どうやら、弟子にしてもらえるようです。
一先ず、自身が三日昏倒していた理由を簡単に理由を聞いたアナーヒアは、純粋な疑問を口にした。
「そういえば、ずっと気になっていたのですが、ここは一体どこなんですか?」
随分と高い位置にある窓から見えるのは、空を埋め尽くす満点の星空ばかりで、外の風景は窺えない。
もしかしたらどこかの塔なのかもしれないが、忘却の森を外から眺めても、塔のように高く目立つ建造物は見えないし、実際に森の中に入ったアナーヒアも随分と彷徨ったはずだが、それらしき建物を視界にとらえることは無かった。
「ここか?ここはな、忘却の森の中にある塔だ」
「でも、外からは…」
「そうだ。見えないようになってる。塔の周りを覆うように、ここら一体に不干渉の結界を張ってるからな」
「不干渉の結界…」
そうアナーヒアが呟くと、トートは特に気にすることもないと言いながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「さて、いい加減、こもって話すのも飽きただろ。続きは外で散歩しながらにしよう」
(外…!嬉しい、けど。)
流石に3日も体を清めていないとなるとアナーヒアにも抵抗がある。そのうえ、今は完全にパジャマ姿だ。これで外に出るのは、まだ雪のちらつくこの季節、肌寒いし、そもそもはしたないだろう。その旨をトートに伝えると、問題ないと一言返ってきた。
「大丈夫だ。ほら、立って。そうそう、こっちにきて…」
パチン、とトートが指を鳴らした次の瞬間、アナーヒアはパジャマから簡素なドレスに着替えていた。
「わぁ…」
ついでに、と体に僅かにだがあった汗による不快感も清めてくれたようだ。
何度見ても不思議なもので、何も知らないアナーヒアには、原理すら分からない。いまだに自分が本当に魔法を使えるようになったのかも半信半疑のままだ。しかし、どうやらアナーヒアが寝込んでいた間、トートは魔法を使ってアナーヒアを看病してくれていたようで、それが見れなかった事が残念だと伝えると、トートからは苦笑が返ってきた。
「ほら、魔法であったかくしてやるから、外に行こう」
アナーヒアはそんな気持ちを出さないまま、トートの差し出された手を取った。
「星が近い…」
「ははっ。王都とここじゃ、同じ国内だとは思えないよな」
そう静かに言葉を交わす二人が吐く息は白い。
トートと外に出てみると、塔自体はそこまでの大きさは無く、大分古いものだということが見て取れた。かと言って、決してボロボロなわけではなく、手入れはしっかりと行われているようだが。
「トートさんは、ずっとここに一人で…?」
しんしんと降り積もる雪の中、ぽつんと佇む塔が酷く寂し気に見え、アナーヒアは思わず隣で手を引くトートを見上げる。
「あぁ~。いや、屋敷は別の場所にあるから、ここでっていう訳ではないが。そうだな。たまに生活品とか、嗜好品とかを買いに町には行くし、知り合いも訪ねてくる。だから別に一人って訳じゃない」
そう言って肩を竦めたトートに、どこか無理をしている様子はない。
「そう、ですか」
会話が途切れ、暫く靴が雪を踏む音が辺りに響く。
ぽつんと置かれた倒木に積もった雪を払い、二人で腰かけたところで、トートがおもむろに口を開いた。
「少し、この先の話をしよう」
「この先、ですか…?」
確かに、助けてもらったものの、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかない。ここを離れた後、国外に逃げるにしろ、何かしらの策を考えなければいけない。
「ああ。選択権はアナにある。一つ、ここを出て、今まで通り過ごす。二つ、こののまま俺のもとに来て、弟子として過ごす。あくまでもこれは俺が提示する選択肢だ。ほかにも何か案があるのなら、そっちでもいい。決めるのはアナだ難しい選択肢だろうから、答えはま…」
「弟子が、弟子がいいです!」
考えるよりも先に、答えが口をついて出ていた。