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第61話・転向

 射線を、とは思ったがさっさと諦めた。狙いが私だったのか、それとも狙った通りにに相馬を殺害したのかは分からない。どちらにしてものんびりと話し込んでいられる状況じゃあない。


 「シンシア!」


 神崎が私を呼ばわる声がしたが、無視して立ち上がり駆ける。頭を低くしてコンマ秒進み、体を投げ出して窓際に転がり込んだ。階段へ?冗談じゃない。このタイミングを狙っていたというのならそっちにトラップを仕込む程度の暇くらいいくらでもあっただろう。

 相馬の遺体の具合からして、バトルライフルだろう。ならこの外壁なら防げると判断。


 「神崎!外から見えないところに移動しろ!」


 多少は生まれた余裕でまだわたわたしている神崎に指示。あいつも度胸がないわけではないが、こんな場面で反射的に動けるほど場慣れしているわけではあるまい。

 続けて銃撃が無かったことで多少安心でもしたか、覚束無い足取りながらも相馬の体と恐らく弾丸が飛び込んできた窓を結ぶラインから距離を取り、役には立たないだろう拳銃を手にしていた。さっき返しておいて正解だったか。役に立たないとしても落ち着きをもたらすお守り代わりにはなるだろう。

 どうする。Czを抜いて顔の前に立てつつ考える。ピュロスを私から引き離すのが目的だとしたら、蜉蝣の文太の目的は多分あいつなのだろう。それならさっさとこの場を離れて戻らなければならない。ならばここを脱出するのが最優先だ。

 二つ向こうの窓枠を確認。外から見えないようにそちらに移動する。

 そして窓枠からミラーを差し出し外を確認するが、クソ、こんな小さい鏡で射手の確認なんぞ……。


 「どんな間抜けだ。丸見えじゃないか」


 向かいのビルの屋上、といってもそれほど高い建物じゃない。四階のこのフロアと高さが合っていたのだから。

 ただ、そこに伏せ撃ちの姿勢でバイポッドのライフルのスコープを覗き込んでいるバカの姿ははっきりと見える。射撃した後に移動する様子も無いとか、今どきゲームの中でもそんな真似する奴はいないぞ。

 距離は…拳銃で狙うにはやや離れてはいるが、動いていない相手ならそう難しい話じゃ無い。胸の内で三つ数える。三、二、一。


 「シン…!」


 私の動きに気付いた神崎が何か言おうとしていたがもう遅い。

 窓枠に上半身を晒し、両手でしっかりグリップしたCzを向けて三連射。一発でも当たれば上等のつもりだったが、過たず三発とも命中。

 伏せていた射手は9mm弾の命中にそのまま崩れるように突っ伏した。

 それを確認するや否や再び体を隠して移動する。最初についた位置に戻ると、神崎は伏せたまま呆れ顔をこちらに向けていた。


 「あとは頼む!」


 後詰めがいるのかどうかは分からない。スポッターらしき影はいなかったから、単独だったのだろう。

 私は窓から身を乗り出し一つ下の階の窓から三階に飛び込み、そのまま階段に向かってボロビルから脱出した。

 最後に見たピュロスの、穏やかな寝顔が頭から離れなかった。



   ・・・・・



 「クソッ!!」


 つい先ほど出かけたマンションの部屋に、ピュロスはいなかった。

 力尽くで開けたとしか思えない、破損した扉を見た時にはもう絶望的な思いしか抱けなかったが、あいつが寝ていたベッドが空になっているのを見ると怒りしか沸かなかった。

 なんだって今日に限ってあいつを一人にした。神崎の電話が怪しいと分かっていながら、どうしてノコノコと出かけていった。間抜けは何処の何奴だ。

 恐らくは蜉蝣の文太が残していったと思われる書き置きを睨む。書き置きというか、さしてモノも無い部屋の壁にこう書かれているだけだ。


 "I took your sweet baby.If you getback her come here!!"


 スイートベイビー、と来たか。そう表現した点だけは褒めてやる。ああそうさ、あいつはわたしの可愛いベイビィだ。


 ここに来い、と大書された矢印の先にあるプリントされた地図を引っ剥がした。郊外の閉鎖された地下街。確か厳重に封鎖されて人の出入りは出来ないようになっていた筈。

 何を考えてこんな場所に呼び出そうというのか。いや、あのクソ野郎の思惑なんざどうでもいい。私は大事な半身を取り戻しに行くだけだ。


 「待ってろピュロス。お前が何者かなんてどうでもいい。私は、お前がいなけりゃただのクズだ」


 こんな場合だというのに笑みが浮かぶ自分が可笑しい。笑える。きっと余人が見れば背筋も凍るような凄惨な顔なのだろう。

 何年ぶりだろうか、こんな気分になったのは。ガリウスのクズ共を皆殺しにした時のような、昏い高揚感を否定せずに土足のまま上がり込んだ部屋を出る。何事かと飛び出してきていた同じ階の住人を睨め付けると、短い悲鳴を上げて自室に駆け込んでいった。腰を抜かさないとはなかなか見上げた肝っ玉だ。褒めてやろう。


 マンションを出ると神崎からの電話がかかってくる。無事に逃げおおせたか、と言いたいところだが、現職の警官が一人殺されたのでは色々と誤魔化しきれるものじゃあないだろうな。


 『冗談こいてる場合じゃねえ!…おい、どうなった』

 「ピュロスが掠われた。これから取り返しに行く。お前も私の心配をしている場合じゃないだろう」

 『………お前こそ俺の心配してる状況でもないだろ。手伝えることはあるか?』

 「そんなものあるわけが……」


 ふと考えが浮かぶ。私を舌なめずりして待ち構えているクソは、私に何が出来るかくらい想像しているだろう。勝ち目があるかどうか。それが無いのなら、僅かでも手繰り寄せるために足掻く必要はあるだろう。

 不意に感謝の念が起こる。ピュロスを助けるためならばどんな泥でも被る覚悟は出来ていたが、自棄になってそれが可能とも思えない。


 「……神崎、頼みがある」

 『おう、あのお嬢ちゃんを助けに行くってんなら俺も…」

 「お前を連れていっても囮にもなりゃしない。無駄に死体を増やすつもりは無いから余計な真似をするな」

 『むぅ……』


 つい先ほど、死体が一つ出来上がるところを見届けた同士としては深刻な空気にならざるを得ない軽口だ。

 黙り込んだ神崎だったが、それでも伝手として役立ってもらうべく、少々面倒な頼み事をすると、散々渋った後ではあったが結局は押し切られるように頼んだ通りのことをしてくれた。素直に礼を述べておく。


 これで準備に進めるというものだ。

 自前の武器庫に加えてゲイツに預けておいた物資、この際前借りでも構わんと持てるコネを総動員する算段を整えながら、私は日の傾きかけた街の闇に溶けるように、足を運んでいく。




 私は暗殺者アサシン…いや、殺戮者スロータラーでも虐殺者ジェノサイダーでも、何にでもなってやる。あいつを取り戻すためなら。

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