好きだった幼馴染みが剣姫になって出ていったら、王都でイケメン騎士を捕まえて帰って来たので一人旅に出る
夜のハイなテンションで書きました。駆け足ぎみでいろいろ粗が見えてもご容赦ください。最後が書きたかったのかも。
「リト、大きくなったら絶対結婚しようね。」
「うん。」
こどもの頃、家も近く仲の良かった僕とレイラは、当時、そんな他愛ない口約束をした。
レイラがどこまで本気だったかは分からないが、僕はこのまま変わらず大きくなると、レイラといっしょになるのかな、と漠然と思っていた。
状況が一変したのは、12才のジョブ神授の儀式でのことだった。
この世界では、12才になると教会に行き、神様からジョブと呼ばれる適性を授けられる。
そして、この街では、生まれた人の多くが剣に携わるジョブになる。
ここは剣聖の街。はるか昔、勇者パーティーの一人だった剣聖が、魔王討伐の褒美にもらった土地に開いた街だ。
はじめは小さな村だったが、剣聖に師事すべく多くの剣士が集まり、やがて剣聖の技は一つの流派となり、その流派を学んだ剣士を多く排出する街へと至ったそうだ。
そして、レイラのジョブは百年に一度と呼ばれるレアジョブである剣姫、僕はメディエータだった。
「メディエータ……ですか?」
あまり聞かないジョブに教会の神父様に聞く。
「ああ、リトのジョブも中々にレアだよ。争いを話術で調停したり、仲介したりする適性だね。」
「剣士じゃないんですか。」
「ははは、剣は使わないね。あと、リトのジョブは特定のものを対象にしたジョブだと思うけれど、それは成長すれば分かるようになるよ。」
レイラと同じ剣を使うジョブでなかったことを残念に思いながら、話を聞いていた。
レイラがうれしそうな顔でやってくる。
「リト、わたし、王都に行くことになるかも!?」
「え? 王都に? どうして?」
突然のことに驚く。
だって、剣を学ぶのであれば、この街でも十分だからだ。
「うーん、よく分からないんだけど、わたしのジョブ、すごく珍しいから、ジョブの適性をよく調べるには王都のほうがいいんだって。」
「そうなんだ。……そうしたら、もうすぐお別れかな。」
僕は、彼女が王都に行くと、もう会うこともないんだろうと思うと寂しい気持ちになった。
「リト……。大丈夫よ、また戻って来る、絶対よ!」
それは僕の気持ちを紛らわすための彼女の優しさだったのか、それとも、昔の口約束を守るためか、僕には分からなかったが。
「分かったよ。これをあげる。」
そう言って、生まれた時におやから貰ったナイフを彼女に渡して、笑顔で見送ることにした。
そして、一ヶ月後に彼女は王都に旅立ったのだった。
◇
それから4年が経ち16才になった僕は、まだこの街で暮らしていた。
適性を活かして、剣士ギルドの職員として働いている。争いが起こった時に話し合いで仲裁するためだ。なにせ、物理的な仲裁は下手すると死人が出る。とはいえ、一人での対応は危ないので、僕と物理担当の二人で当たるのだが。
それと、昔、神父様から言われた特定の対象も明らかになった。それは妖精だ。
とある森に出ていたときに、森の妖精に声をかけられたのがきっかけだった。
それからたまに、妖精同士や、妖精と人との話し合いにも駆り出されている。
なんでも、はるか昔に剣聖といっしょにこの街、当時は村だったが、に来た女性も僕と同じ職業だったとか。他と比べて大きい、偉そうな妖精が教えてくれた。
レイラはあれから一度も街には戻っては来なかった。
僕とレイラの昔の仲を知っている友人や、ギルドの仲間がたまに噂を教えてくれるが、近衛騎士と良い仲になっているとか。その近衛騎士は、貴族で次期隊長候補の一人だとか。教えてくれた友人は、その晩、飯を奢ってくれた。
そして、半年が経ったある日、ギルドにレイラがやってきた。他に、三人の男女を連れて。
◇
ギルドは大通りの一画にある建物で、一階は大きな部屋に、部屋を隔てるように台があり、何人かの人が座っていて、受付になっている。
僕は受付担当ではないので、少し中に入ったところで座って仕事をしていた。
入り口を開けて入ってきたのは、一目で上等と分かる服を着た、可愛らしい女性で、腰には上等な剣を携えていた。
僕はその僅かに残る面影から。
(もしかして、レイラ?)
そう思った。
彼女は、他に、動きやすそうな鎧を着た男性と、魔法使いの格好をした女性とシスターのかっこうをした少女と入ってきた。みんな、容姿が整った美形で、金髪であることから、三人は貴族と思われた。
レイラと思わしき女性は受付にまっすぐに向かうとギルドの受付嬢に話しかけた。
「私はレイラと言います。剣姫レイラと言えば分かりますか? 今日はギルド長に話があって来ました。」
やっぱり、レイラだったようだ。ただ、その様子から、昔のことは覚えてはいないように感じた。
僕も忘れているとは思い、覚悟はしていたけれど、目の当たりにすると、少なからずショックは受ける。
受付嬢は彼女の言葉を聞いて、慌てて2階にいるギルド長のところへかけっていく。何事かと、みんなが受付を見ていた。
待っている間、彼女はいっしょにやって来た男女と話していた。彼女がギルド内を見渡した時、彼女と目が合う。
一瞬、僅かに驚いたように、彼女は目を開いた気がしたが、僕は、そんな彼女から目を逸らした。
2階にいたギルド長が階段から降りてきて、彼女のところに向かう。一言二言話すと、奥の客室へと入っていった。
僕は、顔を合わすと気まずくなるような気がして、近くに仲間に、ちょっと出てくると言付け、外に出ていった。
◇
街から少し離れた原っぱに着くと、寝転がり、空をボーッと見上げる。
ここは昔、レイラとよく来た場所。
行く当てなく歩いていると、いつの間にか、この場所に着いていた。
(未練なんかない、そう思っていたんだけど。)
久しぶりに見ると、思いが振り返してきたようだ。
こんなところは、友人たちにも、誰にも見られたくない。
「ちょっと隠れさせてくれない?」
そう宙に向かって話しかける。
すると、花びらが舞い上がると、そこには少女が数人の小さな妖精と立っていた。
彼女は森で出会った小さな妖精をまとめる妖精らしい。何度か話すうちに仲良くなり、今では、少しぐらいであればお願いも聞いてくれる。まあ、対価は要求されるのだか……、街に売っている食べ物とか。
「あらあら意気消沈ね。」
「ちょっとね、昔を思い出してね。」
「ふーん。そう。まあ、わたしにはどうでもいいけれど。」
「もう、どうでも良いって、ひどいな。」
僕は笑いながらそう返す。
永い時間を生きる彼女は小さなことは気にしないんだとか。
「それじゃ、姿を見えなくすればいいのね、対価はまた今度でいいわ。」
そう言って、その場から消える。
おそらく僕の姿を見えなくしてくれたんだろう。
そう思い、目を閉じると、意識が遠くなってる。
「やっぱり、いないか……、リト。」
どこかで、そんな声が聞こえた気がした。
◇
目を覚ます。
日が暮れはじめ、辺りは赤く染まり始めていた。
「っ!」
目を開けて、隣から人の気配を感じたので目をやり、声を上げそうになる。
そこにはレイラが一人座っていた。
彼女は一人で座り、遠くを見ていた。
その横顔は、今はもう手に入らない何かを思い返して、懐かしむような、寂しいような、また、諦めたような、そんないろいろな感情が混じった表情をしていた。
どうしてそんな顔をしているのか、王都できらびやかにしているんじゃなかったのかと、思わず声をかけそうになり、グッと我慢する。
声をかけると、姿が見えるようになってしまう。
今は会いたくない、そんな気持ちの方が勝ってしまった。
「レイラ、こんなところにいたのか。」
突如、背後から声がかかる。
いや、レイラは気づいていたのか。いつの間にか気持ちを切り替えるように目を閉じていた。
そして、振り向いた彼女は、笑顔で背後の人影に話しかける。それは彼女といっしょにギルドにやって来ていた男性だった。
「カレル、どうしたの? こんなところへ。」
「あはは、それは僕のセリフだよ。」
立ち上がった彼女は、彼に駆け寄ると、抱きついてそのまま彼に口づけをする。長い口づけの後、手を繋いでいっしょに街に帰っていった。
それを目の前で見せつけられた僕は頭がまっしろになり、そして、彼女らが立ち去ったあとに、ようやく自分の気持ちを理解し、既にそれは手に入らない遠くに行ってしまったのだと気づかされたのだった……。
◇
次の日の朝、憂鬱な気分のままに、ギルドに向かう。
着いて早々、ギルド長に呼び出されてしまった。
ギルド長のところに行くと、他に、話し合いに駆り出された時にいっしょに行くミラーと、受付嬢のリーダーをしているサリナの二人がいて、既に座っていた。ちなみに、二人とも若く美人な女性であるが、剣士系のジョブ持ちで剣聖の流派の免許皆伝持ち、つまり僕より強い。
「おう、来たか。そこに座れ。」
そう言われ、彼女達の腰かける。
「さて、朝からすまないな。ちょっとやっかいごとでな。」
「はあ。やっかいごとですか? ああ、もしかして昨日のですか?」
サリナが何かに気づいたようだ。
ミラーがサリナに聞く。
「昨日何かあったの?」
「ええ、昨日、わざわざ王都から有名人が来ていたみたいよ。」
「ふーん。有名人ね。で、マスター、それと今日集められたのは関係あるの?」
そう言って、ミラーはあまり興味なさそうにギルドホール長を見る。
ギルド長は大きく頷く。
「ああ、剣聖の剣をよこせ、だとよ。」
「「はぁっ」」
隣の二人から、どこから出したんだと言わんばかりの低い声。立ち上がって詰め寄る。
「剣聖様の剣、聖剣を渡せと言うことですか? しかも、王都から来た人に?」
「え? どういうこと? 冗談だよね。」
サリナとミラーに詰め寄られ、後ろに仰け反るギルド長。二人とも剣聖が起こした流派の門下生、いや、ギルド長も入れるとこの場は三人。
この街の剣士は皆、門下生だ。
ギルド長は二人を無理やり座らせると話を続ける。
ミラー以外は知っているかもしれんが、と前置きし。
「やって来たやつらの一人はレイラって言って、この街出身でな。剣姫のジョブ持ちだ。当時は剣聖の再来かって盛り上がったもんだよ。」
そう言って懐かしそうに言った。
ミラーが不思議そうに聞く。
「へー、で何で王都からやって来て、どんな理由で聖剣を寄越せって言ってるの?」
「向こうの言い分だと、調査の結果、剣姫こそは剣聖の再来であって、聖剣は自分の手元にあるのがふさわしい、だとさ。ちなみに、王都からやってきたのは、ジョブを授かった時に珍しいジョブなんで詳しく調査したいと王都に連れて行かれたからだ。」
サリナがギルド長に確認する。
「それでは向こうの言い分通りに渡すのですか?」
「いや、そもそも所有権は俺達にはない。知っているようにあれを使うには資格がいるからな。それに聖剣が欲しい理由は別にあるんだろう。」
「別、ですか?」
「ああ、一緒に来ていた男は近衛騎士の次期団長候補だが成果が足りず競争相手に負けそうらしい。そこで聖剣に目を付けたのだろう。」
気になった僕は話が途切れたのを見計らい、口を挟む。
「あの、さっきから聞いていると、聖剣の置いてある場所とか、皆さん知ってるんですか?」
すると三人は一度顔を合わせた後。ギルド長が話はじめる。
「ああ、知っている。というか聞かされる、免許皆伝をもらうとな。それに置いてあるというか、本来の所有者が持っていると言うか、なんというか。」
いつもと違い、歯切れの悪い言い方。
「それって僕が聞いても良い話なんですか?」
「あー、……おまえは、まあ、資格ありだよ。剣は使えないだろうけどな。」
資格ありと言われても、よく分からなかったが、これ以上は聞くのを止めておいて、話を戻すことにする。
「はあ。分かりました。それでどうするんですか?」
「まずはサリナとミラーで、客を連れていってやってくれ。それで諦めてくれたら御の字だ。」
「「はい。」」
「あの、なんで僕は呼ばれたんですか?」
「後々、おまえの出番がくるかもしれないからな。とは言え、できれば会いたくないだろ?」
「そうですね、ありがとうございます。」
ミラーが気になったのか。
「会いたくないって誰に?」
「ええっと、その剣姫って僕の幼馴染なんだよ、仲の良かった。ちょっと気まずくて。」
サリナが続けた。
「……王都に行く前までの話で、後は音信不通、でしょ。」
僕は何も答えず苦笑いした。
◇
一階に降りて、自席に戻る。
受付嬢の一人がやって来る。
「リトさん、ギルド長がここで話を聞いてきてくれって。」
そう言って街の地図を見ながら指差す。
僕が地図を見ていると。
「なんか早めに行った方が良いみたいでしたよ。ここにいると巻き込まれるかもしれないから出たほうがいいとか、言ってました。」
僕はあはは、と笑う。
言葉に甘えて、入口に向かおうとすると、こちらを見ていた他の受付嬢が、裏口を指す。
僕は手を上げて出ていった。
とほぼ同時に入口が開いて、レイラ達が入ってくるのが見えた。
◇
あれから数日、レイラ達はまだいるらしい。
らしい、というのは、僕はあれ以来、ギルドの皆の巧みな接客術や気配察知能力で直接見ていないからだ。
なぜ知っているかというと、ミラーとサリナはあの面々の相手で、かなりストレスが溜まっているようで、飲み屋に連れていかれ愚痴られるからだ。
今も目の前で二人が愚痴っている。
聞いていると、はじめて剣の所有者のところに訪れた際に、レイラともう一人の男が相手にかなり高圧的な態度を取ったらしく、怒りを買ったらしい。
その後は門前払いを食らっているそうだ。
ただ、この街に滞在できる期間が決まっているらしく、もう少しの辛抱らしい。
僕は、はいはいと相づちを打って、二人にお酒を注いでいた。
「あなたがリトさん、ですか?」
そう言って声をかけられた方を見ると、レイラといっしょにいた二人の女性が立っていた。
二人が近づいてきて側までやって来る。
ミラーとサリナがボソッと。
「ちっ、油断した。」
「これは始末書ものね。」
と呟く。やって来た二人は気にした様子もなく、魔法使いの格好をした女性が。
「隣、いいかしら。」
そう言って、返す返事を聞くこともなく座った。
ミラーとサリナから剣呑な空気が漂うが彼女は気にすることなく、自己紹介をはじめた。
「私はイリーナ・サドバン。見てのとおり魔法使いで、レイラの連れ。伯爵家の次女よ。それでこの娘は。」
といって、向かいに座ったシスターの格好の少女をさす。
「あ、ミリティナ・カトアナと申します。公爵家の次女です。レイラのお友達です。」
僕は二人に会釈すると、簡単に自己紹介した。
「リトです。ギルド職員をしています。こっちの二人はご存じですよね。」
二人が頷くのを見て、話を続ける。
「それで、イリーナ様とミリティナ様は僕に何かご用でしょうか。」
「私もミリティナもこの街にいる間は呼び捨てでいいわ。用があるのはこの子の方よ。」
さすがに呼び捨ては無理かなと思いつつ、僕がミリティナさんを見ると、彼女はおずおずと口を開いた。
「あの、……レイラを、彼女を助けてあげてください!」
ミラーとサリナから殺気とも取れる冷たい気配が漂い始める。
「どういうこと、ですか?」
「レイラとカレルはなんとしても聖剣を持って帰らないとダメなんです。昔、レイラから、リトさんという相手を説得するジョブを持つ、仲の良いお友達をお持ちと聞きました!」
サリナがボソッと。
「仲の良かっ“た”、ね。」
僕は聞こえなかった振りをして。
「どうしてミリティナさんが来たんですか? レイラに頼まれたんですか?」
できるだけ冷静に聞く。
「いいえ。あの子は何も。」
「それだったら助けは必要ないんでは……。それに相手を怒らせたのはその二人だとも聞きました。まずはそこから解消しないとダメではないでしょうか。」
彼女は、くっと言葉を詰まらせた後、こちらをキッと見る。
「でも、リトさんであれば相手を説得できるのではないですか? それに、ギルド職員であればサポートする義務があるのでは。」
それを聞いたサリナがミリティナさんの方を見て。
「それを判断するのは彼じゃないわ。ギルド長が判断すべきことよ。彼は一職員でしかないんだから。」
「それは……。でも。」
僕はちらっとイリーナさんの方を見る。彼女は僕の視線に気づいたのか、溜め息をつくと。
「ミリティナ、今日はここまでにしておきましょ。説得できそうな雰囲気じゃないわ。これ以上話しても余計に嫌われるだけよ。一先ず、帰りましょう。」
それを聞いたミリティナさんは俯くと小さく、はいっと、返事をして、椅子から立ち上がるとトボトボと出ていった。
イリーナさんは立ち上がると、僕を見て。
「悪かったわね。なんとなくレイラとあんたの関係は察しているわ。だから彼女もあんたには直接は頼まないんでしょ。まあ、お子様の箱入り娘なあの子には理解できないんでしょうけど……。」
そう言って、ミリティナさんが出ていった方を見る。
「あの子、けっこう暴走し勝ちだから気を付けなさい。ちょっとの間、ギルドに近づかない方がいいかもね。それじゃあ。」
そう言って出ていった。
続けて飲む気になれない僕たちは、店を後にした。
◇
次の日、念のためギルドを休まされた僕は、家にじっとしていると、いろいろ考えて気が滅入りそうだったのでいつものように原っぱにきていた。
ボーッと一日、空を見上げる。
ガサッという草を踏む足音に気付き、そちらに目をやる。
「リト……。」
「……レイラ。久しぶり。」
彼女から目を逸らしそう返した。彼女の表情は見なかった。
彼女は立ったまま話かけてきた。
「リト、街を出る前までに会いたいと思ってた。」
「そうか。4年か。」
「そう、4年。一言謝りたかった。」
「そっか。でも謝る必要はないよ。ただの口約束で、正直僕も本気にはしてなかった。」
「そうなんだ……。でも、リトは本当のこと言わないから。」
「ねえ、4年いろいろあったの。」
「……ええ、いろいろあったわ。後悔していることもある、あの時、王都に行かなかったらとかね 。」
彼女が王都に行ってからどんな立場におかれ、どんな状況だったのか、僕には想像もつかない。
きっと辛いこともたくさんあったのだろう。
何も言わないでおこうと思っていたのに、後悔していると聞いて、だったらなぜ今まで何も連絡しなかったの、と苛立つ心に思わず言葉が出た。
「だったらたらなぜ今まで何も連絡しなかったの? 王都に行ってからの生き方を選んだのは君じゃないか……。」
「それを言えるのは、あなたが生き方を選べたからよ。13才で王都に行った私に生き方が選べたと思うの?」
彼女の言葉を聞いて、言わなければ良かったと後悔した。
「リトの本音聞けて良かったわ。おそらく明後日には王都に発つわ。これが最後だと思う。」
「さよなら、だね。」
「うん。さよなら。」
そう言って彼女が去るまで、ずっとずっと空を見上げていた。
◇
次の日の昼、僕はレイラ達と森の中にいた。
どうもミリティナさんが男、カレルに僕のことを話してしまったらしい。
結果、権力にものを言わせて街の衛士に命令し、僕を連行したのだ。
誘拐に近いかなり際どいやり方で、ミリティナさんもここまで強行に出るとは思っていなかったらしく、かなり焦った様子だった。
レイラは顔面蒼白だった。
ちなみに、ミラーとサリナはおらず、ギルドに無断で事を進めたようだ。
僕は罪人さながらに森の中で、前につき出された。
「リトくんだったか、相手を説得するのが得意なんだろ。少しやっかいな相手でね。うまくやってくれないかな、まあ、拒否権はないんだけどね。」
レイラは蒼白なまま言葉が出ず、ミリティナさんは小さな声で謝り続けている。
見かねたイリーナさんが諫めようとする。
「カレル、やりすぎは良くないわ。彼はギルド職員、傷つけたり、殺してしまうと、まっさきに疑われるわよ」
「はん、高々、田舎の人間一人、いなくなったところで、実家の力で揉み消せるさ。」
イリーナさんは睨み付けて舌打ちし、小さく呟く。
「ちっ。相手はあの剣聖の街の剣のギルドの職員よ。そんなもんで済むわけないでしょ。」
聞こえなかったのか、カレルは僕を突き出し宙に呼び掛ける。
「さて、今日は彼が話をするから、出てきてくれないか?」
と同時に目の前に、花びらの渦が巻き、その周囲の地面から草花が生え始め、さき乱れる。
花びらの渦が収まった時、目の前には何度も見たことがある妖精をまとめていた少女が、見たこともない大きな花びらを幾重にも重ねたドレスをまとい、周囲に白銀の鎧を纏った小さな妖精とともに現れた。
彼女はいつもとは違い無表情で、僕をチラッと見たあと、後ろのカレルを睨み付けた。
「ふーん、その子を引っ張り出してきたのは誰の入れ知恵かしら?」
「おや、知り合いだったのですか? それでは話が早い、彼の話を聞いてもらえますか?」
「それは不要よ。彼は私達の友人。貴方達は放っておけば帰るでしょうと思っていた、私の落ち度ね。」
カレルが意味を問い質そう口を開きかけたとき、目の前の少女が話し始めた。
「聖剣が欲しいんでしょ? 欲しいのは、そこの女の子か、あなた。」
そう言って、レイラとカレルをさす。
「分かっていれば話は早い。彼女はレイラ、聖剣を使っていた剣聖と同種のジョブ、剣姫を持っている。聖剣を返してもらいたい。」
少女はじっとレイラを見たあと、あっさりと答えた。
「無理ね。その娘じゃ使えないわ。」
「「え?」」
レイラとミリティナが絶句する。
あせるカレル。
「ど、どういうことだ、レイラは剣聖と同種なんだぞ、いや、剣聖でないとダメと言うことか?」
「いいえ。彼女、適性はあるわね、でも、資格がない。」
「資格?」
「そう、資格。誤解しているようだけど、あれは剣聖のものじゃない。剣聖は聖剣を手に入れた訳じゃない。剣聖は聖剣の持ち主を護るために、借りていただけ。」
「は?」
唖然とするカレル。
イリーナが少女に問いかけた。
「当時の持ち主は誰だったの?」
少女はキョトンとした後、懐かしそうにして話し始めた。
「そう、貴方達はあの街で聞かなかったのね。いえ、その資格もなかったのかしら。聖剣の持ち主はね、剣聖といっしょにいて、彼に護って貰っていた私たちの友人の女の子よ。」
イリーナは肩を落として、話す。
「そう。じゃあ、もし、レイラがジョブを授かったときに街に残ったままだったら聖剣はどうなっていたのかしら?」
少女はレイラをじっと見た後、ああ、と何かに気付いた様子で。
「あなた、あの時の子だったのね。気づかなかったわ。……そうね、もし、残ったままだったら……。」
レイラの悲痛な叫びが響いた。
「やめて! ……お願いします。やめてください。」
イリーナはぐっと何かに堪えるように俯くレイラを見ると、一言。
「ごめんなさい。貴女には酷だったわね。」
カレルが僕に向かって、叫ぶ。
「おい、つまりはおまえが聖剣の権利を持っているってことだろ? あいつに渡すように言え!」
「カレル、やめなさい。彼をこんな風にここにつれてきた時点で私たちは資格なしなのよ。ギルドは知っていたのね……。王都の失敗ね、彼女をここから引き離すべきではなかったわ。」
「くそ、ちくしょう。」
「カレル、やめて。」「やめなさい、カレル。」
振り返った僕が見たのは、剣を抜き、上へと振り抜いたカレルだった。
「え……。」
僕は斬られたことに気付いてまもなく、力が抜けていき、その場に崩れ落ちる。
地面が真っ赤に染まり、その範囲を広げていた。
「いやー!」
「なんてことを……。」
少女が僕に近寄る気配がした。
「人間は相変わらずね。あなたたちはもう出ていきなさい。」
そう言うと同時に、人の気配が遠ざかる。
「さて、治療するとしましょう。リトは寝ておきなさい。起きたときには治っているわ。」
僕の意識は遠退いていった。
◇
僕は森の入り口で寝かされていたらしい。
傷も全くない状態で発見されたとサリナが教えてくれた。
あの日から5日は経っていた。
レイラ達は、衛士に勝手に命令した罪や、僕を誘拐した罪が課せられ、既に王都に連行されていた。
最も影響が大きいのは、聖剣を失ったことらしい。聖剣が今後、人の手に渡ることはないとカレルらとギルドの下に声が伝わったそうだ。
それを聞いたギルドは大騒ぎ、即刻、王都に抗議のうえ、賠償を要求。賠償内容はかなり揉めているそうで、結論が出るまで、主犯と見なされたカレルとレイラは牢獄に入れられているとのこと。
◇
そんなある日、イリーナさんとミリティナさんが訪ねてきた。
「久しぶりね。元気そうでよかったわ。」
イリーナさんは手を軽くあげ、ミリティナさんは無言で頭を下げる。
「久しぶりですね。えっと今日はどうして?」
イリーナさんはミリティナさんを見て。
「用があるのはこの子よ。渡したいものがあるらしいの。」
「渡したいもの、ですか?」
僕がそう言うと、ミリティナさんが寄ってきて、手を差し出し、僕に渡してきた。
それはあの出発の日に彼女に渡したナイフだった。
「これは? どうして……。」
イリーナさんが説明しはじめる。
「この子がレイラから預かったらしいの、貴方に返して欲しいって。まだ確定はしてないけれど、たぶん、あの子は処刑されるわ。早ければ一月後にでも。聖剣を失った責任をとってね。」
「え? でも。」
「分かるわ、実際はカレル。でも、彼はああ見えても大貴族だし近衛だからね。表立っては処罰できない。あ、でも、もう表には出てこないわ。幽閉されてある程度経ったら病死かな。」
あっけらかんと言うイリーナ。
僕が驚いているのを見て。
「ま、そんなもんよ。レイラが処刑される理由は他にもあるわ。王都に連れてきたのも王家の肝いりだったみたいだし、失敗を消しておきたいんでしょうね。」
「そうですか。」
言いたいことは言い終えたのか、それだけ言って、彼女らは帰って行った。
僕の心にはモヤモヤした気分が残ったままだった。
◇
王都では、聖剣を失わせた大罪人である彼女の刑の執行を一目見ようと大勢の人が集まっていた。
両手に枷をつけられ、引き連れられている彼女は痩せ細り、顔は無表情、目は虚ろで虚空を見つめていた。
ただ、歩みを止めることはなく、自分の足で歩き、断頭台の置いてある高台に上がる。
彼女を見て、大勢の人が罵声を浴びせる。
立たされる彼女はどこか遠くを見つめていた。まるで幼い日々を思い出しているような。
一瞬目が大きく開くそんな気がした。しかし、彼女はすぐに表情を元にもどし、そのまま、また遠くを見る。
(まあ、いいんじゃない?あいつらも似たようなものだったし。)
そうだったの?
(ちょっとした盗みだったかな。こんな大勢の前じゃなかったわね。)
剣聖の衝撃の真実だ。これはギルドのみんなには話せないな。
彼女か断頭台に首を据えられる。
(最後に確認ね。いいのよね。)
うん、確かに彼女とはすれ違ったけれど、16年生きてきたうちの4年ばかりだしね。まだ、一緒だった方が長い。
それに、僕は彼女に生きて欲しいと思っている。
(分かったわ。で、あなたはどこにいくの?)
うーん、いろいろ。あの街にだけいたんじゃ知らないこともたくさんあるって分かったし。
じゃ、お願いね。
そう言って、僕は(彼女から目を背ける/彼女に背を向ける)。
背を向ける寸前、何を勘違いしたのか、彼女の表情が笑っていたかのように見えた。
静まり返った中、背後から執行人が斧を振り下ろす音が聞こえる。
次いで、ざわめきが聞こえ、やがて、大きくなった。それはそうだろう、執行されるべき罪人が姿を消したのだから。
僕は足早に王都を後にするのだった。
さて、どこにいこうかな。
◇
高台の上に立ったとき、最後にリトの姿を見ることができて良かったと思った。
考える時間はたくさんあった。なにせ、牢ではすることがなかったから。思えばあんなに時間があったのは4年前以来かも、そう思った。
いろいろ考えた末、私にふさわしい最期のような気がした。
断頭台に置かれ、リトが背を向けたとき、ああ、これで終わりかと、少しだけ寂しくなった。
斧が振り下ろされる音が耳元を抜けていく。
痛みも感じないとはこの事かと思いながら、いっこうにやってこない痛み、手足の感覚があることへの違和感を感じる。
ざわめきが聞こえ続けている。
いや、大きくなっていた。
(声を上げずに目を開けなさい。)
どこかで聞いた声。目をゆっくり開ける。
え?
(ゆっくり立ち上がって歩きなさい。今のあなたはだれにも見えないし、触れないわ。位相をずらしているからね、と言っても分からないわね。)
言われるがままに歩いていく。王都の入り口に向かって。
門を出て、かなり進んだ森の中。
私はだれの仕業か理解した。
「どうして?」
目の前の少女に問いかける。
「リトが、あなたに生きていて欲しいって。」
「でも。」
「適当に服も見繕っておいたわ。後は好きになさいな。」
「あの、リトは?」
「旅に出るって。今回のことで、いろいろ考えることがあったんでしょ。」
「あの、リトに一言だけお願いできますか?」
少女は少し考えた後。
「いやよ。」
「え? ……そうですよね。」
「自分で言いなさいな。あ、居場所は自分で探すことね。でも、あんまり遅いと私たちが隠しちゃうわよ。」
「っ、はい!」
少女は手を振り別れを告げようとして、やめる。
「そうそう、これ渡しとくわ。」
「え、これは。」
渡されたのは返したはずの小さなナイフ。
「あの日からあなたの手元には既にあったわ。ただ、資格がなかっただけ。今のあなたにはあるかもね。」
ナイフは手の中で大きくなり、光輝く剣へと変わった。
「まあ、あなたもいろいろあったんだろうけれど気にしないことね。人間は小さいことを気にしすぎるわ。まったく。」
そう言って、花びらの渦に巻かれ消えていった。
その後、彼女が彼に再び出会えたかは別のはなし。
ざまぁを書こうとするのだけれど、幼馴染がかわいそうになり最後は救ってしまう。まあ、主人公も幼馴染もそれぞれ言い分があると思うんですよね。難しいよね。
なんにしても、すっきりざまぁを書いておられる作者様は尊敬します。