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第59話・虎穴

 神崎が指定した場所はいつもの大崎署近くのボロい喫茶店ではなく、奴が指定するには珍しい、というかあいつの場合一度死にかけているし、トラウマになってるんじゃないか?と思える場所だった。

 早い話が、一度ピュロスも連れて話をした解体作業をすることすら危なっかしいボロビルの最上階だった。

 その時からそれほど時間が経ったわけではないが、今も崩壊していないことに感心しながら、再開発からも見捨てられた人気の無い旧街区に立ってどうしたものか、と考える。

 それにしても、いくら人口が減っているとはいえ、都内から行って帰ってこられる場所にかつては栄えていた時代もあっただろう廃墟があるというのも、不思議な話だ。

 二〇二〇年代の大規模な感染症蔓延以降、東京や大阪といった大都市からは人口流出が相次ぎ、日本の人口の減少以上のペースで首都近辺は人口が減っている。かつては都内ならばどんな駅にも大きなショッピングビルや地下街はあったものだが、小さな駅ではそれらも放棄されてそのまま、という姿は珍しくない。地下街に至っては真っ当に閉鎖されて出入口も封鎖されているのならまだ良い方で、小さなものでは野犬の巣になっていた、などという笑えない話まである。難民のねぐらや地下組織の支配下になっている、というわけでもない辺りは警察の仕事を素直に称賛したいところだが。

 …話がずれた。その警察だ。

 神崎がどういうつもりでここに呼び出したのかは分からないが、とにかくここで待っているというのであれば、入らないわけにはいかない。

 周囲を確認。こちらを遠目で監視している気配もない。あいつ、まだ来ていないのか?


 「…頼んだのはこっちだが、呼び出しておいて遅れて来るとはどういう了簡だ、あいつは。………出ないか」


 文句を独り言にのせつつかけた電話には出なかった。移動中なら返事が無いのも分からない話じゃあないが、リプライくらいかけてもおかしくはないだろうに。


 「…あまりこんなところで待ち構えていたくはないな。先に入っているか」


 まさか今すぐに倒れてくることなどあるまい…いや地震でも起きたら一発だしな…いやいやいくらなんでもそこまで私も運が悪いとは思えない……などとぶつぶつ言いつつ、足下と天井の崩落に気をつけながら足を踏み入れる。

 かつて入口だった場所を踏み越えて中に入ると、足下で割れたガラスがガチャリと鳴った。ガラス?前に来たときそんなものあったか?…いや、これは比較的新しいものだ。昨日今日ではないにしても、このビルが放棄されたのと同時期にばら撒かれたものではあるまい。

 そして、しゃがんでガラスの破片を眺めていたら、割れたコンクリートの一箇所に馴染みのあるものを発見する。


 「……血痕?」


 それも、ついさっき出来たもののようだ。奥に目を向けると、そちらに向かって目立たないものの、点々と続いている。


 「面白くないな。何があった。ここで」


 立ち上がってジャケットの背中の裾に手を突っ込み、背負ったホルスターからCzを取り出す。夏場は薄着のことで目立たないように持ち歩くのも面倒だから、咄嗟に取り出せないこんな場所に仕舞ってあるが、左の脇の下を膨らませて職質を受けるよりはマシだ。

 右手に愛銃を提げたままゆっくりと体を左に動かし、一階の壁に体を寄せる。足を運びながら左手でCzのスライドを引き、指を離す。チャンバーに弾丸が装填され、ハンマーも起きた状態になった。トリガーガードに指をかけ、何時でも撃てる体勢のまま薄暗い奥に目を凝らす。何も無い。音も、私が足を踏み換えるものしか聞こえない。

 …面白くない。気がついてしまえば分かる。何者かが息を呑んでこちらの動勢に聞き耳を立てている。そういうことばかりはよく分かってしまうようになっている自分に舌打ちを一回。それだけで意識を切り替える。ここは、敵地だと思ってもおかしくはない。

 ジャケットのポケットから鏡を取り出す。トランプサイズの小さいものだが、物陰を見るにはこれで充分だ。


 (こうなると、神崎が電話に出なかったのも何か関係がある…いや……)


 想像を巡らせてはみたが、止そう。今は目の前にある事態に対処するのが先決だ。

 壁伝いに奥を目指す。トラップの気配は無いものの、こうもガレキが多いと偽装し放題というものだが…直近で動かされた様子の無いところを選んで移動。

 奥の通路に通じる出口の側に辿り着くと、しゃがんで鏡を出入口の向こうに出し、物陰に何も無いか確認。怪しげなものは通路奥の階段に向かう血痕しかない。


 (こうなると誘っているとしか思えないな。大怪我をしているとも言えない量だし)


 かといって意表を突いて外から登る、なんて真似も出来ない。いや出来なくはないが、道具を持ってきていない。

 真っ正面から進むしかないか。

 内心でため息をつく。ピュロスを連れてこなかったのは幸いだった。あいつがいると騒いで何もかも台無しにしそうだな、と考えた私の顔には、きっと苦笑でも浮かんでいたことだろう。私も大分あいつに毒されつつあるな。


 (神崎…何を考えている。いや、今何をしている)


 舌なめずりで少し前までの自分ならしなかっただろう表情を改める。殺し屋の顔に戻り、通路に出た。両手で構えたCzを身体ごと向けて視界内を確認。異常なし。つまり、先に進めということだ。

 面倒極まり無いこんな真似を、あとどれくらいすれば神崎のツラに一発お見舞い出来るのか。

 ウンザリしながら、私は慎重に階段を登る。




 ある意味想像していた光景が、そこにはあった。

 階段を三回登り、ちょうどビルの真ん中の階層にあたる四階。

 手すりの崩れ落ちている段差の上で鏡をかざすと、その中に血塗れの背広姿の男が壁を背にして崩れ落ちている様子が目に入った。


 「神崎!」


 慌てて階上に上がり、その元に駆け寄ろうと


 「動くな」


 …した私は、振り返って膝立ちの姿勢のまま振り返ってCzを構えていた。


 「………」

 「………」


 窓枠から崩れているビルの中は、照明が無いにしては薄暗いだけで済んでいたから私に銃口を向けられてたじろいでいる男の姿がはっきりと見えた。

 年の頃は四十がらみというところか。安物に見えるが一応は背広を着込み、実直そうな顔からはナイフ片手に女を襲うような手合いという印象は受けないが、そんなもの知ったことか。


 「その物騒なものをまず下ろせ。この距離ならナイフの方が有利かもしれんが、使い慣れている風には見えないな」


 立ち上がり、Cナイフを置くよう指示する。素直に従わなかったら警告無しで膝でも撃ち抜いてやろうかと思ったが、幸い男は大人しく指示に従ってナイフを握った手から力を抜こうとする。


 「落とすな。床に置け。ゆっくりと、だ」


 何にしても急な動きをさせるつもりはない。Czの筒先をやや下方に向けて、手から落とすのではなく、腰を落として得物を置くように改めて命じた。


 「…何故分かった?」

 「シロウトくさい質問をするな。お前殺しを生業にしているわけじゃあなさそうだな。警察か」

 「………」


 質問するのはこっちだ、と睨む。

 指示通りナイフを床に置いた男は、これも指示通りゆっくりと立ち上がり、そして両手を上に上げる。殊勝なことだ。


 「神崎をエサにしたところを見ると、あいつにいろいろ嗅ぎ回られると困る奴だな。あのカマ男の手下でなければ協力者…いや、サツの中のあいつの使いパシリか」

 「あのような下品な男のパシリ呼ばわりは我慢出来ないところだな」

 「何を言いやがる。結局アレに言われた通りに私を押さえようとしたんだろう?」

 「ふん、犯罪者を罰するのが警察の仕事だ。私は公務に従っただけのこと」

 「その犯罪者に生殺与奪を握られてそんな口を利ける度胸は買うがな。よおし、そのまま床に伏せろ。手は腰の後ろで合わせてな」

 「……」


 言われた通りにした男の上に跨がり、ポケットから取り出したロックタイで両手の手首を縛る。手錠なんて上等なものは持ち歩いていないが、コレはいろいろと役に立つから持ち歩いていたのが幸いした。


 「……心配ではないのか?」


 男の両手と両足もついでに縛り上げると私は銃のハンマーを下ろす。それを首を巡らし見上げていた男は、安心したのか当たり前といえば当たり前なコトを尋ねてきた。


 「さあな。生きてるのか死んでるのか。それはこれから調べてみるさ」


 男が置いたナイフを拾い上げる。これが古式ゆかしきスペツナズナイフだのグルカナイフだのといったものなら、多少は趣味人として認めてやってもいいところだが、生憎と研ぎに出しても鼻で笑って突っ返されそうな安物だった。だがそれだけに、今どきキャンプ用品にも使えそうにない、刃渡り十五センチばかりのそれは意図された殺意を妙にリアルに突き付ける。アシの付きにくい刃物を選んだ、ということになるからだ。

 ただその分、確実に人間の命を仕留める、という目的に適うかどうかは微妙なところで、結果的に私の足下で大人しくしている男の、人を刺し殺す、という行為に対する不慣れさを思わせるものだった。

 …まあいい。そうホイホイと簡単に殺しが出来る警察というのもゾッとしない話だ。本当に警察の人間かどうかは分からないが。

 私は伏せた体勢のままじっとしている男に注意を払いながら、壁に背をもたれて腰を下ろしている神崎の体に目をやる。

 出血しているのは胸の下。ワイシャツどころかいつものくたびれた背広まで赤く染まっている。心臓を突かれたというのであればその割には出血は少ない。

 そういえば神崎を刺した人物がいるというのなら、それは誰になる?

 左手に持ったままのナイフを目の高さに掲げて確認したが、さして手入れをされた様子もない刃の表面は、血脂に曇っていることもなく、これでついさっき人間を刺したとは思えない。

 …なら、この目の前にいる血塗れの人間は誰が作った?ナイフの持ち主にそんな真似が出来るとも思えない、となればこの場にいない別の者か、あるいは。


 「…………」


 ゆっくりと歩を進め、いまだピクリともしない死体に歩み寄ると、Czのハンマーを起こし、ゆっくりと銃口を向ける。


 「そろそろ起きたらどうだ?狸寝入りも結構疲れるものだろう?」

 「………ま、待て!待ておい、分かってんだろっ?!」


 …もう少し粘ると思っていたのだが、ま、神崎ならこんなものか。

 両手を挙げて降参の構えになった神崎を前に、私はトリガーに指をかけ、いつでも撃てる体勢になる。


 「お、おいっ?!まさか本気か?!」

 「私を嵌めてくれた礼くらいはしないとな。ほら、脇の下のものを出せ。ゆっくりとな」

 「神崎!」

 「………くそ、分かったよ。言っておくがな、大喜びでやってたわけじゃねえぞ?」


 右手を上にしたまま左手で背広の襟を開く。そこに見えたホルスターから、私はリボルバーを引っ張り出し自分の上着のポケットに突っ込んだ。これでゆっくり話も出来るというものだ。




 私は暗殺者アサシン

 …ま、こんなことには慣れているものだ。

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