第60話・傀儡
「神崎、余計なことは喋るな」
縛るかどうか迷ったが、こいつが私に刃向かうとも思えなかったのでそれは勘弁してやった。
一方、縛られた方の男は最早神崎との関係を隠すつもりもないのか、いかにもな命令口調で口封じをしようとしていたが、そんなもの知ったことか。コッチは殺されかけたのだから、聞きたいことは全部話させてやる。
「で?どういうつもりなんだ」
「……その前に一つ訊きたいんだがよ」
「なんだ」
手荒な真似をされる心配はない、と察したのか、神崎はいつものような多少世を拗ねた口振りに戻り、私が許さなかったために腰を下ろしたまま問いかけの視線を向けてくる。
「…なんでバレた?」
バレた、というのは後ろの男と結託して私を害するつもりだった、ことなのだろう。それなら簡単なことだ。
「お前、さっき私に電話してきた時に言っただろう?危ない橋を渡っている自覚があるようなことを。それで、だな」
絶句していた。まあ無理もあるまい。
こいつは悪党ではあるが、根っからの悪人というわけじゃない。だがそれだけに、自分の安全については相当に慎重だ。それは警察官という職業によるもの以上に。それはまあ、私のような裏稼業の人間と非公式の繋がりを持つくらいなのだから、特に不思議というわけではないが。
「慎重居士のお前が危ないだろうと自分でも分かってる真似をしようってんだ。裏に何かあるだろう、ってことくらいは見当がつくさ。長い付き合いだしな」
「………ああ、そうかい。くそっ、理解のある友人を持てて喜ばしい限りだよ…」
「友人かどうかは分からんが。こうもあからさまに裏切ってくれた以上は、な。で、何があった?返答次第じゃあ、友人呼ばわりに怒りを覚えることになるが」
「…う、分かった。友人は言い過ぎた。互いに利用しあっている関係、ってことで一つ勘弁してくれ」
「それでお前に鉛をぶち込む理由が消えるわけじゃあないが。まあいい。あの男は何なんだ?」
「神崎!話すな!」
「……そうは言ってもなあ、相馬さんよ。俺だって命は惜しい。シンシアはこれでも話の分かるヤツなんだし、大人しく知ってることを話せばそう悪いことにはならねえと思うんだよ。アンタも俺も」
「…………」
相馬、と呼ばれた男はそれきり黙り込んだ。肩越しにひと睨みすると、相変わらず身動き取れない体勢のまま、こちらを睨み返してくる。良い度胸だとは思うが、別に話を聞き出すのは神崎じゃなくても構わないのだしな。何せ、奴の方で友人呼ばわりするくらいの付き合いだ。私としても、見知った人間から力尽くで情報を聞き出すのも気分のいいものじゃあない。
「……わ、わかった。私としても警察があの男の言いなりになる現状を好ましく思っているわけではない。知っていることなら話そう」
「賢明だな」
話はついた。あとはこれから聞かされる内容が、想像を越えるものでないことを祈ろう。
そして、大まかな点では想像通り、というものだった。
私が一部を潰したガリウスは、その後例のカマ男がどこからか現れて残党をまとめ上げ、そして警察の一部と結託して裏仕事を請け負うようになった。
相馬という男は、そのガリウスと繋がった警備部の所属で、神崎と私のように警備部の上層部とカマ男の間に渡りをつける役をしていたらしい。それが面白くないと思う程度には納得していないようだったが。
そして、ガリウスを使いパシリにしていたと思われた警視庁警備部は、いつの間にかガリウスの…というより、蜉蝣の文太なる怪しげな男の意向に添って動くようになった。といって、あからさまに奴の利益にかなうような動きを強いられたわけではないが、それでもその指示によって警察内部の権限を行使するようなことは再三あったようだ。
「アシッド・レインのことはどうなんだ?」
「…あれか。確かにガリウスの側から持ち込まれた話ではあるが、麻薬の潜在顧客をもあぶり出して潰すつもりでいたのは事実だ。というより、そういう使い方が出来る、と焚きつけられたようなものだな」
その点については相馬も吐き捨てるように話していた。
「ガリウスは麻薬で儲けるつもりはなかったのか?顧客を残らず消して麻薬市場が無くなったらどうしようもあるまいに」
「麻薬市場が無くなる?また名だたる犯罪者にしては平和な発想だな。そんなわけがあるか。ガリウスが潰そうとしたのは麻薬市場じゃあない。同業者だ。従来の麻薬を扱う非合法組織が残らず無くなれば、残った市場を独占出来る、って寸法だろうが」
「仮に市場が残ったとしても、だ。そんなものを独占したところで何になる」
「そうじゃねえよ、シンシア。ガリウスが狙っていたのは非合法な市場じゃない。合法的な市場だ」
神崎が口を挟む。
ここまでの話は全て相馬がしていたが、この男出番でも欲しかったのか、一瞬相馬が黙り込んだ隙を狙って話をねじ込んできた。
「はあ?いやそりゃあ医療用の麻薬ってものはあるが、日本で麻薬の合法的な市場なんざ…」
ただ、その内容というのは、私でも頓狂な声を思わず上げざるを得ないものだったのだが。
「無ければ作ればいい。ガリウスは警察に食い込んでいて、警察OBの議員ってのはそこそこいる。飴と鞭を駆使してそんな奴らの首根っこを押さえられたら、どうなると思う?」
「麻薬解放特区創設の動きがある。まだ準備中だが、昔構想だけあったものを、もっとガリウスに都合のいい内容にして再提出することを画策している議員団があるらしい。それが、出来るだけの準備がようやく整った、ってわけさ。先日の非合法組織の連中がひとまとめに殺されたのもその一環だろうな。どうも、連中にとって旨味のあるエサがぶら下げられたらしい」
神崎が続けていった「エサ」ってのはカマ男の首にかけられた賞金のことだろう。だがあれはマフィアだかヤクザだかがかけたものじゃなかったか…いや、警察にすら食い込んでいる連中だ。マフィアとヤクザの連合を動かすくらいのことは出来てもおかしくはない。
そう納得すると同時に、神崎なり警察なりが、あの場に私がいたと察してはいないことに安堵する。別に今さらそのことで不利益が増えるわけじゃあないが、あれやこれやと訊かれるのも心楽しまないってものだしな。
「……シンシア。お前、そこにいただろ?」
……と、思ったのだが、どうも神崎の目は誤魔化しきれなかったようだ。全く。付き合いが長いというのも時には不便なものだ。
「…まあな。まったくまとまりの無い話がされていた時に、悪の親玉がやってきて残らず撃ち殺していったよ。あんな場面には二度とお目にかかりたくない」
「間違い無いか?」
「蜉蝣の文太、とやらが現れたことか?死体くらい残っていただろうに、なんで今さら確認する」
「いや」
後ろ手の拘束はそのままにしておいたが、話しづらいだろうから足の方は解いてやり、胡座になっていた相馬がやや青ざめた顔で言う。
「警備部の手で現場を調査したが、それらしき男はいなかった。確認出来たのは、ヤクザに中華系、中南米系のマフィアの連中だけだ。誰一人生きてはいなかったがな」
「……死んでない?奴がか?」
ちょっと待て。間違い無くあのウザイ面に9mmを叩き込んだぞ?倒れて動かない胴体にもぶち込んでおいた筈だ。胴体の方はともかく、あの悪趣味且つケレン味たっぷりの言動しかしない男が、死んだふりなんざするわけがなかろうが。
「……時刻としてはその事件の発生後だな。私に昨日出た指示は、神崎を利用してシンシア・ヴァレンティンを抑えておけ、という内容のものだ。確かに警備部長直の指令だが、ガリウスの意向も無しに部長からそんな命令が下るわけがない」
「抑える?殺すのではなく?」
「相馬さん。もういっそ全部吐いた方がいいぜ。こいつは俺なんざ足下にも及ばない悪党だがいでぇっ!!」
「私は好きで悪党やってるわけじゃない。お前と一緒にするな」
こっちは特に拘束もせず、胡座をかいていた神崎の組んだ足を思い切り踏んづける。失礼なことを言う男には当然の処置というものだ。
「俺だって好きでやってんじゃねえよ!事情も知らずに勝手なことを言うんじゃねえ!」
「そうか。悪いな」
神崎の事情なんざ知ったことではないが、どうせ大した理由じゃあるまい。ほっといて話の先を促す。
「くそっ、せっかくフォローしてやってんのになんて扱いだ…まあいい。あのな、シンシア。多分だが…その、蜉蝣の文太って奴はお前を殺すなら自分の手でやりたい、とか考える手合いだ。いやそんな納得した顔をされても」
そうは言ってもな。あの野郎が私に何かしら執着してるのは今までの対面の経緯を思えば当たり前のことだ。問題は、奴が何故私に拘るのか、って話なんだが。
…ま、流石にそれを訊いても答えは返ってくるまいな。
「蜉蝣の文太。自称だが、本名めいたものは一切分からない。一つだけ言えるのは、あれはいつからかこの国に発生し、最低最悪の犯罪組織を乗っ取り、いつの間にか警察や政治家にまで食い込んで、何か碌でもないことを成し遂げようとしていること、くらいのものだ」
……相馬が、何やら興味深い話を始める。後ろ手の拘束を解いてやってもいいかもしれない、と思える程には、だった。
「発生ってなんだよ、相馬さん。ボウフラじゃあるまいし」
「流す血の量で言えばボウフラの方がはるかに可愛いものだろう。ま、正体不明なのは分かるが、あんたがそこまで怯えるのには、何か理由があるんだろうな」
「怯える、か。まあ当たらずといえども遠からず、かもしれんな。警察…いや、警備部の上の人間は、あいつにキンタマを握られているようなもんだ。私だって後ろ暗いところは無いにしても、家族の安全を盾に取られれば言いなりにならざるを得ない、というものだ」
「実際にそういう話が?」
「さてな。ただ、あまり従順ではない者の家族が失踪したり、不審者に後を付けられていた、なんて話は聞かんでもない。実際にそうなった者に会ったことはないので、本当の話とは思いたくはないが」
「神崎。お前も?」
「刑事課は仕事柄そんな話はよくあるさ。ただ、ガリウス絡みかどうかは知らねえ。警備部に的を絞ってそんな真似して得する連中がいるとも思えんから、ま、脅しとしても無くはないだろ」
「………」
「………」
嘆息が二つ…いや、私も我知らずため息をもらしていたから三つか。もっとも、わたしのため息は二人のものとは意味が異なっただろうが。
分からないことが一つある。いやガリウスが文太とかいうカマ男に掌握されているとして、その目的とするところ、なんて話も分からないものではあるが、正直それはどうでもいい。理由だのなんだのを理屈づけることは可能だからだ。
どう考えても理由の端緒すら想像つかないのは、だ。
「……なんであのカマ男は私に執着するんだ?」
ということだ。
手駒とも呼べる警備部を使い、私の邪魔をする。まあ邪魔だとか目障りだとかいうなら、分からないでもない。公安だかの依頼でこちらも散々ガリウスの活動の妨害はしたのだしな。
だがそれなら、とっとと私を殺してお終いにすればいいさ。簡単に殺されるつもりは無いが、わざわざ私を怒らせるような真似をしたり、する必要もない煽りをしてみせたり。わけがわからん。
ガリウスとして私個人に恨みがある、というのも無さそうではないが、嘗て私が潰したガリウスと今のガリウスが同じものか、というとそんな感じもしない。表現は難しいが、昔のガリウスの連中は…クソ、思い出すだけで吐き気がするが、他人の血に塗れて享楽的だったものだ。今、奴等の仕業とされる事案を見ると、どこか、血が通っていない空気を臭わせる。人間が人間らしく動いていない…いや、少し違うな。人間の剥き出しにした感情、情緒、そういったものをあまり感じさせない。そんな気がする。
「それこそ奴の正体と同じで想像すら出来んよ。貴様を殺せ、という指令ではなく足止めしろ、というような内容だったことで何か想像はつかないのか?」
「想像と言われてもな。殺すな、と言われていないのであれば、あんた達では私を殺せるわけがないと考えたか、自分で手を下したかっただけか」
流石にそう言われて渋い顔になる相馬だが、人殺しが出来ない、と思われるのは別に不名誉なことじゃあないと思うんだがな。
「…となれば、足止めが目的か。シンシアを止めておいて何をする気なんだろうな」
「さあな。碌でもないことを考えている、ってくらいしか分からないさ」
「まあな……そういやシンシア。いつもの嬢ちゃんはどうした?」
「ん?」
答えの出ない問答に倦んで、そろそろお開きにでもなろうかというタイミングで神崎が妙なことを聞く。
「ピュロスのことか?お前あいつを苦手にしてたんじゃないのか」
「いや別に苦手ってわけじゃないが」
「何の話だ」
「相馬さんには縁遠い話さ」
「階級が上の者にとる態度じゃないな、神崎」
「こんな状況で階級とかどうでもいいだろうがよ。これだからキャリア様はよう…」
キャリア組だったのか。それが犯罪組織の使いっ走りをさせられているのでは警察も大概なものだな。
まあそれはともかく。
「ピュロスなら今日は留守番だ。熱を出して寝込んでる」
「あの元気印なお嬢ちゃんが熱ねえ…何事だよ。ていうか寝込んでる?何処で」
「セーフハウスの場所なんぞ教えられるわけがないだろう、アホ」
「アホはご挨拶だが言ってることはもっともだ」
神崎はただ心配しただけなのだろう。私の様子から大したことはないのだろうと察してか、いつものように薄っぺらい笑い方をしただけだ。ただ、血糊がべったりついた上半身でそんな真似をするとえらく凄絶な光景に見え……待て。
「どうした?」
「いや、まさか……私を足止めってことは、まさかあの野郎、ピュロスが狙いだった……?」
「……シンシア。お前のヤサがバレてる可能性は?」
「分からん。だが戻った方が良さそうだ」
「だな」
立ち上がる私と神崎。当然、まだ手を縛られたままだった相馬は放っておかれる形となる。
「お、おい待て貴様ら!一体何の話だと…」
ああもう面倒だな、と相馬の拘束を解こうと屈みかけた時だった。
「!!……伏せろ神崎!」
「なに?」
声だけかけて私は先に転がる。横になって勢い良く二回転もしたと思った瞬間、胡座のままだった相馬の胸元から、赤黒いものが弾けるのが目に映った。
「相馬さん!」
止めておけ、と心の中で呟く。駄目だ。もう死んでいる。
幸い神崎はそのまま駆け寄るような愚を犯すこともなく、私と同じように転がり相馬の死体から距離をとっていた。
クソッ!妙な空気に絆されて発射の瞬間まで気配に気付かなかった私のミスだ、と内心で上半身が原型を留めていない相馬の遺体に詫びる。そんなことをしても意味が無いと知りながら。
私は暗殺者…などとお為ごかしをほざいている場合じゃあ、ない。




