第33話・秋祭
春はおかしなものが沸くと聞く。
そして私は今、その言葉を実感している。
「だから、そのイカれたナリはなんなのか、と訊いている」
「そお?ピュロスはかわいいとおもうけど」
「お前は黙ってろ。私は今、許されれざる人類の仇敵と相対しているんだ」
「オレだって喜んでやってるわけじゃねぇってのに、そりゃああんまりじゃねえですか姐さん……」
神戸組の玄関前で、私とピュロスを出迎えたケン坊が泣きそうなツラで訴えていた。
頭の上に、どー見ても猫のものを模したとしか思えない耳様の飾りを乗せながら。
…ここは日本のヤクザの組だよな?
「一体何があった」
「あった、っつぅか…オヤジの言いつけでいつの間にかこんなことに。とにかく、今中では同じようなことになってるんで心してくだせぇ、姐さん」
中では、って…つまり他の連中もこのナリてことか。平均年齢が五十代のヤクザどもが。
「…おい、ピュロス。私は帰りたいんだがどうする?って、だからこんなキモい物体に近寄るなってんだ」
「姐さんヒデぇっすよ?!」
ピュロスが屈んで下げられたケン坊の頭を撫でようとしていたので、教育の悪さに鑑みて止めておく。猫の耳以外はいつも通りだったから、余計に異様なのだ。
「とにかく寬次の言い出したことなんだな?この不気味な有様は。ならお前の仇はとってやる。だから安らかに眠れ」
「死んでねえっすよ姐さん。あとオヤジと一発やらかすなら応援はしますが、屋敷が崩れるような真似だけは勘弁してくだせぇ」
「お前の言い草も大概だけどな。ピュロス、行くぞ」
「あい。じゃあねー、ケンのおっちゃん」
「…ピュロ坊ぉ、頼むからおっちゃんでなくあんちゃんとかにしてくんねえかな……」
もっともな訴えだが、この先に待ち受けている光景のことを思うと頭が痛い。
私は後にしたケン坊に手を振ってるピュロスを引きずるようにして、屋敷の中に入っていく。
「おいでやす。お待ちしてました」
「………」
いきなり最終の敵に出会ったような心持ちがした。いやもちろん諸悪の根源はあのクソ親父なのだが、スキンヘッドにバニーガールのようなウサギ耳を被った名草が出てくると、コイツが一番悪いんじゃないのか、という気にもなる。
「…お前、その格好は自分でどうなのかとか思わないのか?」
「おー、ハゲのおっちゃんにあってるね!」
やかましい。この状況がどれだけおかしいのか少しは疑問に思え。
「…いや、最初は親父を恨みもしましたがね。これが慣れてみるとそう悪くない。何せアタシの顔を見た組のヤツら全員、ひきつった顔で怯えるのがなかなか愉しくて」
「鏡を見たらきっとお前も同じ顔になると思うぞ。まあいい。親父はどこだ」
「お嬢、チャカ片手にそれを言われたんでは流石にお嬢でも通せなくなります。まずはソイツを仕舞ってくだせえ」
「ンなこと言われてもな…」
渋々Cz75を懐に片付ける。出会い頭に問答無用でぶっ放そうと思っていたのにだな。
「そういうことを仰るから通せんのです。お嬢の気性からしたら、やると言ったら本当にやりますからな。どうぞ、親父は部屋です」
「ああ。しかし、お前までその格好でいるんじゃあ、さぞかし中はとんでもないことになってそうだな」
「ピュロスは楽しみだよ?」
もう叱る気にもなれず、むしろ私の前を率先して歩いて行くピュロスの後に続く。
行く先々で猫だのウサギだの犬だのの耳をつけた組員が「いらっしゃいやせ」だの「…どうですか?コイツは」とか愉しそうでなくもないのがムカつく。くそ、Czを突き付けて黙らせてやりたい。
「あはははは!」
…そして、私の前の方で本当に楽しそうにしているピュロスがムカ…つかないのは、なあ。
全く、あのクソ親父がどういうつもりなのかは知らんが、予めピュロスを連れていくと知らせておいてこの状況じゃあ、コイツのために何か仕込んだのだろうと思うのだが、悔しいことにそれは今のところ成功しているというわけだ。
「いるかクソジジイ!礼を言いに来てやったぞ!」
なので、襖を開け放つと同時に得物を取り出してそう怒鳴っておいた。
「なんじゃ、バカ娘。親の部屋に入るなりチャカを突き付けるような教育をした覚えはねえぞ」
「お前に教えられたわけじゃない。だがこの場では何よりも相応しい行動だと思う。で、一体どういうつもりだこの野郎」
チャンバーに弾の入っていない銃を突き付けても意味は無い。さっさとCzを仕舞ってどっかと寬次の前の座布団に座り込んだ。来るのが分かってて用意してあったのだろう。癪に障る。
「どういうもこういうも、孫娘が来るというので歓迎の支度をしておっただけじゃろ。ほれ、ピロ坊も喜んでおろうが」
まあな、と寬次の胡座の中に座り込んだピュロスを見て忌々しく舌打ち。
「アキコ、おかんむり?」
「誰のためだと思ってやがんだ。それより歓迎するというのならもう少し真っ当な感じにしてくれ。暴力と犯罪の巣窟が不気味の魔窟になってる。正直ケン坊の顔みて引き返そうと思ったぞ」
「何、ちょうどついでだったからな。ほれ、ハロウィンてヤツだ」
「ハロウィン?」
…よくは知らんが、アレは秋にやる祭りじゃなかったか?
「知らんのか?確か、子供に向かってイタズラさせろ、という祭りじゃろ?」
「ちょ、おま…女児に大人が言ったら警察沙汰になるだろそれじゃあ?!……一体誰に吹き込まれたんだそんなデタラメ!」
「いや、ご近所が今年は盛大にハロウィンをしよう、とか言うておったからの。多少先取りが過ぎたかもしれんが、まあヤクザが仮装して拙い理屈はあるまい」
仮装するのは子供でイタズラもするつもりじゃなくてイタズラされたくなかったら菓子をよこせ、という風習だろうが。何もかも間違ってるんだが。
老い先短いクソ爺のために冥土の土産話として懇切丁寧に話してやろうかと思ったのだが…。
「じーちゃんそれピュロスにもちょーだい?」
「おうおう、儂なんぞよりピロ坊の方がよう似合うじゃろうな。ほれ、たんと用意しておるから、好きなのを選べ」
「おー、じーちゃんさすがきがきく!」
…ま、コイツが喜んでいるのを見るのはそれほど嫌いなわけじゃない。
本職を忘れさせる好々爺じみた笑顔の寬次に見守られて飾り付きのカチューシャを次々に被るピュロスを、私は苦笑混じりにやっぱり見守るだけだったのだ。
私は暗殺者。
それはそれとしてこのクソふざけた祭りをおっ始めたジジイにはきっちりカタをつける!




