第43話・探索
「じーちゃーん!きたよーっ!」
つい一時間ほど前、物騒なオカマに脅され震え上がっていたことなどおくびにも出さない喜色満面の笑顔で、ピュロスは門をくぐっていった。ここがヤクザの組などでなければ、相も変わらず年末年始に各地で繰り広げられている微笑ましい光景、というべきものだった。
そんな背中を見送り、いくらかは感慨を持って神戸組の門塀を見上げる私に、昔ながらのパンチパーマのヤクザルックに身を固めた厳二郞が声をかけてくる。
「お嬢、えらくご機嫌なようで」
「何処をどう見ればそう思えるんだ」
「何処、ってぇそりゃまあ……こちらに向かってくる時の足取りから今のお嬢のお顔といい、何から何まで、ですかねぇ」
「バカ言うな。耄碌する歳でもないだろうが、ゲン」
「なあに、お嬢はあっしにとっては妹みてえなもんでさ。それがお嬢の機嫌を見紛うはずもねえってもんです。今のお嬢は、割と幸せに見えまさあ」
「あのなぁ、妹ってのも簡単に頷けないけどな、幸せってのも……」
「ほら、あっしに構ってねえで。ピュロ坊が待ってやすぜ。さっさと言っておやんなさい」
「お、おい」
最初にこの屋敷に連れてこられた時から知っている厳二郞に妹呼ばわりされるのは正直悪い気分ではなかったが、かといってそれを素直に喜べる身でもなく、文句の一つでも、と顔を向けたのだが、厳二郞のヤツは悪相なりに柔らかい笑みなんぞ浮かべつつ私の背中を叩いて、言った通りに玄関でこっちを見ていたピュロスの方へ押しやる。
「文句なら後で聞きまさあな。さあ、親父も待ちかねてますんで。どうぞ」
「……本当に後で覚えてやがれよ、ったく」
仕方ない。確かにまずは寛次に確認しないといけないこともある。旧交を温める、なんてのは後にするしかないか。いや、厳二郞とゴチャゴチャ言い合うのがそんな長閑なモンのわけもないが。
文句を呑み込んで玄関に入ると、先に靴を脱いでいたピュロスが待っている。上がったのなら先に行けばいいものを、コイツもなんで私を待ってるんだか。
「アキコー、じーちゃんまってるよ?」
「あんなジジイはいくらでも待たせとけ、と言いたいところだがな」
「まーたアキコはそんなおもってもないにくまれ口をたたくー」
うるさい。お前こそ知った風なことを言うな。
…という、至極もっともな反論は、さっさとこちらに背を向けたピュロスによって中断させられた。ま、顔を見せりゃああのジジイも満足するだろう……いや、私のではなくピュロスの顔を、だからな?
しばらくの間、寛次の胡座の中に収まってゴロゴロしていたピュロスは、「ほれ、儂は明子と話があるからケンの所に行って上手いモンでも貰ってこい」と言われると、半ば追い出されたようなものだとも思わず「いってきまーすっ!」と元気に出て行った。
私は苦笑で、寛次はヤクザとも思えない好々爺の笑みでそれを見送ると。
「…で、どうしたい」
「そろそろ話をまとめておきたいと思ってな」
薄暗い街道を歩む外道同士の会話になる。
「おめえが首を突っ込むだろうと思ってコッチでもいろいろ調べてある。アシッドレインとガリウスの件だな。ほれ」
「話が早くて助かるな…頭の方は錆び付いてなくて結構なことだ」
「体の方にもガタなんぞきとらんが」
「そっちは少しくらい錆びて欲しいもんだ。いつまで生きるつもりだよ」
「おめえの心配が無くなりゃあ、いつでも引退してやるよ。早く一人前になんな」
「………そうかい」
殊の外真面目な顔の寛次に嘆息され、私が渋い顔になって黙ったのは、受け取った資料に目を通すためだ。言い負かされたからでは決してない。その証拠に、遠くから聞こえるピュロスのきゃあきゃあという声が耳に入ることもない……ないからな?
「…ガリウスの方はおめえが戻ってきた後に調べたモンとそう大差はねえ。だけどな、そこにアシッドレイン、おめえの嗅ぎ付けてきたサツとの繋がり、そんなもんで線を引くと、今まで気付かなかったモンも浮かび上がってくる、って寸法さ。どう見る」
「………焦臭い、以外に言いようが無いな」
「だな。確定的に言えることなんざ何も無いが、クセェ、ってぇ思わせるもんがそこかしこにある」
寛次の寄越した資料には、ガリウスの金の流れ、例えば取引のあったと思われる業者や銀行の口座の名義、なんてものが記されてある。
一方、アシッドレインの方は、製造に必要となる材料や設備のリスト、またそれを可能にすると推測された企業などが載せられてあり、その両者に関係があってもおかしくないポジションに…警察の中で見た人間の名前があった。ピュロスに助け出されたあの冬山で私が殺した男の名前も、当然ある。
気になったのはガリウスの方の、関係者と思われた人間の名前だ。
バッテンと日付があるのは恐らく非生存とそうなった日時を記してあるのだろう。私があの組織を潰したその日と一緒に並んでいる名前が少なくない。ただ、バッテンもついていない名前がまだ多くある、ということは…。
「……ガリウスは壊滅したわけじゃない、のか?」
「………おめぇが潰したのはな、あくまでもガキを攫ってきて道具に仕立てる『事業』に過ぎねぇ。組織としちゃあまだ健在さ。大分性格は変わったようだがな」
「麻薬組織にでも鞍替えしたのか?」
「…いや、サツに接近してそっちの非合法活動を請け負うようになったらしい」
おめぇと同じような立場だな、とは寛次は言わなかった。もっとも、言われるまでも無い。私だって警察に協力して悪を滅ぼす正義の使者、などと自認してるわけじゃない。人殺しをしていることに違いは無いのだからな。
悪党はあくまでも法で裁かれるべきだ。私がそうしているのは、それしか食っていく術がないからだ。
「しかし、警察もどうなっているんだ?仕事をもらっている立場で言うべきことじゃないのはわかっているが、これを見ると警察が積極的に麻薬をばら撒いている、としか読めないんだが」
「だな。そこがどうにも解せねぇ。一部の連中が私腹を肥やすためにやってるにしちゃあ、渡る橋が危なっかしすぎる。けれどな、どうもこっちの資料なんだが……」
と、寛次はもう一つのレジュメを寄越した。日付、人名、場所と、それから…血生臭い出来事らしきものが一覧になっていた。
「それも推測に過ぎねぇが、ガリウスが手を下したと思われる事件のリストだ。どう見るよ」
「…死んだ人間を悪く言いたくはないが、あまり真っ当でない者ばかりだな。これが本当なら、の話だが」
名前の隣には、その人物が実行したとされる犯罪の内容が簡単に記されている。ここ数年以内のものだと、ニュースだかで話題になった犯罪もあった。確か取調べを受けた人間がいたが、証拠不十分だかで釈放されていた事件だったはず。
迷宮入りした事件もあるし、裁判で有罪になり、犯人が服役したものもある。二人ばかり、刑期も記されていて、事件の起きた時期を考えると、出所した後に殺されたのだろう。
「……何だこれは。つまり、ガリウスは警察が恣意的に犯罪者を始末する片棒を担いでいる、というわけか?」
「…っつう見方もできるが、儂はもう少し穿った見方をしている」
「というと?」
茶碗に入った水を飲み干し、口を湿らせてから寛次は続ける。緊張してなのか、それとも口を洗いたくなるような話なのか。
「サツの連中は、あくまでも善意…言い換えれば正義の執行のつもりでこうした真似をしてるんじゃねえか、ってことさ。アシッドレインの件も含めてな」
「麻薬をばら撒くのが正義の執行?どういう思考回路してればそんなことになるんだ」
「知らねえよ。けどな、粉屋の手口ってなあどういうモンだ?儂ら界隈の常識でいい」
「中毒者を作ってそいつから身上を巻き上げることだろう」
「じゃあ聞くがな。アシッドレインがそれに叶うと思うか?一発目で廃人になりかけ、二発目にゃあ確実に命を落とすクスリが、だ」
「……」
寛次のいう通りだ。アシッドレインについて見聞きした最初っから、それは違和感としてあった。麻薬としては物騒過ぎるんだよ。アレは。まるで…。
「…麻薬の皮を被った、それ以外の何かだな」
「うめぇことを言うな。その通りだ、麻薬と称しちゃあいるが、ありゃあただの毒だよ。麻薬に飛びつく人間だけを殺す、毒だ。真っ当に生きてる人間が手を出すもんじゃない」
「………つまり、麻薬に近づくような阿呆を選別して殺して回ってるってことか?警察が?」
「としか、思えんのよ、儂にゃあな。おめえがどう思うかは分からん。けどな、知ってる粉屋はお陰で困窮しとる。最近客の数がめっきり減った、とな。客が減りゃあ商売として成り立たなくなる。一つの産業を潰すには有効な手立てなんだろうよ。市場そのものを消し去るんだからよ」
……恐らく、寛次の言うことは正鵠を射ているだろう。ガリウスを使って、法で裁けなかった犯罪者(あくまでもそいつらの基準によるが)を始末して回る、なんて発想をする連中ならやりかねん。麻薬の撲滅、という目的を最大限効率的に行うのならば、だ。
そう思うと、蜻蛉の文太、とか名乗っていたあのカマ男が公務員を自称していたのも理解出来るというものだ。ただ、奴がガリウスの一員かというと……少し疑問もあるのだが。
「とにかくだ。儂がこの件についてあれこれ調べたのも、危ない橋を渡ってる娘のことを思ってさ。おい明子。おめえに仕事を発注してるサツの方は大丈夫なのか?」
「さあな。ただ、私が請け負った件では、ターゲットはアシッドレインに手を出していると思われる奴輩ばかりだ。どうもお前の言う通りなら、ガリウスと手を組んでアシッドレインをばら撒いているクソを面白く思ってない層が、警察の中にもいるらしいな」
「ふん、それがわかってるなら上等だ。おい、踊らされるくらいならいいが、精々足を踏み外すなよ?おめえに何かあったらピロ坊が泣くぞ?」
「あいつはあいつで得体の知れないところがあるが……な、なんだ?」
片膝立たせて座っていた寛次だったが、身を乗り出して私に顔を寄せると、クンクンと鼻をならせていた。おい、女の匂いを嗅ぐとか失礼すぎないか。
「そうじゃねえよ。来た時から気になっていたが…なんでおめえピロ坊の匂いさせてやがんだ?」
「………は?」
一体どうして、つい今のいままで物騒極まりない話をしていたというのに、私は誰が見ても間の抜けた顔で間抜けな声をあげているのだろうか。
私は暗殺者。
ちなみにこの稼業、香水なんぞつけてるアホは三日も生き延びられない。そういう業界だ。
……が、今日だけは、慣れない化粧の一つでもしておくべきだった、と後悔している。




