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第49話・臥所

 「アキコはピュロスのあつかいが雑になったとおもうのです」

 「言葉は分かるが話の意味がサッパリわからん」


 そもそも家主をベッドの上で正座させて、その前に腕組みして仁王立ちになってる居候、という図は何か間違っていないか?倫理とか正論とかそういったもの的に。


 「ピュロスをほっといておしごといっちゃうし」

 「鉄火場に子供連れて行くヤツはいないだろう、普通」


 というか、荒事でなくとも子供をほいほい仕事場に連れてくというのもどうなんだ。常識的に。


 「さいきんはすっかりごはんもてぬきになりました」

 「元に戻っただけだと思うんだが」


 カレーと炒飯のローテーションは流石に私もご免こうむる。もともと料理は得意でも好きでもないしな。


 「……アキコはつったさかなにエサをあげないタイプ?」

 「人聞きが悪いな、おい。別に釣ったつもりはないぞ」


 むしろお前の方から食らいついてきたんだろーが、的な目付きで見てやったら、しらーっとした顔つきになって近付いてきた。

 何をするつもりかと思い、相変わらず正座のまま見上げていたならば。


 「えい」


 急にしゃがみ込んで目の高さを合わせると、私の顔を両手で挟んでから唇を私の同じものに、押しつけてきた。


 「………おい。どういうつもりだ」

 「…むー。ピュロスのからだをさんざんもてあそんで、あきたらポイ?」

 「とんでもないことを言うんじゃないっ!……その、一度だけだろーが」

 「また、したい?」

 「お前なあ…」


 間近にあるピュロスの顔は割と真面目で、ふざけたことを言って私をおちょくる様子には見えなかった。

 それだけに、からだがどーのとか言う意図が掴めず、腕を組んでピュロスが手を離した頭を傾げて考え込む。

 寝起きなのでタンクトップにショーツ一枚の姿だが、対面に座り込んだピュロスだって似たような格好だ。下着一枚にスモックのような厚めのシミーズを被ってるだけである。もちろんどちらも私が買い与えたものだが。


 「………寝る」

 「ねるなー!」


 いや、だってな。一昨日のアレでは結構疲れたんだよ。


 警察からの依頼で郊外のビルに忍び込み、そこにあったとある重要な機器に接触する、という任務は一先ず果たせた。少なくとも依頼主的には満足いく結果だったらしい。

 しかし、そこにあったのは標的たる電子機器だけではなく、私にとっては天敵と呼ぶのも拒みたい、だが先方はそれを許さないだろう存在もいた。

 何故だかは分からない。とにかく、奴は私に嫌がらせをするためなら手間暇惜しまないクソであり、少なくとも少し前の私であったら正体を失ってまんまとその謀に乗ってしまっていただろう。

 だが、そうはならなかった。そして、奴の私への「嫌がらせ」はそれだけに留まらなかった。

 私の家族とも呼べる神戸組に手を伸ばし、襲い、全てを血の海に叩き込もうとして、そして失敗した。今、私の被った毛布に「んしょ、んしょ」とか言いながら潜り込んでくるこの小さな少女の存在一つによって。


 「……何してんだ」

 「ん?だってアキコやすみたいんでしょ?じゃあピュロスもいっしょにねる」

 「………いいけどな」


 毛布の中、横になった私の顔の真ん前にピュロスの顔もあった。ごく近く。息づかいが鼻の頭で感じられるような距離。


 「きょうはちょっとさむいね」


 というか、二つの鼻の頭がくっついていた。

 私が使っているセーフハウスは、どちらかといえば半地下のような薄ら寒い部屋が多いが、今日のところは普通のウィークリーマンションの一部屋だ。冷暖房完備で寒いわけがない。ただ、何をするのも億劫でスイッチを入れてなかっただけだ。

 それでも春も大分深まったこの時期で寒い、ということなどないのだろうが、ピュロスの言う通り、確かに気温自体は高くはないのだろう。

 左腕のダイバーズウォッチに目をやる。十時を回った頃。腹も良い感じに減っている。


 「…そうだな。くっついていると丁度良い」

 「むぐ」


 何かを期待している顔だったピュロスがひどく愛しくなり、頭をまるごと胸に抱く。両手をその後頭部に回し、さして大きくも貧しくも無い乳房の間に埋めるようにして。


 「…アキコ、おなかすいた」

 「まあそう言うな。もう少しこうしていたい」

 「………んー、じゃあ、しかたないか」


 首を二往復捩って、収まりのいい位置を見つけると、ピュロスは間も無く寝息を立てて寝始めた。

 その吐息の音は妙に落ち着く。息苦しくないのだろうか、と思って少し体を離そうとしたら、「んー…」とか言って頭を押しつけてきた。これはこれで気分が良いのだろうな。


 「……お前は何者なんだ、まったく」


 神戸組での騒乱の際、ピュロスがどうしたのかは組の連中は誰も見ていなかった。本人曰く、本気出したら鉄砲の弾なんか全部弾いてしまう、らしいのだが。

 私と初めて会ったときの事を思い出すと、その言葉に偽りは無いのだろう。実際、襲撃者の四人が拳銃だのアサルトライフルだのをぶっ放した跡はしっかり残っていたのだから。

 その四人。寬次は散々渋ったが結局私の提言通り、通報で呼ばれて来た警察に引き渡したそうだ。

 伝聞系なのは、その時には私もピュロスもとっくに屋敷を後にしていたからだ。一応神崎には知らせて手を回してはもらったが、寬次も警察にコネのあるようなことを言っていたし、それなりに始末のつけようはあるのだろう。

 なら、もう私が心配してあれこれ気を揉む必要もない。今は、こうして私にしがみつくようにして眠る少女のことだけを思えばいい。


 「……誰だ」


 ベッドの上に投げて置いた携帯端末が短く振動していた。音など鳴らないように、スイッチを切っている間は何れの着信も知らせることのないように改造してあるものだ。

 今は…オフの時くらい、誰かからの知らせが入るようにはしてあるさ。私だって、独りでこの街に生きていたいわけじゃない。


 「ゲイツか。次の仕事だかなんだか知らないが…ま、顔を見せにいくくらいは構わないか」


 一つの事件は終わった。

 それが、幾つもの連なりある流れが気まぐれに浮かび上がったものだとしても、次に同じようなものが見えるまでは体も心も休めることくらい出来るだろうさ。

 そう思い、私はピュロスの温かく小さな体を抱きしめるようにして、いとけない寝息に自分の呼吸を重ねていった。




 私は暗殺者アサシン

 春が終わり、もうすぐ梅雨がやってくる。仕事には最適な季節さ。

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