かった。


 服を着替えさせ、伸びてぼさぼさになっていた髪を整える。すっかりさっぱりしたドミニクを見て、私とエルは同時に歓声を上げた。


「まあ、可愛らしい……」


「もしかして、君は今までわざとぼろきれを着ていたのか? 見た目が優れていることを隠すために」


「はい。おれを去年まで育ててくれたおじさんが言ってたんです。できるだけぼろぼろの、汚い格好をしておけって。特に顔は念入りに汚しておくようにって」


 その誰かが、そんな助言をしたのも無理はなかった。今のドミニクは、少しくせのある栗毛と、明るいハシバミ色の目をした、ほっそりした美少年になっていたのだ。


 これなら、女の子といっても通用するほどの可愛らしさだ。育ちの割には品があるし、これならどこかの貴族の養子にだってなれるかもしれない。こんな美少年が、あんな治安の悪い町で孤児として生きていくのはそれはもう大変だっただろう。


 それはそうとして、その誰かは今どうしているのだろう。気にはなったが、尋ねないでおくことにした。


 頼れる人はいないのだと、ドミニクはそう言っていた。とても悲しそうな顔で。きっとその誰かについては、深く問いただしてはいけないのだろう。今は、まだ。


「これからは、普通の格好をしても大丈夫よ。私がいるし、エルもいる。私たちが、あなたの保護者代わりね」


 そう言ったら、ドミニクはちょっぴり涙目になって頭を下げた。ふわりと揺れる髪を見ながら、大きく伸びをする。


「さあ、身なりも整えたし、まずは休みましょう。私、もう眠くて」


「そうだな。この町なら、安心してゆっくり休めそうだ」


 エルと二人して、ドミニクに笑いかける。ドミニクはためらいながらも、こちらに近づいてきた。それから三人一緒に、宿に向かって歩き出す。


 すぐ横からは、やけに上機嫌なシュテルンのいななきが聞こえてきた。




 こうして、旅の仲間が一人増えた。


 出会った時のいきさつからは想像もつかなかったが、ドミニクは礼儀正しいだけでなく、頭の回転も速かった。ずっと浮浪者同然の暮らしをしていたというのに、彼は文字を読むことができたし、簡単な計算もきちんとこなせた。


「おれを育ててくれたおじさんが、教えてくれたんです」


「そうだったの、いい人だったのね」


 やはりドミニクは、その『おじさん』については多くを語ろうとしなかった。だから私たちもそれ以上せんさくしなかった。


 その代わりとばかりに、私たちはドミニクにもっと色々なことを勉強させてみることにした。


 私は侯爵家の出だし、エルも貴族だ。私たちは二人とも、様々な教養を身につけていた。読み書きに計算、その他もろもろ。そういった知識のひとかけらを、試しにドミニクに与えてみたのだ。


 ドミニクは、教えたことをあっという間に覚えてしまった。早く一人前になって、私たちに拾われた恩を返したいのだとそう言っていたけれど、それ以上に彼は、新しい知識そのものが面白くて仕方なかったようだ。


 今までと同じように気ままに旅をしながら、私たちはドミニクにあれこれと教え続けていった。そして少しずつ、彼がこなせることが増えていった。野宿の準備や、ちょっとしたお使いに、あとは私が歌う時の客の整理なども。


「あなたがいてくれて助かるわ。でも、恩返しにこだわらなくてもいいのよ」


「ああ。君が定住したい場所を見つけたら、遠慮せずに言ってくれ」


 ある夜、私たちは街道そばの野原で、たき火を囲んでお喋りをしていた。ドミニクは歩きながら小枝を集め、率先してたき火をおこし、夕食の支度を手伝ってくれたのだ。


 とはいえ、少々ドミニクははりきりすぎているようにも思えた。


 あくまでも私たちはちょっとした好意で彼を助けただけで、彼からのお返しは求めていない。彼はまだ子供なのだし、私たちにしばられることなく、自由に未来を選んでいって欲しい。


 そんなことを二人がかりで説明したのだが、ドミニクはやけに大人びた笑みを浮かべて首を横に振った。


「おれ、あなたたちと一緒にいるのが楽しいんです。お二人さえよければ、これからも旅に連れていってください」


「それは構わないけれど……無理はしないでね」


「子供は少しわがままなくらいでちょうどいい」


 エルがそう言ってうなずく。その言葉に、ドミニクがはっと目を見張った。


「……だったらひとつ、わがまま言ってもいいですか」


 どうぞ、と続きをうながすと、彼は想像もしていなかったことを口にした。


「俺も、何か芸を身につけたいんです」

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