第42話・警告
蜉蝣の文太を自称するカマ男は、どういう関係か知らないが役立たずだった男どものうち一人のケツを盛大に蹴り上げると、「失せなさいな。鬱陶しい」と吐き捨た。私とピュロスを追っていた三人は、慌てふためいて及び腰のまま駆け去って行く。残されたのは…私がナイフを喉元に突き付けてる男だけ、ということになるのだが。
「……ちっ、面倒くさい」
どうせこのカマ男相手に人質にもなるまい、とナイフを降ろして解放してやった。
拘束を解くと無様に腰砕けたように尻餅をついていたが、「ほら、お前も行け」と肩の辺りを蹴り飛ばすと、その勢いに押されたようにつんのめりながらも立ち上がり、仲間?の逃げ去った方角に一目散に逃げ…。
「あがぁっ?!」」
…ようと、カマ男の脇を駆け抜ける際に、足を引っ掛けられてすっ転んでいた。まあそれでも文句も言わず再度立ち上がると、今ほどよりはいくらか慎重な足取りになって、振り返りもせずに去って行った。健気なことだ。
「……弱い者虐めとは感心しないな」
「弱い者なんざいたぶられるのが存在価値みたいなもんでしょ。そこのお嬢ちゃんみたく」
「ぴぃっ?!」
私の背中の後ろに隠れ、顔だけ覗かせているピュロスを一瞥しながらそう宣うカマ男。ピュロスが弱い者、とか言われても今ひとつ承服しかねるのだが、睨まれてまたがたがた震え始めたところを見るとオカマの嗜虐心を煽るらしく、また気持ち悪い一瞥を加えていやがった。
ま、そんなことはどうでもいい。
「で、わざわざ七面倒くさい真似をしてツラを出したってのはどういう理由からだ。嫌がらせか。お前の言う弱い者を寄越してどんな嫌がらせをするのか、興味なんざ欠片も無いのでこのまま回れ右してくれると助かるんだがな」
振り向いた瞬間に9mmを食らわすつもりでそう言うと、カマ男は大仰に肩をすくめる。トレンチコートでそんな仕草をするとやたらと似合うのが癪に障る。そして、当たらずといえども遠からず、ね、と少々意外な…私にとっては迷惑でしかないことをほざきやがった。
「ちょぉっとアナタの足止めをする必要があってね。これはお願いであると同時に、警告でもあるのよん。サツの仕事は当分受けないでちょうだいな。収入が目減りするというのであれば、こっちからお仕事を回しても構わないわぁ」
「何だ。貴様の手下が使い物にならないから優秀な外部の業者に発注しようってのか?そういうことなら構わんぞ。実入りのいい仕事なら大歓迎だ。だがな、こっちのやりたいことを邪魔した挙げ句に、くれてやらぁ、ってな態度で仕事を恵まれるなんざ真っ平ご免だ。特にテメエらのようなキング・オブ・クソに上から目線で投げられる仕事が、ロクなもののわけがない。言っておくぞ。クソはクソと仲良くやってろ。善良な納税者を巻き込むんじゃねえ、クソカマ野郎」
中指を上に突き立てつつ言ってやると、「キングじゃなくてクィーンにして欲しいとこよねえ」となんともズレたことを言いやがる。クソの自覚はあるのか。
「ま、善良な納税者、て冗談は気に入ったわ。こぉ見えてもうちらも公務に奉仕する善良な公務員だものねぇ。仲良くやりましょ?」
「ほざけ。こっちは納税者だ。公務員のくせに頭が高いぞ」
精々憎ったらしく吐き捨ててやると、ほっほっほ、と、どこぞの貴族みたいに笑いやがった。ただ、こっちは笑い事じゃない。半ば冗談めかして言っていたが、このカマ男が「公務員」ってのを既に冗談だとは捉えられないだけの根拠が、こちらには出来てしまっている。
サツから仕事を受けている、というのがある意味私の強みだというのに、国の方の内部事情でそれがご破算にされかねない、ということになる。私とコイツの、それぞれの上の間で行われるやり取り次第では、だ。
「……ま、今はそう角立てる必要もないわよん。今日はあくまでも、忠告。アナタはもちろん……そっちのド腐れのガキをどうこうしようってつもりも無いのだしねぇ」
「ひぃぃぃぃ………」
一体このカマはピュロスの何が気に食わないのか分からないが、私には見せる余裕じみたものも失せた態度をとる。
ピュロスの方は、というと止せばいいのに私の背中から顔を半分覗かせて、カマ男の様子をうかがうものだから、こうして無駄に怖い目に遭う、というわけだ。いつぞや……ああ、うん、まあこっちも思い出すと気恥ずかしさの湧き起こる場面において、この男について理解に苦しむことを言ってたわけだが…今のところは天敵、くらいに思っておいた方がいいのかもしれないな。
「……まあいい。忠告とやらを聞くか聞かないのかなんざこっちの勝手だ。連れがビビってるんでな、とっととそのクソウゼェ面が去ってくれると助かる」
「び、ビビってないもんっ!!」
「…うふふ、いいわねぇ…アンタの見てる前でそのガキを潰す所を想像しただけで……イってしまいそうよん」
「それ以上下品な口を利くと、コイツが火を噴くぞ」
いい加減ムカついたので、ホルスターをちらつかせて言う。
「おおコワイコワイ。ま、言うことは言ったからねぇん。アナタの大事な身内にも累が及ばないよう、注意しなさいな」
「………とっとと失せろ、変態め」
頭が臭気を放っていた男に突き付けていたナイフを投げの体勢に振り上げると、カマ男はもう一度肩をすくめて踵を返し、殺気も何も無い背中を晒したまま立ち去っていった。そのままナイフを投げるなりCzを抜くなりしてもよかったのだが…気に食わない相手とはいえ、緊張感皆無の背中にそれをする気にもなれない。殺し屋としては失格だが、性分だから仕方がない。
薄く血糊ののったナイフを畳んで懐に仕舞うと、私の腕をとってこちらを見上げていたピュロスと目が合う。
「……アキコ、だいじょうぶ?」
「私はな。お前こそ平気か?」
「うんっ。あんなヘンタイさんこわくないもんね!」
「そーいう台詞は相手がいるうちに言ってくれ」
からかうように言ったら、ピュロスはまた可愛い顔をひしゃげさせて「アキコはいじわるだ」と私のケツをバンバン叩いていた。そういうところがまた可愛い奴だな、とは思う。
「……さて、クソ野郎も消えたことだし、行くか」
「どこいくの?」
「とりあえず、資料の検討と情報収集だ。神戸組にいくぞ」
「おー、じーちゃんに会いにかー。うまいもの食えるかなー」
「そうだな」
私の娘すなわち自分の孫、などという、異議を山ほど申し立てしたくなる言い分でしこたまピュロスを甘やかす寛次の顔を二人して思い浮かべ、ピュロスはにんまりと、私は苦笑いをし、人気の無い廃墟じみた再開発地域を後にした。
私は暗殺者。
大層な物言いにはなるが、帰る場所というものが一つであることに、別に拘りはない。




