第56話・暴虐
どこの業界にだって同業者組合じみたものはあるだろう。
それは非合法な稼業においても同様だ。いや、決定的な衝突を回避するために、という意味ではありとあらゆる業界の中でも、その必要性は最も高いことだろう。
「……〆□×*@¥ッ?!」
「~$#+`|!”/_!!」
「);▼&{<`%=~└!!!」
そして今、その非合法業種組合は、巻き舌な上にガラが悪くて意味をなさない日本語と、中国語訛りのやっぱり意味の分からん日本語の応酬する、無意味な会合を開催していた。
……いやもう、帰っていいか?
「だめでしょ、かえったら」
この世に似つかわしくない組み合わせがあるとしたら、間違いなくそのツートップの一角は占めるであろう存在の一方がそんなことを言って私を窘める。毎度のこととはいえ、私も慣れたものだが。
「アキコゆってたじゃん。『あのカマやろうにいっぱつかますためならなんでもやってやる』って」
「いや言ったけどな。確かに。だけどな、ここまでどーしよーもない会合になるとは思ってなかったんだよ。役立たずもいーとこだな、私の目的にとっては」
まあ、なんというか、だ。今どき地下のプールバーなんて場所で開催する辺り、話し合いで何かを進めようというよりもなんかこう、格好つけたくてそれっぽい真似してみました感があるというか。
そんなことをブツクサ言っていたら、それが耳にでも入ったのか、顔を見たこともないヤクザ?が真っ赤な顔をしてこっちに凄んできた。息が酒くさかった。
「おう、シンシア。てめえ普段こういう場所に現れねえ珍しく顔出したかと思えば随分偉そうなことをほざくじゃねえか」
ちなみにこれは私の意訳である。元々何と言っているのかは、ヤクザ特有の巻き舌で威圧感を与えるための口調に加えて酒でろれつが回っていないこともあって全くもって意味不明である。態度と表情で「多分こんな感じのことを言っているのだろう」と思っているだけのことだが、まあそれほど間違ってはいるまい。
「なんだ、私のことを知っているのか。私も随分有名になったものだな」
「ケッ、ガキ殺しのシンシアといえばここいらでは名前を知らねえヤツはいねえよ。で、その餓鬼はなんだぁ?これから壊すオモチャがぁっ?」
「息が臭いから少し黙ろうか。で、子供殺しがなんだって?」
「………」
グロックを威勢良く大口を開けていた中年のヤクザの口に突っ込んで凄む。今更ガキ殺しだの言われたところで大して堪えないが、気のせいかピュロスに好色な視線を向けていたように思えたから、釘は刺しておいた方がいい。というか私が子供殺しならテメェはなんだってんだ。ロリコンか。死ね。
「…ま、まふぇっ?!おひ、ひゃかはいりふひれあるけふぁはふなんひゃ…」
「ああ、そう思ったから使い捨てても構わない銃を持ってきたんだがな。入り口で預けようと突き付けたら『そのままどうぞお持ち下さい』だとさ。別に脅したわけじゃないのにな」
まあヤクザだのマフィアだのが一同に会する場で武器なんぞ持たせておいたら洒落にならん。受付で預けるのは当たり前の話だと思ったから、Czは持ってこなかったのだ。どうもその必要はなかったみたいで拍子抜けしている私だ。
「そーじゃなくて、アキコがすごいこわいかおしてじゅうこうつきつけてんだもん。いりぐちのおっちゃん、なきそうだったよ?」
「人聞きの悪いことを言うな、おい。ちゃんと社交的かつ友好的に、満面の笑みで愛想よく振る舞っていただろーが」
「ピュロスときどきおもうんだけどー、アキコってばもーちょっとじぶんをきゃっかんてきにみたほうがいいとおもう」
「…そうか?」
しみじみと呆れ顔で言われてしまうと、流石に私も考えてしまうものがあるわけで。さてどうしたものか…。
「…!……!!」
「ん?なんだうるさいな……あ、ああ悪い、まだ口が利けなかったか」
俯き顔になった私に無言で必死に訴えかけるものがあったのそちらを見たら、グロックで口を塞がれていた男が目に入ったので、そこに突っ込んでおいた銃口を引き抜いてやった。
「…っ、テメエ、何考えてやがんだ…この場にいる全員でそのガキ共々マワしてやってもい……」
「あーくそ、キタナイじゃないか。借りるぞ……で、なんだって?」
「………あ、いや…なんでもねえ…邪魔したな」
「おう。長生きしろよ」
臭い口の中にしばらく入れておいたせいで、グロックの先が涎だかなんだかで汚れてしまったので、男の胸元のシャツでグリグリ拭ってやったら、なんとも毒気の抜かれた顔で立ち去っていった。何が言いたかったんだ。
「アキコ、そゆとこだよー」
うるさいな。どうせチャンバーに弾も入ってないんだから、銃口で胸元を突かれたくらいどうでもいいだろーが、ったく。
まあそんな一幕が他の連中に目撃されていたのか、その後は私とピュロスに絡んでくるヤツもおらず、持ち込んだボトルの水を口にしながら(こんな場所で出されたものを口にするつもりはない)ケンケンゴウゴウだかケンケンガクガクだかの喧噪をピュロスと一緒に眺めていた。
来るんじゃなかったと後悔しかないこの会合だが、ガリウスの残党あるいは蜉蝣の文太への対処を業界挙げて講じることになったことを受けての会議だったハズだ。
私が呼ばれたのは、ガリウスに対する意趣があることが周知であり、オブザーバーだか何かしら助言があるかもしれない、と要請があったからで、まあそれだけなら「知るかアホ」で済ませても構わないのだったが、ここに集っている連中とて上手く扱えばあのカマ野郎に対抗する盾だか壁くらいにはなるかもしれない、と思ってやってはきてみたものの。
「話にならないな」
「…だねえ」
子供用の水筒を指先で突きながらのピュロスに言われてしまうくらいには、全く役に立ちそうも無いのだった。
地下のプールバーは、照明も少なめで、あっちで騒ぎ、こっちでそろそろ取っ組み合いが起こりそうな中、どの人影が誰なのかもさっぱり見当がつかず、まあ多分仕事上のやりとり(金だけでなく命も)をした組織の関係者もいそうなので、迂闊に加わったりしない方が良さそうだ。まあ私のそーいう気性も知った上で、受付の男は私が武器を持って入ることを認めたのだろうが。決して私が脅したからだけではない。いやその言い方だと脅した自覚があるみたいだが。
「…ねー、アキコ。かえったほうがよくない?」
「だな。どうも役に立つ話なんざ聞けそうにない」
あとコイツらが何かの役に立つとも思えないしな。
腕時計を見るともうすぐ日付も変わる頃合いだ。子供の夜更かしは良くない。とっとと帰って寝かしつけた方が良さそうだ、と円卓の隣に席をとるピュロスの顔を見たら、何を思ったか「にこぱー」と笑っていた。悪くない顔だな、今日は一緒に寝てやろうかと、思い、腰を浮かせかけた時だった。
「…?!」
「アキコ……」
その、気持ちの良い笑顔が凍り付き、暗がりの中でもはっきりと分かるくらいにピュロスの顔は青ざめていた。
聞こえたのは出入口の地下階段。騒いでいる連中にはまだ聞こえないのだろうが、そこが目に入る位置で帰り支度を始めようとしていた私とピュロスにはハッキリと聞こえた。ひとの、魂消える音が。声にならない悲鳴が。
「頭を低くしろ」
「う、うん」
グロックを抜き、スライドを引く。弾が装填される音は殊の外大きく響き、あるいはそれを聞きとがめた気の利くヤツの一人でもいるかもしれない、と思う中、私はピュロスよりは高い位置に頭を下げ、慎重に室内の様子を、特に出入口の扉のそれを伺った。
そして唐突に喧噪は悲鳴と怒号に満たされた。木製の扉をガレキに一瞬で変えた機関銃によって。
「ハァァァァァァイ、クズ野郎ども!お掃除のお兄さんの、お出ましよぉん!!」
開いた穴から出てくりゃあいいものを、ご丁寧に枠だけ残った扉を開け、そいつは姿を現した。予想に違わず、野太い声でオネエ言葉を口にする変態だった。
「なんだテメェは!」
「おいここが何処だと思ってやがんだ!イキってやがると泣かすぞオラァ!!」
例によって意訳だが、今の今まで仲良くケンカしてた連中がほざいている。イキってたのは貴様らの方だろうが、と呆れながら位置を変える。
「アキ、アキコぉ…」
そう心細い声を出すんじゃない。こっちに気付いているかいないか分からないが、この騒ぎなら一発当てるくらいは、と乏しい照明に照らし出された大柄な人影にグロックを向ける。そういやあの野郎、ご大層なボディアーマーを着込んでいやがったな。狙うなら頭にしとくか。
僅かに将星と右目の延長線を上にずらす。左手はピュロスの手を握っていたから右手一本だ。動いていない相手ならそれでも当てられる距離だ。油断しすぎだ、阿呆め。
「アハハハハハハ、威勢だけは一人前よねえ。あなたたち知ってるぅ?必殺仕事人てカッコイイドラマが旧世紀にあっだぁっ?」
くそ、ハズした!あのクソ野郎いきなり大笑いかましやがって!!
額の辺りを掠めただけで終わった一発の後、即座にテーブルを蹴倒し盾にする。ヤツがどんな得物を持っているかは分からないが、こっちの姿を見せないくらいの効果はある。
だが。
「いてぇじゃねえのよ!コソコソ狙い撃ちかましてくれるド腐れはどこにいる……クンクン。おや?おやおやあ?こぉのニオイは…アタシの愛しい愛しい腐れマンコのニオイじゃないのよぉっ!シンシア、あんたがここにいるのねぇっ?!来て大正解だったわぁっ!!」
…失礼なことを叫びながら、カマ野郎はマシンガンを腰だめに構えて乱射し始めた。アイツは禁酒法時代のイタリアマフィアかっ?!
「ぎぃやぁっ?!」
「逃げろッ…ぶふっ!!」
「いでぇ、いでえぞ……クソ、畜生、どこのイカレポンチだ!!」
狭い店の中、密集したヤクザや中華マフィアの連中は当たるを幸い的にばら撒かれた機関銃弾に次々と薙ぎ倒され、ケガで済んだ幸運な連中の呻き声だのまだ弾の当たってない、あるいはこれから弾に当たる連中の怒声だのが響き渡る中、ガチガチと歯の根が合わない音をさせながら、ピュロスは固くなった手で必死に私の左手を握っていた。
「あ、あ……」
「しっかりしろ!…逃げるぞ」
「う、うん……」
位置の問題なのか、幸いにして私とピュロスのいる辺りまではまだ血だまりが流れてくることもないが、バケツで赤い液体をぶちまけたような有様がチラと目に入り、鼻孔を侵す血錆めいた臭いで僅かに吐き気を催した。私ですらこれなのだから、ピュロスにとってはもっとキツいに違いない。増して、あれだけ怯えていた例のカマ野郎がすぐ側にいてこっちを探しているのだ。
せめて5.56mmをぶっ放せる得物を持ってくるべきだった、などと無茶な後悔をしながら、ライフルを振り回す物騒なオカマの視界から外れるように移動する。あれだけ続けて撃っていたら銃身が過熱してすぐダメになるんじゃないか、と倒れた椅子の影から覗いたら、あのクソ野郎が持っていたのはミニミだった…って支援火器用の機関銃じゃないか!あの野郎どこからそんなもん持ち込みやがった!こんな狭い場所で武器も持ってない人間の二十人や三十人、あっという間に肉塊に変えられてしまうぞ!!
「マズい…マズい……クソ、どうすんだよこれ!!」
「アーッハッハッハ!いいわ、いいわぁ……血の臭いだけで…アタシイっちゃいそうよぉっ?!」
私のそんな絶望を嘲笑うかのように、空になった二百発入りの弾倉を外し、新しいものに交換しようとするクソ野郎。
…チャンスか?他にサブウェポンを持っているのかいないのかは分からないが、あんな大物の弾倉を換えるには多少時間が要る。今なら近付いて至近から9mmをあの気色の悪いツラにぶち込むくらは可能なんじゃないか?
「……臭いわね。アタシのだぁい好きな腐ったマンコの臭いがすぐ近くにまで来てるわ」
だが、躊躇したのが拙かった。ストーキングしていることを察する鼻の良さというかはた迷惑な勘の良さを発揮して、こっちが出入口に近付いていることを知られてしまったらしい。あと私のは別に臭くない。お前の腐ったタマじゃあるまいに。
「シィンシァァァァァ……?まだ生きてるんでしょ?この程度でくたばるアンタじゃないわよねぇぇぇぇ…?ほぉら出てきなさいな。アンタにくっついてるいけ好かないメスガキを先に、アンタの前でブチ殺してくれるわぁんんん……」
「ほざけ、ドブスが」
「アキコやめっ……」
散々腐れマンコ呼ばわりされても腹も立ちはしなかったが、ピュロスに危害を加えるような予告をされて放っておくわけにもいかない。挑発と分かっていながら、椅子の影から体を起こし、グロックの残りの弾を全部、いや一発残してぶち込んだ……のだが。
「……相変わらずの早漏ねぇ。お楽しみの時間は山ほどあるんだしぃ、焦らずともたぁっぷり遊んであげるわよん」
……ったく、相変わらず変態だなこいつは。
汚ぇツラの前に両腕を縦に掲げ、そこで弾丸を受け止めていたのだろう。開いた両腕の間から、チロリと唇を舐める舌と一緒に三白眼の右目が覗いていた。見たくも無い顔なのだから、そのまま隠しておいてくれりゃあいいものを。
「……はぁ、はぁ…」
ピュロスはもう私の後ろに回り、両腕で腰を抱くようにして息も荒く喘いでいたからこっちも両手は使える。奴との間隔は十メートルあるかないか。拳銃で確実に当てるにはやや微妙な距離だ。クソ、ナイフを持ってこなかったのが失敗だったが…どうもアレに刃が通るという場面を想像できない。
この場でブチ殺すなら首に9mmぶち込むしかないか、と手早くグロックの弾倉を交換しながら思う。流石にヤクザどもとの会合にフル装備でやってくるわけにもいかないから、交換用の弾倉はこれでお終いだ。ならば、ここでケリをつけるより、確実に逃げる方が先決だな、と方針を改める。何よりも、ピュロスの様子が心配だ。
「…おい、そろそろ警察が駆け付ける頃じゃないのか。お前のお友だちがいるかいないかは知らないが、あんまりサツと揉め事は起こしたくはなかろう?」
いくらここが地下だといっても、ライフル弾を二百発も撃ち込んだのでは地上でも騒ぎになるだろう。その点をにおわせて退去を促してみる。
「あらあら、心配してくれるのぉ?嬉しいわ、シンシア。でもダイジョーブ。こぉんな場所でヤクザだのマフィアだのが集まっているんだもの。まとめて掃除してあげるわ、って教えてあげたらケーサツも大喜びだったわぁん」
「そうかよ」
あっさり失敗した。根回し済みとは見かけと行動に似合わない真似をしやがる。だが私だって警察とご対面したわけじゃない。ある意味ありがたくもある話だ……奥の方でまだ呻いていられる連中には気の毒だが。
にしても、警察のどこの奴らか知らないが、こんな得体のしれないオカマに好き勝手させて平気な顔をしているというのは、また随分下衆い真似をしてくれる。確かに今も死にそうな、あるいはついさっき死んだ連中は真っ当な存在なんかじゃあないだろうさ。
けれど警察が同じようなことをしてどうする。法などというのは私にはしがらみでしかないが、少なくない人間の生活を守るものでもあるだろうが。それを蔑ろにしておいて、何が法の番人だ。神崎が模範的な公務員に思えてくる、ってものさ。
「………ひっ、ひぃ……」
「うっさいわねぇ…死に損ないがまだいるのか」
この場で生きている人間の上げられる音など呻き声と、その声の主が辛うじて動く手足で壊れた椅子や机を押しやった時の音くらいのものだ。
そんな些細なものを、「うるさい、死ね」とつまらなそうにミニミの指切り連射で黙らせていくカマ野郎。私は、その度にピュロスが怯えてビクっと体を跳ねさせるのを、抑えることしか出来なかった。
そうしているうちに、私とピュロス以外に、この地下の一室で生きている人間はいなくなった。目の前のカマ野郎?こいつを人間と認めてなどやるものか。絶対に。
私は暗殺者。
殺されれば死ぬ、ただの人間だ。




