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第58話・不安

 「うう、ごめんねえ…こんなときあいつがいきていたら……」

 「冗談を言える元気があるなら大丈夫そうだな。腹、減ってないか?」

 「んー、ちょっと」

 「そうか。何かあったかな…」

 「うう、ごめんねえ…こんなとき」

 「それはもういい」


 ピュロスが風邪を引いた…という表現が的確なのかどうかは分からないが、ウザイくらいの普段の元気が無く、熱のような…まあこいつの平熱なんぞ計ったことはないが、ともかく顔を赤くしてフラフラしてるのなら、風邪みたいなものだろう。

 オフの日用のマンションで、いつもなら並んで寝るベッドを一人で占領しつつ、とろんとした瞳を向けてくるピュロスの様子は、いつもがいつもだけに余計に心配になる。


 「薬は…効くのか?」


 そもそも人間と同じ薬なぞ呑んでも大丈夫なのか。飯は同じものを食べているので、毒にはならないと思いたいが。


 「どーだろー…?わかんないから、のんでみる?」

 「いや私に聞かれてもな…」


 それは本人にも見当が付かないようで、体調の悪さだけからとも思えない煮え切らなさを含む弱々しい声の返事。

 それでも無いよりはあった方が安心するか、と横になったピュロスの枕元に腰掛けていた私は、立ち上がって台所の片隅に仕舞ってあったメディカルキットの中から熱冷ましを引っ張り出す。未開封の使用期限が五年前だった。飲ませられるかこんなもの。


 「済まん、とても飲めるものじゃなかった。辛いようなら買って来るが」

 「……いーよー。のんでもへいきかわかんないし」

 「それもそうか」


 台所から声をかけたら、掠れた声が戻ってきた。元気なら元気で喧しいのだが、こうも覇気が無いとその、なんだ。……なんなんだ?くそ、困惑めいたものが抑えても止められない感じがする。

 心配なのは認めるが、だからといって私までバタバタしてどうするというのだ……いや、まあいい。なら、腹に溜まるものでも作ってやるしかないか。

 常備しているレトルト食品の中から、病人でも食えそうなものを探す。だがいつもの軍用レーションしかない。高カロリーで濃い味付けのものばかりだ。病人に一番与えたら拙いものしかない。

 かといって何か作ろうにも急なことで食材の用意も出来ていない。

 ああクソっ、飯の作り方のバリエーションが乏しい我が身が疎ましいというものだ。食べられるものが無いわけではないのだから、何かアレンジすれば……ああ、そうだ。こういう時に役に立つ奴がいるじゃないか。

 とりあえず調理に使えそうなものを揃えて、私はその場で電話をかける。こういう時に役に立ってもらわずに何が家族か。少し家族というものに誤解がある気もするが。まあいい。携帯端末を取り出して履歴から番号を呼び出す。


 『へい毎度。どーしやした、姐さん?』

 「ああ、ケンか。ちょうどいい」

 『ご指名ですか?珍しいこともあるもんで』


 神戸組にかけたら、上手い具合にケン坊が出た。ここで下手に寛次にでも繋がったら組をあげて見舞いにでも来られかねん。


 「ピュロスが少し伏せっていてな。病人にいい食事を作ってやりたい。今あるもので作れるものを教えてくれないか?」

 『へ?ピュロ坊がですかい?また珍しいことも…ああいや、具合は大丈夫なんすかっ?!』

 「耳元で喚くなバカ野郎!…ああ、心配してくれるのはありがたいが、少し熱が出ただけだ」

 『熱?本当にそれだけなんですかい?あー、見舞いにいきましょうか?医者拉致って。それよりピュロ坊寂しがってませんか?』

 「見舞いで済まなくなりそうだから勘弁してくれ…」


 まったく。あそこの連中はピュロスに甘いというか構いたがり過ぎる。命の恩人なのだから当然かもしれないが。


 『そういうことじゃねえですよ、俺たちがピュロ坊を気にするのは。まあいいです。で、飯の作り方スね。今何があるんですかい?』

 「あー、レーションくらいしか無いんだが……」


 と、レトルトと缶詰の山をかき分けつつ答えた内容にケン坊は呆れもせず、そして私の料理の腕など見越したように、簡単に作れるものを教えてくれた。これならなんとかなりそうだった……その点については感謝するが、最後の最後で寬次に知らせようかという申し出だけは、脅し賺しを織り交ぜてどうにか思いとどまらせるのに苦労したものだった。


 「おいしー!」


 ただ、ケン坊は元料理人にして現役復帰予定、という肩書きに恥じないアドバイスをくれて、ライスパックと水をぶち込んで鍋で煮て、缶詰をほぐしたものを味付けに投じたおかゆでもピュロスを喜ばせることは出来たのは感謝したいところだ。


 「いつもの調子で掻き込むなよ」

 「うん!…アキコがちゃんとつくってくれたごはんだもんね。ちゃんとたべるよ!」


 いつぞや大鍋一杯に作ったカレーを雑に平らげてくれたような気もするが、ベッドの上に起き上がり、スプーンですくった粥を「うまうま」言いながら味わって食べている様子には頬が緩むのを抑えきれない。財布の心配をしないで済む限りにおいては、こいつが飯を食っているところは見ていて飽きないものだ。

 だが、そんな風に顔をじっと見られていたら図々しいこいつでも視線は気になるらしい。

 スプーンを運ぶ手を止めてしばしこちらを見つめると、交わった視線を外さないまま首を傾げてこう言った。


 「…アキコはたべないの?」


 ……まあ、正直自分の食欲どころではなかったのだが、それを口にするといかにも慌てていたようで格好がつかない。しばし考えた上で私は、全くのウソでもなく、かといって気取って言う分には照れくさくも無いことを言う。


 「お前が美味そうに食べているところを見ていれば、それで充分さ」

 「ふーん」


 空ぶったのかなんなのか、僅かに鼻白むピュロス。そして続いての一言に私は絶句した。


 「アキコ、おかーさんみたいだね」

 「なぁっ?……お、おいちょっと待て。私が母親とかそーいうボセイとかいうものに恵まれているとか似合わないとか以前に、お前は母親がどーのこーのとか意味が分かるのか、おい。いや待て、それ以前に私がお前の母親ではないというのはお前自身が言ったことじゃないか。というか仮に、仮の話そーいう関係性が成り立つとしたら私はお前に鬼畜の所業をしたことになるじゃないか。そこのところは断固として否定しておきた」

 「はいアキコすとっぷー」

 「む……」


 我ながらみっともなく動揺してしまったようだ。ベッドの端に両手を置いて身を乗り出さんばかりに文句を言う私を、ピュロスは鬱陶しそうにスプーンを突き出し口を挟んで私の繰り言を止める。

 それには冷静さを取り戻さざるを得ないのだが、よく考えたら体の関係になってしまったという時点でいろいろ差し障りがあるというもの


 「だからそれはいいってば。ピュロスがのぞんだことなんだから」

 「…すまん」


 ……何をやっているのだろうか私は。まあそれはともかく。


 「ピュロスはおかーさんとかそういうこと、よくわかんないけど、アキコがピュロスのことだいじにしてくれるならそれでじゅうぶんだよ。だから、ごちそうさま」

 「そうか。まあ、なんだ。あー、腹が一杯になったなら寝ればいいさ。寝て起きれば元気になるだろ」

 「うん。ごはんたりないけど、ピュロスねるね」


 今の時点で既に心配なさそうなことを言い、いつもよりは大分時間をかけて空にした皿を「ごちそーさま」とふにゃっとした笑顔と共に渡してきた。

 それを受け取る時に、不意に胸の辺りが軋むような感触を覚えたが、それは一体何だったのだろうか。

 ピュロスはおやすみなさいの一声と共に布団に潜り込んでしまったため、私はその正体を探ることも出来ずにモヤモヤしたものを抱えたまま台所に向かった。

 そして洗い物を溜めておくのもだらしがない、とさっさと食器を洗おうとした時だった。


 「…っとっと……なんだ?」


 ジーンズの尻のポケットに突っ込んだままの携帯端末が振動で着信を知らせる。仕事用のものとはいえ、この番号を知っている者はそう多くは無い。私は電話を直通でかけてきそうな知り合いの顔をいくつか思い浮かべながらこれから濡らそうとしていた手で端末を手に取り発信者を確認した。


 「神崎?」


 大崎署の所轄ではないが、今朝からのニュースの有様を見ずとも今警察は大忙しだろうに、私に電話なんぞかけてくるほど暇なのか?


 「…と言っていても仕方無いか。…どうした?」


 通話に切り替えながらベッドの部屋を覗くと既にピュロスは静かになっていた。いつものあいつなら、私に何か変化があったら「なになに?」と起き出してくるだろうから、本当に寝入っているのだろう。随分と寝付きのいいことだ、と思いながら玄関に通じる廊下に向かう。静かであるに越したことはあるまい。


 『すぐに出られるとは随分ヒマしているらしいな』

 「…大きなお世話だ。それよりお前こそ大忙しなんじゃないのか?」


 警察が忙しいのは良い話じゃあないな、と付け加えると神崎は苦笑した様子を隠さない口振りで答える。


 『今世間を騒がせている件ならこっちはお役御免だよ。全部本庁が巻き取って所轄は首を突っ込むな、だとさ』

 「仕事好きな上司に恵まれて結構なことだ、と皮肉の一つも言えればいいんだが、あまり良い傾向じゃないな」

 『ま、そういうことだ。後ろめたいところがある連中が本庁にゃ山ほどいるんだろうよ。現場は専らそんな話で盛り上がっているところさ。それで用事なんだがな』

 「ああ」


 と、神崎は周囲の耳目を憚るように声を一際潜めて言った。


 『例の件、少し詳しい話が聞けた。今から出てこられるか?』


 そのやや固さのこもる声に、私の方も身の締まる心持ちになる。例の件、つまり蜉蝣の文太なる大層な自称をしていたオカマのマッチョと警察の繋がりのことだろう。

 正直、昨日相対して恐らくはそれっきりになったであろう相手であるし、今ピュロスを離れて出かけることにどこか気後れはあったから、自分から持ちかけた話であるのに私はいささか乗り気ではなかった。


 『あまり興味を惹かない話か?』

 「いや。頼んだのはこちらの方だ。聞かせてもらおうか。だがこの電話じゃあ拙いのか?」

 『少しな。若干危ない橋を渡らないでもない話なんでな』

 「分かった、行こう。場所を教えてくれ」


 そう言った私に明らかに神崎はホッとした様子になる。そんな空気に、私はふと不安めいたものが胸中に湧き起こりもしていた。

 あのカマ男は確かに殺してやったはずなのに。一体何が起ころうとしているんだ。


 神崎から待ち合わせの場所を聞き出すと、もう一度ピュロスの様子を確かめる。寝返りをうったのか、こちらに背中を向けてはいたが、「少し出かけてくるからな」と告げても特に反応はない。


 「…目が覚めた時一人だと面倒だな」


 私の居場所を嗅ぎ付けて、来て欲しくないタイミングで現れても困る。

 神崎に会ってくるから部屋で待っていろ、と偽り無く書き残したメモを置き、私はCzの弾倉を確認して部屋を出た。




 私は暗殺者アサシン

 用意周到、是無事也…といけばいいのだが、そう簡単にいかないのが俗世ってものか。

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