第47話・闘争
プランB。
こちらの侵入がバレた際は、目的が指令を出す端末だと知られることを極力避けるべく、他の目的をその場ででっちあげること。
簡単には言うが、どう考えても無茶な話だ。聞かされていた限り、この建物にある重要ポイントはその端末だけ。侵入者の目的イコール指令端末。誰が考えたってそうなるだろう。
ただし、あのオカマがいるとなれば話は多少違ってくる。それなりに重要なポジションにいて、しかもこちらは一度暗殺を試みているわけだ。ソイツを狙って侵入した…というのも話として成り立ちはするが、ただ対面した時の交渉の進め方次第、というところはあるからな。
…などと考えながらゆっくり進んでいると、音の割れた天井のスピーカーが聞きたくもない気色悪い声を鳴らしていた。
【ほぉらほら、早くしないと帰っちゃうわよ。コッチはあなたに話したくてウズウズしてることがあるんだからぁ、なるべく待っててあげたいけどぉ…これでも忙しい身なのよねん。急いでねぇ、シンシアちゃぁん】
勝手なことを言いやがる、と思いながら警備ドローンをまた一台潰す。センサー類の充実の割には迎撃用の設備が足りてないらしく、トラップの類は見当たらないが、足止めが出来れば充分、とでも割り切ったのか、安価で動き回る自動警備機器に結構な頻度で邪魔をされている。
「……っ?!」
「いたぞ!」
その中に時折人間も混ざっているのは当然のことだ。腕の方は精々が薬屋の用心棒程度のようだが、銃はしっかり持っているので無視するわけにもいかない。三階に登る階段が視界に入る廊下に出たところで、先の部屋から現れた二人組の男に鉢合わせし、慌てて曲がった角に戻る。
「追え!」
いや、こんな状況で追いかけてくるとかどんな素人だ。
といってこんな騒ぎになるとは思っていなかったから、待ち伏せ用の装備など持ち合わせておらず、賑やかに接近してくる二人分の足音を待ち構え。
「いた…」
「ひっ?!」
顔を出すや否や、四〇式の5.56mmを一人目のツラに叩き込んだ。目の前を走っていた男の顔が血と脳漿に塗れたのを見た続く男は、伏せ撃ちの体勢になっていた私に気付くこと無く同じようなことになる。腕も無ければ注意も足りない相手で助かった。
角の向こうに三人目がいないかどうか、耳を澄ませて確認すると、立ち上がって弾倉を交換。まだ二発残っているハズ。ただ、余裕のあるうちに換えておいた方がいい。
それにしても、この四〇式はサプレッサーを一体化した特殊部隊向けタイプとはいうが…発砲音がどうにも気が抜けるな。まあ消音器を通した音はどの銃もそんな感じなのだが、コイツのはなんというか、戦場にいるということを忘れそうな響きだ。私は別に軍人でもなんでもないが。
【…あと一階ねぇ。そこから先は大した警備も無いから安心して上がってきなさいな】
そんなもの信用出来るか、ドアホ。
一方的に言いたいことだけを伝えてくる館内放送を無視し、慎重に階段の下に取り付いた。
廊下の天井は点検口も無い。構造的に潜り込むほどの高さもない。隠し構造だのこっちが入手した建築図に間違いでもあれば話は別だが、私の得意技で襲われる心配はそれほど無いと思う。
(ったく、フラッシュバンの一つでも持ってきていれば多少は楽だったんだが)
無いものを嘆いても仕方ない。上階の様子を伺いながら慎重に階段に足をかけた時。
【はやく、はやくぅ~】
(…っ?!……あ、あんの根性腐れがぁぁぁぁぁぁっ!!)
…突然照明が落とされた。あの野郎、狙ったようなタイミングで嫌がらせしやがって!!死なす!絶対に今日この場で死なしてやる!!
「おそいわよん」
「クソ喧しいッ!テメェあれだけ妨害してくれやがってなぁにが『はやく、はやくぅ』だ言うこととやってることが違い過ぎるだろうがこのドグソ!!」
…もう思い出すのも嫌になる。何が大した警備は無い、だ。指向性地雷にオートガン、一瞬毒ガスかと焦らされた発煙筒に釣り天井。思わず血迷ってガリウスに施された教育に感謝するくらいに、引っかからなかったのがラッキーなトラップの山だ。確かに二階までにあったような役立たずのドローンや警備の人間こそいなかったがな、仕掛けた奴の性格の悪さがこれほど伺える罠もそうそうあるまい。
「お気に召さなかったかしら?アナタが来ると知ってアタシがこさえた歓迎の趣向なんだけどぉ」
「……ああ、納得したよ。この部屋の悪趣味っぷりも含めてな」
「あら、コレが一番手間かかったんだけど。残念ねぇ」
ここまでやって来てみろ、と大口を叩いたカマ男の指定は三階の角部屋、などというざっくりしたものだったが、そこに辿り着くのにかかった苦労はともかく、階段から一番遠い角だろうという予想に違わない素直さだったと言える……電子ロックを5.56mmで粉砕して飛び込んだ時に愕然としたことを除けば、な。
「懐かしがってくれると思ったのだけどねえ」
「お前本気でそう思っているのか?この拷問部屋としか思えない装丁でか?だとしたらお前は生まれる星を間違えてるな。クトゥルフの小説の中にでも生まれた方が良かったんじゃないのか?」
そう。あの、忌まわしいガリウスで私が過ごした時に見た眺めそのものがそこにはあった。いたぶられる子供をご丁寧に蝋人形で象ってまでいた。よく見たら私のガキの頃に似て無くも無い。腹が立ったので弾倉の残りをぶち込んでやろうかとも思ったが、止めた。無意味もいいところだ、そんな真似をしたところで。
「で、そこまで周到に私を待ち構えて何がやりたい。嫌がらせをしたかっただけ、などと言わないだろうな」
思えば私の前でこのカマ男が武器を持っているところを見たことが無い。今も同じように、トレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま立っているだけだ。コートの下がどうなっているのか、ポケットの中に何が仕舞われているかは分からないが、見たところ無手のようには思えるのだが。
「………」
ソイツは拍子抜けしたような、あるいは熱情が冷めたかのような、ポカンとした顔になって私を見下ろしていた。カービン銃の先を向けられてそこまで無関心でいられるクソ度胸は称賛にも値しようが、まさか本当に私が撃たないとでも思っているのか?
「おい」
四〇式をついと突き出し、呆けた男の表情でも変えてやろうかとした。
目が合う。薄暗い部屋の中でも自分に向けられた銃器の正体は掴めたのか、予想を違えてこんなことを言う。
「…アンタ、陸軍の支援受けて来たの?」
「ふん、お前と違って友人に恵まれているからな。ありがたい贈り物さ。すぐにでもお前のクソ汚いツラにぶち込みたくてウズウズしてる。コイツを贈ってくれた友人もそう願っているだろうさ」
「……そいつはまた二重にガッカリだわ。子供殺しのシンシア・ヴァレンティンが軍の狗に成り下がってるだなんて。ああイヤだイヤだ。アタシを徹底的に燃えさせてくれるオンナなんて、この世にはもうアンタしかいないと思ってたのに」
「ああ、それは嬉しい話だ。お前に嫌われるだなんて生まれて来て本当に良かったと思うよ。だからそろそろ死んでくれないか?」
「……っ?!」
トリガーガードから指を外し、引き金を引くまでの間など、時間と呼べるほどの間隙ではあるまい。
だがそれでも、ヤツは察知して身を翻し、私の放った鉛玉がその顔面の場所に達する頃にはそこは空気だけになっていた。弱総弾が災いしたか。
(疾い!)
舌打ちしながら感心する。と同時に反撃に備えて狭い部屋の中、姿勢を低く保ったまま移動。幸い物陰には事欠かない。インドアアタックというよりも近接銃撃戦の間合い。
「このアマァ!」
陳腐な叫びを上げたヤツの方を見る。ポケットから出された両手のそれぞれには、特徴的な直線フォルムの自動拳銃が一丁ずつ。グロック。瞬時に判断。とこちらに向けられた二つの銃口から、拳銃弾が絶え間なく放たれた。マシンピストルとは無駄に派手好きなヤツだ。
「人の話の途中に撃つなって教育受けてないのアンタはっ?!」
「ハン、ガリウスの連中は教えてくれなかったな!恨むならお前の仲間を恨めばいいだろ!!」
倒されたテーブルの陰でカービン銃の弾倉を交換。三点バースト…いや、指切りの方がいいか。セレクターを「レ」にセット。
「シンシアァッ!」
倒れたテーブルの上から銃口を出し、ご丁寧に位置を知らせてくれる阿呆に向けて一射。当たるわけが無い。ただの牽制だ。
本命は。
ピンを抜いて二つ半数えてから放る。ほぼ同時に爆発音。金属製のテーブルのそちこちに破片の刺さる物騒な音が同時に聞こえる。
万が一に備えて一つだけ持ち込んだ手榴弾だった。最悪自決用、とも思っていたが、こうなるんだったら殺傷用にフル装填したものを持ってきておけば良かった。
「Son of a bitch!!」
残念、息子じゃなくて娘だよ。親もヤクザだしな。
あとお前日本生まれの日本育ちだろ、と呟きながらテーブルの陰から身を投げ出す。と同時にグロックのフルバースト一弾倉分が憐れなテーブルに叩き込まれていた。
飛び出した勢いを右足で踏ん張って体勢を整え、四〇の銃口を、まだテーブルにグロックを向けていたカマ男の半身に向ける。躊躇なく三連射。命中。腹から上に。
「ギッ?!」
悲鳴をあげる余裕があるのか、と天晴れに思ったのだが……。
「イデェ…イデェなぁぁぁぁぁこの腐れマンコがぁぁ!!」
「なっ?!」
ズタボロになったコートの下に、金属製の防弾プレートが覗いていた。表面加工の様子から見るに、恐らくは人間用のものではなく車両の追加装甲用。そんなもん体に貼り付けてまとも動けるのか…と一瞬唖然としたのが災いした。
「やっぱアンタは最高よォォォォッッッ!!!」
反対側の手に持ったグロックがこちらを向く。ヤバい、と思った瞬間、グロックのマズルフラッシュに眩惑される。
体が動いたのは本当に本能だった。四〇を顔の前にかざし、ボディはスーツの下のアーマーに任せる。同じところに二発食らったらお終いだが、一発当たったら終わりの頭だけでも守れれば……。
「……ッ!」
それでも、本当に幸運なことに、グロックの弾丸は一発が鳩尾のところでアーマーに防がれ、あとは首元を掠めただけだった。
手榴弾、5.56mm弾、その双方に苛まれたカマ男の狙いは外れ、人外みたいなナリのヤツでも痛みくらいは感じるのか、と安堵する間も無く、私は出口に向かって一目散。
「逃げるのカッ?!」
逃げるに決まってるだろ。こっちは目的はとうに果たしているんだ。これ以上こんな異常なバカにつき合ってられるか。
腿のホルスターからSIGを抜いて、振り向きもせず弾倉を空にする。それが終わった頃には既に廊下を駆け出していた。
背中越しに今出てきた部屋を見る。追ってくる様子は…まあ、無いな。部屋を出て血塗れの顔を片手で覆ってこっちを睨んではいたが。
私は来た道をそのまま駆けて、最短時間で一回に到達。
外の支援車は避難しているかもしれないが、外に出れば無線が使える。なんとかなるだろう…と、ドローンを一台ガラクタに変えてやった時だった。
【シンシア、聞こえるッ?!】
…まだあのクソ声を聞かされるのか。ウンザリしながら、耳を塞ぐわけにもいかず、走りながら拝聴する。まあ、どんな負け惜しみを聞かされるのか正直楽しみではあった。
【アタシは警告したハズよねぇ…これ以上首を突っ込むな、って。それを無視した報いよ。アンタから奪ってやる。アンタの大事にしてるものを奪ってやるからッ!】
…?何を言ってる。ヤツは、何のことを言ってる?
【大事な大事な…アンタの家ってヤツをさぁッ!この、アタシが滅茶苦茶にしてあげるわ!さあ…家族の死体に取り縋って泣いて、それが終わったらまたアタシを殺しに来てみなさいッ!ガキ殺しのシンシア・ヴァレンティンッ!!】
……そして、放送は途切れた。耳触りな、プツン、という音と供に。
家族?私の家族…?おい、まさかそれって……っ?!
走るスピードを最大限に上げる。
外に出た。日付が変わってしばらくした頃に突入したから、今は東の空がほの明るくなりつつあるところだ。
夜明けの冷たい空気を楽しむこともなく、背負ったカービン銃を気にすることもなく、胸ポケットから無線機を取りだしスイッチを入れる。通話可能のサインが出るのももどかしく、支援車を呼びだす。
「フェアリー!こちらゴースト!」
『聞こえてる。何があった』
「すぐに迎えに来い!今出たところだ!」
『了解』
無線機の向こうが俄に慌ただしくなるのを聞きつつ待つこと十数秒。
電気工事の車両に偽装したバンがけたたましくタイヤを鳴らしながらやってきた。
停車する前にドアがスライドして開き、私はそれに飛び乗ると車は停止することもなくスピードを上げた。
「どうなった」
「依頼は果たした。余計なおまけがついたけどな。あと、頼みがある」
「頼み?」
「家まで送ってくれ!大至急」
訓練所で渡された装備を丸ごと後部座席の隣に座っていた男に押しつけ、私はもう使い物にならなくなったスーツと防弾アーマーを脱ぎ捨てた。
火傷跡の残る肌が顕わになると、隣の男は慌てて目を逸らしていた。悪くない反応だが、今はそれどころじゃない。
「ここでいい!」
道すがら今神戸組がどうなっているかを聞かせると、支援車の中の連中は「任せろ」と可能な限り飛ばしてくれた。
そのお陰でパトカー並とは言わないまでも、考えていたよりもずっと早く、見慣れたご近所の風景の中に到着した。朝と呼べる時間にはまだ早かった。
「済まん、後は頼む!」
「待て、ゴースト」
「何だ!」
こっちは急いているというのに、落ち着いた声で呼び止められて苛立つ。
車のドアを手動で開こうとしていた私は、振り返って怒鳴ったのだが、顔の前に差し出されたものを見て面食らう。
「持って行け。物騒なんだろう?」
ついさっきまで私の腿に止められていたSIGだった。マガジンも二つ添えられている。
「……助かる」
「いいさ。用が済んだら返してくれ」
「ああ」
大人しく受け取り、着替えたフライトジャケットのポケットに突っ込んでおく。
あとは互いに言葉を交わすことも無く、私は車を降りた。
到着した時とは違って常識的な速度で去って行く車の姿に一度目をやり、ここから数十メートルと離れていない神戸組の屋敷に歩を向けた。
あのカマ男の行った通りであるなら、屋敷は襲撃され、そして……。
「…クソ、頼むから無事でいろよ!」
周囲を警戒しながらも、小走りに駆ける。焦りで目眩のように歪む視界が神戸組の看板の掲げられた門を捉えると、そこには車でも突っ込んだのか、無残に破壊された木製の扉の残骸があった。
「!!…間に合わなか……くそ、親父!ピュロス!みんなぁっ!!」
SIGを両手に構え、注意などする余裕もなく門を潜る。
その先にあった光景は、門をぶち破ったらしき車を除けばいつも通りであり、銃声も叫び声も聞こえない中では一仕事終えて帰って来ただけかのような錯覚すら覚える。
だが、そんな場合じゃあない。家族の無事を祈りながら、けれど逸る気持ちから土足のまま土間を上がって廊下を駆けた。
そして奥から物音。人の声。助けを呼ぶ声にも聞こえたそれを耳にし、私は青くなった顔のまま、屋敷の奥の、一番の広間の襖を開けた。そこに見えたのは。
「親父ッ!ピュロス!精三!……厳、ケン坊!!………………………………………おい」
「あははははー!ピュロス、つよい!!」
「がははははは!老いさらばえたとてこちとら屠龍と呼ばれた剛の者よ!この程度の人数でウチを襲おうたァ、千年早いわっ!!」
「………………なんだ、これ」
……ふん縛られた男が四人、山になり、その上に登って大いばりしてるピュロスと。
「「「ははー」」」
「ははー……おお、姐さんじゃねえですか。随分遅い到着でし…あいでぇっ?!……な、殴ることないじゃないですかっ?!」
上機嫌のピュロスを讃えるように、拝跪伏座している、ヤクザの構成員だった。
私は暗殺者。
………だよな?




