第50話・纏着
「断る」
「仕事を断れる立場でもないでしょうが、あなたは」
といってもな。気乗りのしない仕事というのは間違い無くあるわけで、それを即断で受注していたら軽く見られるというものだろうが。
場所はいつものゲイツの事務所。ボロビル、というより取り壊しを待つだけ、という態なのは相変わらずで、得意先の一つである中華系マフィアからの依頼を持ちかけられていた。
仕事の内容?詳しい話を聞くのもアホらしいので、指定された標的を消す、というだけのいつものものだと理解している。正直言って、条件が厳しいのは毎度のこと。簡単な仕事だったら外注などせず、自前の鉄砲玉に任せるのは一般企業と何ら変わりは無い。
「…しかし、いつもでしたら詳しい話くらいは聞くでしょうに。どうしました?警察に義理でも出来ましたか?」
「そういうわけじゃない。ただ、こっちの身の安全の確保に頭痛の種が生まれてな…」
「ふむ」
今どき珍しい万年筆などというものを、手慰みに指先で回していたゲイツの手が止まる。きっとろくでもないことを考えているのだろうが、ソファに腰掛けたままヤツの方を睨みつつ、出てくる言葉を待つ。
そうしたならば。
「……いっそお抱えになってしまっては如何ですか?その、蜉蝣の文太などという怪しげな男から身を守る盾くらいは用意してくれることでしょうに」
…思っていた以上にクソな提案が出てきた。
冗談じゃない。あのクソ野郎といつまでもつき合うつもりはこっちには無いんだ。とっとと決着つけて安寧な生活に戻りたい、ってのに、それが何だ。マフィアのお抱えになれだ?あのカマ野郎並に厄介な相手とつき合うことになるじゃないか。しかもこっちから縁を切ることが出来ない上に、先方から縁を切るイコールこちらの死、だ。
「おいゲイツ。それ本気で言ってるんじゃないだろうな」
「私はあり得ない話だと思っていますがね。ただ、先方からそういう話が来ているのも間違いではなく。いえ勿論あなたが受けるとは思わず、『ご冗談を』で済ませておきましたが」
「そいつはありがとよ」
「いえいえ。あなたは私の大事な金づるですから。手放すつもりはありませんので」
悪気無く言われたからといって気分の良い話ではない。ぶっ殺したろか、みたいな目で見てやるとわざとらしく肩をすくめていた。
「ゲイツのおっちゃん、アキコをいじめたらゆるさないよ?」
その代わり、同席しているピュロスが切歯扼腕しつつゲイツのデスクに迫っていた。
髪の毛をむしっちゃうよ?とかゲイツにとっては聞き捨てならないことを言いつつそんな真似をするものだから、ゲイツは慌てて頭を両手で抑えて宥めにまわる。
「い、いえリトルレディ、私は別にレディを虐めるつもりなどは…そんなことをしていたら幾つ命があっても足りない」
「りとるじゃないもん。ピュロスはりっぱなれでぃーです」
「はい、あなたはレディ・ピュロス。レディ・シンシアの立派な相棒。そうでしょう?」
「ん、よろしい」
チョロいことにそれだけでピュロスは機嫌を直し、私の隣の席に戻ってきた。私の仇討ちはどうした。
「…まあいい。で、話はそれだけか?仕事の件なら今回は手元不如意で請け合う時間が無い。そう言っておけ。ピュロス、帰るぞ」
「あい。じゃーねー、ゲイツのおっちゃん」
「お待ちを。本気なのですか?」
「ああ。実際やらなければならないことが多い。忙しいのは嘘じゃないからな」
大体、ざっと聞いた限りではマフィアの内部抗争の片棒担ぎじみた仕事だ。そんなものにうっかり首を突っ込んで、標的にした側が勝ってみたりしろ。次の日から私が命を狙われる番だ。
「お前ももう少しな、クライアントの意向をまとめてから話を持ってこい。成功しても失敗しても背中の危険が増える仕事なんざやってられるか」
「………」
ゲイツのため息なんざ珍しいものじゃないが、今回のはまた頗る本気らしい様子だ。結構クライアントにせっつかれているようだが、そんなもん他の業者に発注すればいいだけの話だ。この業界の怖さもまだ知らない、いい気になってる若手なら大喜びで請け合うだろうさ。
「……これは私の独り言ですがね」
「………」
そして部屋を出て行こうとした時、不吉さを覚える声色でボソリと言う。
古いアメリカの刑事ドラマを剽窃する、いつもの調子とは大分趣が異なった。
「アシッドレインの動向に手を焼いて、どうやら本気で潰すつもりらしいですよ、中華の連中は。今回の仕事はそちらと手を結んでいるらしい内通者を始末する、という意味合いもあるようで」
ドアノブを握った手に、我知らず力がこもる。少し力の向きを変えればドアノブごと引き千切ってしまいかねない。
「……それと、これは忠告です。ガリウスという組織は、ご存じでしょう?あれは警察に使われるだけで済む連中じゃあない。あまり警察に肩入れしたモノの見方はされない方がいいでしょう」
「………………そうかい」
「アキコ?」
我ながら殺気を抑えきれない言い方になっていたらしい。隣に並んでいたピュロスが少し怯えたように、こちらを見上げていた。
「なんでもない。帰ろうか」
「……うん」
顔を向けると目を逸らされた。なんなんだろうな、私は。
「仕事の件、出来ればもう一度ご検討を。先方には見積もり中と伝えておきます」
「返事なんざ変わらない。期待のルーキーにでも投げればいいだろう?」
「……無駄に死体を増やすつもりは無いんですがね」
後片付けが面倒なので、との酷薄なぼやきを背に、事務所を後にした。
セーフハウスに着くまでの雨の中、ピュロスは一言も話さなかった。
私は暗殺者。
この業界、しがらみの多いことではシャバとなんざ変わりは無い。




