第45話・暗黙
『3メートル先に反応、赤。送れ』
「…コンタクト」
『反応移動中。待機』
「…………」
『………』
「………」
『クリア。進め』
いくらこっちの目が使えないからといって、この場にいない奴の指示に完全に従って行動するというのはひどくストレスが溜まる。
言われて想像し、訓練もさせられた。が、実戦でやるのとでは全く話が違う。愚痴をこぼすことすら許されない…というわけではないにしても、機械みたいな反応で出される指示を相手にしたのでは無駄口を叩く気にもならない。これならセーフハウスの神崎と具にも付かない文句の言い合いでもしてた方がまだマシだ。
『5メートル先。反応、青。送れ』
「………」
『ゴースト。送れ』
「………ネガティブ。アウト」
『反応、ロスト』
「………」
『クリア』
「………」
アクティブ系のセンサーは一切使えず、ヘルメットに装着したパッシブセンサーの情報を有線で送った先で出される指示のままに動く。くそ、こっちは機械じゃないんだ。言われた通りに動け、ってだけならSATの連中でもよこした方がマシだろうが。
『クリア。進め』
「………」
音響、非可視光線、光学。全ての目が潰された中を這って移動することを続ける。もうすぐ二時間。まともな神経の人間だったらとてもやってはいられないだろう。
ドローンマシーンの侵入を想定して心音センサーを設置していない、というだけが救いの暗い通路を、私はカービン銃を抱えて匍匐前進。あと一体何分…何時間これを続けなけりゃならないんだ。
だが、一つだけ良いこともある。こんなクソ面倒な依頼を寄越した馬鹿野郎に、直接文句を言ってやる。その怒りがある分、我慢のしがいもある。それだけだ。
『ゴースト。送れ』
「…コンタクト』
コールサインの呼び出しの後の指示へ、短く返答。呟きのような返事の後に「クソったれ」と心の中で付け加える。毎度毎度やってはいるが、飽きることなく…いやとっくの昔に飽きているが、巡回をやり過ごし、毎分五十センチほどの前進を続ける。ああ、いい加減嫌になってきた。いっそ立ち上がって駆けたなら数十秒で到達出来る距離だろうに。
『クリア。進め』
「………」
生き残ってやる。成功でも失敗でもいい。絶対に生き残って、こんなクソな作戦を立案したバカをぶん殴ってやる。
それだけを望みに、感情のない声の支持通りに動く。クソッタレめ。
・・・・・
「灯り無し。熱感知、音波反響ダメ。赤外線もセンサーで見張ってる。無線もシールドされてる上に傍受の可能性もあるから使うな、だって?これでどうやって侵入しろってんだ」
というか、それ以前に中に入ってる連中はどうしているんだ。真っ暗闇の中を平気で過ごしているとなると、もしかして相手は人間じゃなくて深海魚なのか?
「お前のジョークは時々最悪にツマランな。そんなわけがないだろうが。外部の侵入者対策だ。もともと最小限の警備の人間を除けば大した人数が出入りしてるわけじゃない。必要のない時は照明を落としているってことらしい」
「ふーん。今日日の悪党は節電にも余念がないというわけか」
そんなわけあるか、と本気でつまらなそうに言われたのは面白くないが、忍び込む側としては面倒な話だ。
侵入者対策が念入りに施された施設に侵入し、指定された端末の外部端子に、持たされたメモリを挿す。
そういう任務なのは理解したが、その侵入者対策ってのが随分偏執的で、まず灯りなど以ての外。
熱源については巡回に回っているのは陸上徘徊型のドローンが八割方、ということらしく、赤外線監置型の暗視装置もあまり効果が無い。一応は持たされたが。
音響関係は、こっちから何かを発して反応を捉える系のアクティブなセンサーは察知されるので不可。
光学増幅系の暗視なら流石に使えるだろうと思いきや、そちらも対策として極超短時間の、人間の目では違和感を覚える程度のフラッシュが不定期に瞬いていて使い物にならない。
それならインセクトドローンにでも潜入させりゃあいいものを、それだと目的地には辿り着けても目的を達せられない。
結局、人間が向かわないと何も出来ないわけで、熱源探知対策としてアンチセンシングスーツを着込んで慎重に進むしかない、となる。
「ついでに言えば、無線通信も使えない。だから現場の判断だけで事を進めなけりゃならんのだが、判断材料になるセンサー類が全く使えない」
「詰んでるじゃないか。もう面倒だから巡航ミサイルでもぶち込んだ方が早いんじゃないか?」
「郊外とはいえ住宅も近くにある場所でそんな真似が出来るか、アホ。そもそもこの仕事の目的は、施設内部にあるスタンドアロンの端末に虫を仕込んでくることなんだぞ?入れものごとお宝を粉砕してどうする」
「知るかそんなこと。というかだな、そんな重要な仕事をフリーの仕事屋なんかに任せていいのか?SATでも投入する場面だろうが」
「警備部の上が厄介なんだよ。独断で現場にさせようとしても理屈がつかん」
「………」
神崎は口を濁していたが、寛次とした話から推測するに、SATを管轄する警備部の上層部だか管理職だかがガリウスとの繋がりを持っている、あるいは関与を疑われている、というところか。となると、こっちに仕事を寄越しているのは公安か?あり得る話だが。
「条件は分かったがな。今からでも断っていいか考えているところだ。目どころかバックアップも無しに出来る仕事じゃない」
「いや、バックアップなら可能だ。標的の警備システムだがな。間の抜けたことにこっちはネットに繋がっていて掌握済みだ。こちらから操作は出来ないが、警備情報は覗ける」
「本当に間の抜けた話だな。で?」
「警備の巡回情報を通知する。コントロールは受け持つから、お前は指示通りに動いてくれればいい」
「無線も無しにどうやってそれを伝えるんだよ」
「無線が使えないなら決まってるだろ?有線でやるんだ」
「……正気か?」
「正気かどうかは知らんが、上は本気だ。光ファイバーのケーブルを引っ張っていく」
「ロープで繋がれたまま物騒な建物にお散歩というわけか。やってられんな」
「お前の安全を保証するためだ。で、訓練の話だけどな」
「訓練んんん?要るのか?そんなもん」
「条件が悪すぎる。陸自に協力を仰いだ。事情は聞かずに、やってくれるとさ…って、そこまでうんざりするような話か?」
「いや、陸自と聞いて以前のメシを思い出しただけだ。悪気は無い」
「以前の?そういやお前放出品のレーションが主食だったな。今は違うのか?」
「どうでもいいだろう、そんなこと。それでいつやる」
「明日から訓練に入る。三日で形にしてくれ」
「………分かったよ」
…それを最後に使い捨てたセーフゾーンを後にし、私はピュロスを神戸組に預けにいったのだった。
「………」
ここしばらく、指示を送る声はなかった。五分ほどか。
ペースを守って暗い通路を這っているが、陸自での訓練の賜物か、目と耳と鼻という自前のセンサーだけでもまあなんとかなっている。
実行前に頭に叩き込んだ見取り図からすると、あと十メートルというところ。そこまでいって侵入を完了させれば作戦の五分の一は終わったことになるだろう。
ちなみに残りの五分の四のうち、五分の一はメモリをセットするところ。最後の五分の三は無事に帰ること、だ。遠足は家に帰るまでが遠足です、と校長先生も言っていただろう。学校なんぞに通ったことはないが。
(いや、この間の訓練施設は学校のうちに入るのか?確か特戦群の隊員養成施設と聞いたが…って、よく考えたら特戦の連中に任せた方が早いんじゃないか、この仕事)
改めて、手の中の四〇式カービンの存在感を思い出す。警察の装備ではなく陸自の備品だった。卒業証書代わりだ、と言われて持たされたのだが、どうせこれも警察の手が回ってるんだろうな。装備の管理に厳格な自衛隊が、私のようなフリーにこんなもの寄越すハズも無い。
『ゴースト、無事か』
そんなことを考えていたら、有線通信システムの向こうから久しぶりに声が聞こえてきた。妙に懐かしく思えて、口元が綻ぶ。我ながら呑気なものだ。
「ああ。トイレにでもいってたか?」
『いや』
この作戦が始まって以来、無機質な単語のやりとりしかしていなかった奴さんの声に、おかしそうな響きがあった。
直接顔を合わせてもいないし短い間だけであるのに、命綱を預け握る関係にあって妙な共感でも生まれたか。
『この先、警備ポイントはない。ケーブルを外して侵入しろ』
「了解。今日一番の知らせだ」
『……気をつけろよ』
「言われるまでも無いさ。じゃあな、次に繋いだ時は明るい場所だといい」
『だな。成功と無事を祈る』
ありがとよ、とはヘルメットからケーブルを外した後に呟いた。こんな会話でも記録されていると思うと恥ずかしくてやってられない、というものだ。
私は暗殺者。
暗がりに潜み、光を目指す。




