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第34話・対峙

 「かざむききよーし」

 「………」

 「きょうはちょっときおんたかくて、ゆらゆらしてるね。アキコ、まちがわないでね」

 「……ああ」


 ピュロスが「ゆらゆら」言ってるのは陽炎のことだろうか。確かに四月にしては気温が高く、スコープの中心に映る標的も上半身素っ裸の格好でデッキチェアに横たわっており、まあ、こちらからすれば「どうぞお好きなように狙ってください」と言わんばかりだ。


 今回はまた警察からの依頼になる。最近そっち筋の仕事が増えている気がする。だからどうだ、ということもなく、やることに変わりは無い辺りは我ながら救いがないようにも思えるのだが…。


 「アキコ、あのひと寝てるみたい?」

 「…黙ってろ。こっちからも見えている。お前はそんなもの見てないで周囲の警戒をしてろ」


 変わりがあるとすればピュロスの方だ。

 以前は仕事の最中は鬱陶しく後ろでバタバタしていたというのに、最近は大人しく手伝いを…いやまあ、実際助けになっているかどうかはともかく…するようになっている。

 私としては、正体不明ながらも一応は子供の態をとっているコイツに人殺しの場面を直接見せるような真似をしたくはないから、相応に気を遣ってはいるというのにだな。


 「あまりお前が見ていいものじゃない。カウンターにだけ注意してくれ」

 「んー、アキコがどーゆーつもりかわかんないけど、ピュロスを子どもあつかいすんなー」

 「誰がどう見たって子供だろうが、お前は…」


 なんと云うか、思春期を迎えた子供の親みたいな気分にさせられる。親だったら余計に人殺しなんぞに関わらせたくないものだと思うのだがなあ。


 「…失敗したかな……」

 「なにが?」

 「いや、こっちの話だ」


 最初のうちに、こんな稼業に抵抗持たないようにさせたのが間違いだった気もする。うろちょろしてるのがうざったくて、大人しくさせようというだけのつもりだったというのに、だ。


 「…ピュロス」

 「ん?」

 「今晩、何が食いたいかでも考えててくれ。仕事はもうすぐ終わる」

 「アキコがそーいうならそーするけど。だいじょぶ?」

 「大丈夫、だ」


 スコープから目を離さずするやりとりに、いつも通り緊張感はない。

 そうだな。変わったことといえば、こうして仕事の最中も気の置けないやりとりをするようになったくらいか。

 以前は一人で黙々と働くか、臨時雇いのスポッターにイライラしながらこなしていたか、のどちらかだった。

 どっちの方がマシか、といえばまあ、今の方がリラックス出来ていいとは思う。だからその点に限れば、単眼鏡から離れ後ろの方でウロチョロしてる方が…。


 「…おい。気が散るからじっとしててくれないか」

 「ぶーぶー。あぶなくないようにまわり見てるだけなのにー」

 「だからじっとしてろってんだ」


 やっぱりウロチョロされてるのも大概邪魔になる。苛つきこそしないが、気が散る。

 仕方ないか、と諦めて仕事に専念しよう。


 連絡役の神崎に教えられたところでは、今回の標的は例によってアシッド・レインの取り引きに関わっているらしい、とのことだ。もっともこれは神崎の意見と、渡された資料から辿った標的の足取りから自分でそう判断したことによる推測なのだが。

 ただ、新しいネタとしては、だ。

 私を誘拐した組織の残党にも関わっている気配がして、そのことでやや前のめりになっていることも否定はしない。

 仕事に私情は挟まないように心がけてはいるが、今になってそんな話が出てきたことに多少の動揺はある。だから準備については充分慎重にやってきたつもりではあるのだが。


 「……緊張感のない奴だ」


 古いマンションの屋上でビーチパラソルの影になっている男の体を見ていると、本当にそんなことに関係しているのか疑わしくなってくる。

 顔はパラソルの傘の向こうにあるから見えはしないものの、首から下の、胸毛の生えた白人男性の、そこそこ鍛えた体は、音楽でも聴いているのか落ち着きなくリズミカルに動き、狙いを定める妨げになっているのだ。

 お陰で時間ばかり無駄にかかっている。あの場所を狙える場所と時間を確保するのにそこそこ苦労したというのに、このままでは失敗してしまうのだが。


 (一か八かで撃つだけ撃ってみるか?)


 普段なら考えそうもない雑な発想すら浮かぶ。

 くそ、せめて顔が拝めるならヘッドショット狙いも可能なんだが、奴にとっては上手いこと顔が隠れてしまっているために…。


 (待てよ?)


 顔を確認してから撃つこと、というのはこの仕事の依頼内容に含まれていたことだ。なんでも、同じような真似をする男が他にも幾人かいるらしく、人間違えしました、で済むわけもないのでそこだけはよく確かめろ、という指示だったのだ。

 だが、もし。

 こちらがこの場所から狙っていることに、奴の方で気がついて偶然ではなくわざと顔を確かめないようにしているのだとしたら…?


 「……ピュロス。周りに人の気配は無いか?」


 顔を動かさずに寝そべった私の足下でじっとしていたピュロスに尋ねる。


 「ピュロスよくわかんない」

 「あのな」


 役に立たないことを自慢げに言うな、このアホ。

 仕方ないので、一度体を起こして時間貸しの会議室内を見渡す。

 入り口は一つしかなく、その向こうに誰かいるかどうかとなると…ダメだ、もともと人の出入りの無くは無い場所なのだから、こちらを狙っているかどうかなど分かるはずもない。忍者だの剣豪だのでない身では、殺気なんてあやふやなものを察知出来るはずもない。


 「…あと五分だけ粘ってみるか……うん?」


 やむを得ず、もう一度スコープを覗いた時だった。


 「消えた…どこだ?」


 スコープの倍率を下げてデッキチェアの周囲に視界を広げる。いた。すぐ傍に立って、こちらを見ていた。見ていた?


 『バァン』


 声が聞こえそうだった。奴はこちらに向けて人差し指を突き付け、銃の反動で腕が跳ね上がったような仕草を見せた。


 「…!ピュロス逃げるぞ!気付かれている!!」

 「え?どしたの?」


 レミントンごと転がって奴の射界から逃れる。あんな真似をしている以上、他に勘付いている奴がいて、既に接敵されている可能性がある。いや、すぐにもカウンターの一発を食らっていたっておかしくはない。

 標的の周囲にはそれらしい狙撃手は見えなかったから、いるとすれば…ああ、場所を選んだ時に幾つかこちらを狙える場所に見当はつけてあった。だから不可能な話じゃない。

 けれど、こんなひとの出入りのある場所に撃ち込むような真似をするか?


 …と、考えた時だった。

 脱出の支度を調えるために手早くレミントンをコントラバスのケースに仕舞った私に聞こえる、ピュロスの叫び声。


 「アキコ?!」


 何が起きたのか、そちらに顔を向けるのと、ピュロスが指さした部屋の入り口の扉が開くのが、同時だった。

 膝立ちから立ち上がろうとした姿勢のまま、懐のホルスターからCzを抜く。くそ、まさかこんなことになるとは思わなかったからチャンバーが空だ。

 銃口を扉に向けたまま、左手でCzのスライドを一度引く。9mmが装弾される手応え。


 「ちょっとぉ、そのまま。そのままで居てねぇん」


 扉の影から人間の姿が出るのを待ち構える体勢をとると同時に、人の声。どことなく長閑な声色に一瞬警戒を解きそうになったが、中で何があるのか分かっているのか知ってて入ってくるなら堅気じゃああるまい…いや、鍵は閉めてあったはずだ。それをこじ開けた様子もなく入ってくるなら。


 「…顔を見せろ」


 左手でピュロスにこっちに来いと手招きしながら、フラッシュバンだかパイナップルだかが放りこまれたりしないか警戒する。

 相変わらず緊迫感の乏しい足取りで私の背中に回るピュロスは…なんだ?何を怯えている?チラと顔色をうかがうと、どことなく青ざめているようにも見える。


 「いいわ。今から入るから撃たないでねん」


 おねぇ言葉?、という単語がふと頭に浮かぶ。

 野太い声に似合わない科がかった物言いに、なんとなく嫌な予感がした。

 この場で緊張しているのはもしかして自分一人だけなんじゃないか、と思ううちに、扉の影から背の高くガッチリした体格の男が姿を現した。

 身の丈、およそ百八十とういところか。背の高さに見合った筋肉質な体躯を上下とも黒の革で覆い、見るからに「やりそう」な見てくれだ。

 年の頃は四十くらいの白人男性か。無精髭が青々と生えた顔は、リラックスそのもの、というツラで、両手で拳銃を構えたこちらが嘲笑われているようにすら思える。

 だが驚いたのはその点ではない。

 私とピュロスを認めてニカッと笑う顔は、何度も写真で見て覚えた、今回の標的の顔そのものだからだった。




 私は暗殺者アサシン

 また厄介なことになりつつある気が、する。

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