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第48話・親娘

 ひとときはしゃいでピュロスは満足すると、不法侵入者どもを踏みつけて(何故か踏まれて嬉しそうだった)ヒトの山を降り、「おかえりアキコ」と私の腹に顔を埋めていた。選りに選って、グロックの弾の当たった鳩尾に鼻をグリグリさせる勢いで。


 「いってぇ……」

 「え?アキコけがしてる…っ?!みせて!ピュロスがなおしてあげる!舐めればなおるから!!」

 「やめんかアホ!……ケガはしてない。9mmを当てられたけどな、アーマーで防いだからアザにくらいしかなってな……だから何ともないから服を捲るなっつーに」


 借り物のフライトジャケットの裾をまくってそこに顔を突っ込むと、ピュロスは弾の当たった辺りをクンクン嗅いで探り当て、言った通りに舌で舐めていた。汗だのなんだので不衛生極まりないと思うんだが、何故か気持ち良くて…というか、あのホテルでの夜を思い出して身を固くしてしまう私だった。


 「んぐんぐ…アキコ、これでだいじょぶ?」

 「……ああ。楽になったよ。ありがとな」


 実際痛みが引いたかというと、気のせいレベルで痛くはなくなった気はするので素直に礼を言うと、ピュロスは「にぱー」と効果音が聞こえそうな笑顔になっていた。

 気がつくと神戸組の連中がこっちを見て微妙な表情になっていたが、知らん顔をしておく。


 「ま、冗談はともかくとしてだな」


 そんな中で真っ先に真っ当なことを言う寬次。私はともかくピュロスは冗談でやってるわけではないと思うが。


 「明子、そっちはどうだったんだよ。首尾は上々、ってえわけでもなさそうだが」

 「いやそれより何があったんだよ。大体想像はつくが、まさか無事でいるとは思わなかった」

 「……そうだな。とりあえず、コイツらをどうするか、だが」

 「セメントとドラム缶なら用意出来てやすが」


 組の中では若い方に入る厳二郞が、そのさらに下…といっても厳より若いのはケン坊の他に二人しかいないが…を連れておっそろしいことを言っていた。いや、庭にセメントの袋を詰み始めていた。用意が早いな。


 「ああ、チンも久しぶりだぁな。おい、テメエら。どこの回しモンだ。大陸のマフィアの差し金にしちゃあ随分お優しいカチコミじゃねえか」

 「ひっ……」

 「大人しく吐いておきゃあ…セメントを纏うのは死体になってからにしてやる。黙ってりゃあ、生きたままチンだ。知ってっか?溺死ってなあ、人間の死に方の中で一番苦しいらしいぞ?」

 「あ、あ、あ………」


 ピュロスに踏んづけられて喜んでいた男達が、そんな庭の様子を見て青くなっていた。というか、小便を漏らしていた。まあ無理もないな。本気でそうするかどうかは別として、セメントの袋という現物を見せつけられては、これから我が身に降りかかる不幸の現実と向き合わなければならないわけだ。

 あのオカマに何を指示されたか知らないが、ヤクザの組に殴り込みなんぞかけたんだ。無事で帰れるわけがない。


 「…話がある。場所を移そう」

 「だな。おめえが何をしてたかも聞いておく必要がありそうだ。おい厳、そっちは任せる。コイツらには知ってることを残らず吐かせておきな。あと精三は二、三人連れて近所にアイサツしとけ。騒がせて済まねえな、で構わん。まだ起きてねえならほっとけ」

 「へい」

 「分かりやした」


 非常識な指示を立て続けに下し、寬次は私とピュロスを連れて自室に引っ込む。途中でケン坊に熱い茶を持ってこい、と言っていた。こっちも一暴れしてきて喉が渇いていたので、便乗して冷たいものを頼んでおく。


 「ピュロスはねえ…」

 「こいつには麦茶でも出しとけ」


 ほっとくとパフェとかムチャクチャ言いそうだったので、代わりに注文しておく。ケンはあからさまにホッとしていたので、普段…というか、昨日から無理を言われてたんだろうな。スマン。




 「仕事を済ませたと思ったら、例のオカマがいてケンカ売ってきたので一発カマして逃げてきた。勝ち逃げ出来たはずなんだが、あの野郎負け惜しみだか最後っ屁だかでこっちを襲うよう指示しやがったんだな」


 部屋に入ってどっかと座り込むなりそう言った私だったが、寬次は不機嫌なツラで聞き逃せないことを言いやがる。


 「ほうほう、てぇことは儂らはおめえの不始末の尻拭いをさせられた、ってぇワケかい」

 「そういう言い方は無いだろ?ンな真似しやがるだなんて想像つくかよ」

 「やかましいわ。おめえがソイツをさっさと始末しときゃあ、こっちにも飛び火するこたあ無かったんだろうがよ」

 「なんだと?おい、それでもヤクザのつもりかよ。ヤー公がカチコミ食らって泣き言を述べるなんざ、笑い話にもなんねえよ」

 「うるせえ。儂らだけならまだしもピロ坊がいるのも分かってんだろうが。ちっとは責任てものを感じやがれ」

 「ああ?ピュロスのことなら『儂らに任せておけ』とか胸叩いて請け負ってただろうが。お前こそ言ったことに責任くらい持てってんだ」

 「論点をずらすんじゃねえよ、小賢しい。カチコミなんざ屁でもねぇが余計な手間増やしやがったのはてめぇのせいだ、っつってんだ」

 「屁でも無いってんなら別にいいじゃねえか。良い運動になったくらいのもんだろ?こっちは感謝されてもいいくらいだ」

 「おうおう、言うわ言うわ、くちばしの黄色い雛鳥がよう。なんだぁ?さっき部屋に飛び込んで来たときなんつってた?ああ、確か誰かさんの心配してるみたいなこと言ってやがったなあ…」

 「?!…い、言ってねえ!別に心配とかしてねえよ!!」

 「えー、アキコはピュロスのことしんぱいじゃなかった?」

 「お前は別に…心配するっつぅか逆に無茶しねえかどうかそっちの方が…っていうか、お前さっきの連中に何したんだ?」

 「おい、話を逸らすんじゃねえよ。明子よぉ、儂は多少は人の親として嬉しくなくはないぞぉ?いやあっはっはっは。まさか儂を親父と呼ぶ時が来るとはのぉ~」

 「あっ、ありゃあ他の連中が呼んでるのと同じ意味だっつーの!知らねえよ、そんなこたぁ……なんだよ、その顔は」

 「ん?まあなんつぅかな……くっくっく…」

 「テメエ!」

 「やんのかガキィ!!」


 いきり立って立ち上がる寬次と私だった。

 その間のピュロスは、というと…。


 「ふたりともなかがよくっていいね!」


 …などと、カルピスの入ったグラスを傾けながら言うものだから、私としては毒気を抜かれて黙り込むしかないのだった。




 まあそれで落ち着いて話をする雰囲気にはなったから、互いに何があったのか情報交換はスムースにいった。

 組が襲撃されたのは、時間としては私が現場を脱出したほぼ同時刻であったから、あの野郎は近くで四人を待期させていたのだろう。私を仕留め損なってすぐに襲撃の指示を出した、ということか。つくづくクソ面倒な真似をしやがる。

 いくらヤクザの組だからといって、こんな夜明け前に厳重警戒しているというわけではない。一度は車ごと門を突破してきた奴らに侵入を許してはしまったものの、そこは歴戦の…まあ、なんというか古強者揃いの神戸組だ。全員を奥に引っ込めて襲ってきた奴らを引き込もうとはした。

 だがそこにピュロスがいないことに気付いて助けにいこうと戻ったならば。


 「んふふふ、ピュロスねえ、みぃんなやっつけちゃった!」

 「やっつけた、っちうか襲ってきた野郎共のチャカを全部弾切れにしてたんだけどな。何があったんだか知らねえが」


 ピュロスを相手に全弾撃ち尽くして呆然としていたところを、寬次達にとっ捕まってあの有様だった、ということらしい。

 そういやさっきの部屋、流れ弾だかなんだかで酷い有様になってたな。全部弾き返したのだろう。私との初対面の時のように。本当に得体の知れない奴である。


 「しかしよぉ、チャカだけじゃなくてライフルも持ってただろ?それも全部スッカスカになるとか一体何をしたんだピロ坊よ」

 「ん?んー、ピュロスがほんきだすと、ピストルのたまなんかキンカンキンカンてしちゃう」

 「ワケがわからん。まあ無事で良かったよ。明子との約束を破るわけにもいかねえしよ」

 「………おう」


 そういうことをマジな顔でいわんで欲しい。照れる…じゃなくて反応に困るだろうが。


 「…で、もう一つ問題があんだがよ」


 それは言った方も同様なのかもしれない。酔った時に希に見せる、後ろ頭を掻く仕草をしながら寬次が切り出した。


 「あの連中はどうすんだよ」

 「あの連中?」

 「カチコミかけてきた阿呆どもだよ。チンするだのなんだの言ったが、本来はおめえの仕事の関係だろが」

 「……そうだな」


 蜉蝣の文太とかいうクソの手下と思えば同情する気にはならんが、かといって簡単に始末してもアイツに何のダメージも与えられはするまい。アレはそういうヤツだ。

 それと何よりも、看板を下ろすと決めた寬次達にあまり血なまぐさい真似をさせたくない、という気持ちもある。ピュロスがさして気にもとめてないこともある。

 となれば、一番効果的なのは…。


 「普通に警察に引き渡せばいいんじゃないか?」

 「あん?おめえ、正気か?ヤクザが殴り込みかけてきた相手をサツに突き出したりしたら、いい笑いモンだぞ」

 「別にいいじゃないか」

 「おい」


 俄にヤクザの顔に戻った寬次が凄む。そりゃあヤクザの理屈としちゃあ分かる。けどな。


 「もう、看板下ろすつもりになったんだろ?なら切った張ったでカタをつけるより、善良な一市民として真っ当な対応をした方がいいだろ。まあ善良な市民は武装した強盗を返り討ちにしたりしないだろうけどさ」

 「……誰に聞いた」


 血気に満ちた怒気を収めると、急に老け込んだ感じになる。あまりこの親父のこんなツラは見たくないんだがなあ。


 「精三だよ。こないだ来たときに、な」

 「あんの野郎、明子には知らせるな、っつっただろうが……」

 「あまり精三を責めるな。あいつは私を除け者にしたくなかっただけなんだろうし」

 「儂はそういうつもりで黙ってろ、と言ったわけじゃねえ」

 「分かってる。それに、私の事情もあるからな」

 「何がだ」

 「あのカマ男に対する嫌がらせなら、これが一番効果的だろうから、さ」

 「………なるほどなあ」


 渋い表情で寬次は腰を下ろして胡座になり、アゴを撫で回して納得顔。話が早くて助かる、というものだ。

 となると、問題は、だ。


 「…じーちゃん。やくざのひとやめるの?」

 「………まあなあ」


 ピュロスの反応が読めないんだよな。ヤクザというものがどういうものか分かってないだろうし…。


 「やくざをやめるとどーなるの?」

 「……どうなるんだろうなあ。儂にもよく分かんねえやな」

 「おい。それでよく看板下ろす云々言う気になったな」

 「仕方ねえだろ。いろいろと、潮時だろうなあ、って気になっただけだしな」

 「いろいろ、って何だよ」

 「……まあ、ウチも若いのはケンも入れて三人だ。やり直す時間はあるだろうが、それにしたって簡単じゃねえだろ。あいつらがまだやり直せるうちに、ってのもあるが…ま、おめえが一人前になれたようだからな。それを見届けられりゃあ、もうこんな稼業に未練はねえよ」

 「………何言ってやがる」


 ついこの間まで半人前扱いしていやがったくせに。


 「ピロ坊がどんな子供なのかはいまだに分からんけどよ。おめえが守ってやりたい、ってえ存在をウチの外で見つけたんなら、それで一人前ってことにしてやるさ。それが無けりゃあ、どんなに世渡りが上手く出来ようが危なっかしくて見ちゃおれん」

 「…つまり、アキコはピュロスのまもりがみ?」

 「お前はどちらかというと私の財布の疫病神、だけどな」


 なんてこというの!…と座布団で殴りかかってくるピュロスだった。

 でもまあ、急に老いてしまったかのような寬次の様子は少し心配だが、此奴に…親父に、一人前だと言われるのはそう悪い気分じゃない。なら、家族としてはその選択を尊重したい、というものなのだろう。


 「それで、これからどうする。看板を下ろしたからってその日から堅気になれるわけでもないだろう」

 「サツにはそれなりに根回ししとる。相談に乗ってくれる奴もおる。なんとかやっていくさ」

 「……そうか」


 懸念があった。

 神戸組が私のアキレス腱だと認識しているヤツと敵対している以上、今日のようなことがまた起こらないとは限らない。

 寬次が、神戸組がヤクザを廃業するというのは、私には少し寂しい話ではあるが当人たちが納得して選ぶ道なら否も応もない。身内としてはその先を健やかに過ごせるよう、願うのみだ。

 ただ、願うばかりでは…きっとどうにもならない。今すぐではないにせよ、蜉蝣の文太を名乗って私を付け狙う…ゾッとしない話だが…男をどうにかしないと、その願いは無残な結果に終わる。恐らく。


 「……だったら、私は私にしか出来ないことをやるさ」

 「……そうかい。悪いな、苦労をかける」

 「耄碌した親父を介護するのは子の役目さ。気にするな」


 生まれは怪しく、長じては人殺ししか能の無いクソったれに育ったわたしだが、それでも娘と呼んでくれる奴はいる。ありがたい話さ。だから、それは本心からの素直な申し出だったのだが。

 ……だったのだが。


 「イデデデデっ?!お、おいなんでいきなり間接極めてくれるんだよっ!!」

 「ド喧しいわい。だぁれが耄碌したって?一人前と呼ばれて浮かれてるウチはまだまだだな、バカ娘が!」


 柄にもなくしんみりしてしまったところに、後ろに回られて突き倒された挙げ句、両足を足で極められていた。いわゆるサソリ固め、というヤツだった。


 「待て待て待て!おい、ここは双方共に穏やかに話が済んで酒でも酌み交わすところだろっ?!」

 「がっはっは!儂は出来の悪い娘に参ったをさせて呑む勝利の美酒、ってやつがお好みじゃい!」

 「そんな話で喜べるかドアホ────っ!!」


 喚いているうちに、自分の足首の位置がまた一段と高くなる。当たり前の話だがそれに連れて痛みも加速して増していく。

 折角生きて仕事を終えられたのに、帰って来た家で骨を折られるとか冗談にもならないだろうがっ!!


 「お、おいピュロス……っ、こ、この話の通じないクソジジイをなんとか……」


 頬に畳の跡をこさえながら助けを呼ぶと、愛しの幼女は私の隣に伏せて顔を並べ、こう聞いてきた。


 「アキコ、ぎぶ?ぎぶ?」

 「するかアホっ!……じゃなくてイデェっ?!」

 「あーん?何だってえ?弱えヤツの泣き叫ぶ声は耳に心地ええのぉ~明子よう」

 「誰が弱い……ああ分かった分かった!弱いのでいいからもう離れろクソったれ!」

 「聞こえんなぁ~?そうかそうか、まだ参ったをせんのか。見上げた根性じゃのう。我が娘ながら天晴れな気概よ。どれ…」

 「褒めながら出力上げんじゃねえこの…」

 「この?なんじゃ?ほれ、言うてみい。オラオラ」

 「あ痛デェッ?!…わか、わかった、お、親父……いやお父さま!これでいいかクソジジイ!!」

 「ガハハハハ!なんか気持ちええからもう少し言わせてみるわ!」

 「ザケんじゃねえっつ────んだァッ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「アキコ、うるさーい!」


 七十間近のジジイとプロレスごっことか、一体何をやってるんだ、私は……。




 私は暗殺者アサシン

 しかも負けてるし…クソ。

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