第39話・御三
ピュロスの幼い体を抱いてしまってから、変わったこと。
「アキコー、ごはんこれじゃ足りなーい。もっとよこせー」
ヤツは増長した。
……いや、確かに私にはこう、褒められたワケでも無いことをしたという自覚はあるが、ここまで言われてガマンしなければならないことをしたというのか?
「だってアキコのごはん、おいしーもん。おかわり!」
わたしは、エプロン姿のまま黙って空になった皿を受け取り、その上に平たく白米をしきつめて鍋からカレーを掬ってよそう。
らっきょうと福神漬けもプラスしておく。
カレーライスはもう二百年も前に日本に現れた国民食だ。正体のしれない料理を作る妙な子供にも大人気なのである。
「いっただっきまーすっ!」
礼儀正しいのは結構なことだが、お前それ何度目の「いただきます」だ。数える指が片手では足りなくなってから諦めたが、そろそろ二桁の大台にのるんじゃないのか。
「もぐもぐ。おいしーよ?あ、おかわり」
瞬く間に空にされた皿を、虚ろな笑いで受け取り、すっかり冷めてしまった自分の皿を横目で睨みながら最後のカレーを、鍋を刮ぐようにして盛ってやった。
「……それで終わりだからな。くそ、三日は保つと思ったのに、自分の分すら食い終わる前に空にされるとは…」
「…アキコ、ごきげん?」
「…………なんでだ」
「だって、ピュロスがごはん食べるとこ、にこにこしてみてるし。カレー冷めちゃうよ?」
「……ふざけたことを言うな。なんで私がお前のガツガツいく姿を見てニコニコせにゃならんのだ。苦虫をまとめてかみ砕くよーな顔に決まってる。それと見てるんじゃあなくて睨んでいるんだ。この胃袋魔人め」
「そーかなあ」
皿を受け取り首を捻るピュロス。
一応は調理も出来る道具の揃ってる、今使ってるセーフハウスの中では一番人間の住まいに近い部屋だから、二人が向かい合ってメシを食えるテーブルの上は十分な灯りも確保されていて相手がどんなツラをしているのかはよく分かる。
そしてピュロスの顔はというと、考え事をしている風なものから…一変して、一瞬私をドキリとさせる笑顔になって、こんなことを言いやがった。
「だってアキコがじぶんでごはん作るなんてはじめてでしょー?ごきげんでなかったらそんなことしないとおもうよ?」
「う……」
…そうだった。
何故かそうしたい気分になり、賞味期限切れを気にしつつ選んだレーションと缶詰、という組み合わせではなく、今日は自分で作ったカレーである。
言っておくが、私はメシの類を一切作れないということはない。カレーと炒飯くらいは作れる。普段は道具が無いのと、粗食に慣れておくために、適当に済ませているだけだ。
「しかもエプロンまでしてー」
「……うるさい」
普段火薬を弄る時くらいしか着用しないエプロンだが、流石にそれを料理の時に使うほど物知らずではない。だからこれは…あー、まあ、この機会に合わせて買い込んだものだ。確かに。
だからこれは衛生のためだ。純粋に。
「……何だ」
今度はハッキリキッパリ苦い顔をしてる私の顔をのぞき込むようにしていたピュロスが言う。
「そのエプロンのアップリケ、かわいいね」
…衛生のためだっつとろーが、このエプロンは。可愛いアップリケとか知るか。
と、胸元のヒヨコの模様を見下ろしうなだれる。「PIYO PIYO」とか刺繍されてるが、うっさいわ。
「ん、ごちそーさま。けんこうのために、はら八ぶんめにしておくね」
「お前、食うもの無くならなかったらどれだけ食う気なんだ…」
「ぶつり的にゆるされるはんい、じょうげん?」
さして膨らんでもいない腹をぽんぽんさせながら言い切りやがった。この鍋いっぱいのカレーと自衛隊の食堂で使っていそうなサイズの炊飯ジャーを一人で空にしておいて言う辺りが末恐ろしい。
…正直言ってコイツの食い意地を今まで舐めていたかもしれない。もしかしてこの有様がこれからもずっと続くのか?エンゲル係数が100を越える(つまり借金してコイツの腹を満たす事態)などという、家計の悪夢に怯えながら生きていかなければならないのか?私は…。
「うん、でもね。アキコがつくってくれたごはんのこしたらダメでしょ?だからピュロスはぜんぶたべてあげるねっ!じゃああそびにいってきまーす!」
一応そこは思うところがあるのか、食器を流しにいれてから部屋を出て行く。というか、そろそろ食器片付けるくらいは押しつけた方がいいかもしれん。私の気が済まん。
だが、良いことを聞いたな。私が作ったメシでなければ家計への影響は最小限に抑えられるというわけか。
ならもう二度とメシなんか作らんからなっ!!………まあたまに作ってやるくらいならいいか。
私は暗殺者。
ちなみに「おさんどん」とは「御三どん」とも書く。どうでもいいことだが。




