第35話・色物
相対した男…男?男だよな。無精髭面のむくつけきマッチョが女とか言われてもコイツを地上に生んだ神を恨むしかなくなるぞ。
ともかく、その男は後ろ手に油断なく扉を閉めると、微かながら聞こえていた遠い喧噪が途切れる。
しかし気になるのは、そこじゃなあない。
「…貴様、どうやってこの部屋に入って来た?」
「どうやってもなにも、ごあいさつねぇん…こうして、扉を開けてに決まってるじゃなぁい。それとも壁をぶち抜いて入って来たとでも?やぁねえん、いくらこの鍛え上げられた筋肉でもそこまではまだ無理ってものよん」
語尾にハートマークが見えそうな口調だった。
撃つな、とは言っていたがトリガーにかかった指は、主の意に反してというか主の本意を正しく反映して今にも引かれそうだ。
…仕方ない。聞き出さないといけないことも少なくない。
私は生まれてこの方、これ以上ガマンしたことは無いんじゃないかというくらいに忍耐力と自制を込めて、Czを握った両腕を下ろした。カチリとハンマーを戻し、ホルスターに戻しはせずそのままの体勢で口を開く。
「ふざけているのか?この状況で『どうやって』入って来たと聞かれれば、どうやって扉を開いたのか、と聞いているに決まってる。これ以上言わせるなら9mmではなく太い方を食らわしてやるが」
「気の早い女ねぇん。心配しないで。アタシは女子供に手を挙げる趣味はなくってよ?」
「………ひぃぃぃぃぃ…」
私とピュロスのどちらに向けてか知らないが、やけに長い睫毛の右目でウィンク。そして震え上がるピュロスだった。
それにしても、得体のしれない奴だ。
今のところ一つだけハッキリしていることがあるとしたら、今回の仕事は標的には筒抜けだったことくらいのことだろう。それを白黒付ける必要はあるとしても、知っておかなければならないこともある。最優先はこの場から無事に逃げ出すことだが。
「で、何を聞かせてくれるつもりだ。黙っているという保証はしないが、話を聞くつもりはこちらにはある」
「結構。そちらのかぁいらしぃぃぃ…お嬢ちゃんは早く逃げ出したがってるようだけど」
「(こくこく)アキコっ、アキコっ…はやっ、はやくにげ、にげよ?ね?」
「お前なあ…普段怖い物知らずの顔してるくせに、この古くさいカマ男の何が怖いんだ?」
「カマ男とはご挨拶ね」
「うるさい。名乗りも受けてない以上見たまんま言っただけだろうが。カマ呼ばわりが嫌なら名前くらい名乗れ」
「あらぁ、アタシのことを狙ってたんなら名前くらいとっくに承知していたと思うのだけどぉ?それともガリウスに育てられた名うての暗殺者、権田原明子は殺す相手の顔も名前も調べずに仕事にかかるのかしらぁ?」
「アキコ!!」
「………ちっ」
…ヤバいところだった。ピュロスが止めなければ秒足らずでCzのマガジンを空にするところだった。勿論、全弾この男の汚いツラにぶち込んで、だ。
私に出来る最速のスピードで起こされたハンマーを戻し、同じく掲げられた両手を再び下ろす。男の方は、反応出来なかった…のなら当たり前の反応だが、足の位置を換えて一応はこちらのアクションに対応していた風ではある。相手の技倆が読めない以上推測でしかないが、撃っても外していたかもしれないな。だったら。
「…ピュロス、ありがとな」
「どうしたしまし……うう、アキコこわい…」
礼くらいは言っておいた方がいいというものだ。言われた方はやっぱり怯えていたが。私にか、あの男にか。出来れば私でない方がいいのだがな、と、右肩にかけられたピュロスの手に、自分の左手を乗せる。
「…ふう。ようやく話くらいは出来そうねん。アタシの名は…」
「蜉蝣の文太。…ヒトのことを言えた義理じゃあないが、もう少しその名前はなんとかならなかったのか」
「アナタと同じく日本生まれの日本育ちよん。いい名前だと思うけど。前世紀のヤクザ映画の大スターにちなんだものね」
…謝った方がいいんじゃないかな。その、私も名前くらいは知ってる大スターとそのファンに。
殺気と呼べそうなものはその男からはうかがえず、私はようやくCzをホルスターに仕舞った。レミントンを片付けたケースは肩から提げたままだし、袖口の中にあるナイフの状態も確認して油断はしないが。
「で、なんだってんだ。こっちは仕事が失敗して依頼主にどう取り繕うか考えるのに忙しいんだ。話したいことがあるならさっさと話せ」
「そ、そーだそーだ!ピュロスをこわがらせるやつなんかあっちいっちゃえ!」
「あらあら、きらわれたものねぇん……あんまり舐めたコト言ってんじゃねえわよガキが」
「ぴっ、ぴぃっ?!」
微妙に幼児退行したっぽいピュロスに、大人げなく凄むカマ男改め蜉蝣の文太。…やっぱりこの名前なんとかならんもんかな、と場違いにも呑気なことを思う。
私は暗殺者。
実は、昭和のヤクザ映画は神戸組でそこそこ見せられた覚えがある。




