第28話・日常
「大活躍だったな」
「嫌味を言うな、馬鹿野郎」
大崎署の近くの景気が悪いいつもの喫茶店で、ニヤけたツラの神崎にそう吐き捨てた。
先日の、死にかけた件についての…まあ、報告というよりは愚痴を言いにきたようなものだ。
どこに聞き耳を立てているヤツがいるか分からないこんな場所で殊更に言い募るわけにもいかないが、あの件については最初から警察の上層部関係者を襲え、という指示だったのだ。
いくらその件に限れば罪も目をつむる、と言われてもサツの関係者をそうと分かって標的にするなんて危ない橋を渡る気にもなれない。
ただそれでも応諾したのは、件の男がアシッドレインに関わっていることを併せて教えられたからだった。
当然ながらその背景を教えられることは依頼の中には含まれておらず、私としてはあの男がどんな動機で危険な薬物の取引に関わっていたのかまでは、分からない。
カネか?いや、カネの問題ならあんな効率の悪いクスリは必要無い。
じゃあ、ということで神崎に聞こうと思ってもこの件については神崎も私と似たり寄ったりの立場だ。
「大体、私が行くことがバレてた気配もあるんだぞ?依頼をするなら情報の管理くらいしっかりやっておけ」
「仕方ねえだろ、俺だってお前との繋ぎは評価されてるけどよ、高い所から見ればタダの使いっ走りだ。文句はこっちだって言いたいところなんだよ」
結局、愚痴の言い合いみたいな会話になってしまう。
ただ、こればかりは譲れない点として計上する経費の割り増しは要求しておいた。
何せ登山道具一式に加え、センサーを満載したヘルメットにライフルを一丁紛失したのだ。誰かに拾われても所有者として名乗り出るわけにはいかないのだから、もう手に戻ることは諦めるとして、せめて財布の補填くらいはしてもらいたいものだ。
だがそう要求したら、「個人事業主が見積もりの範囲内で仕事をするのは当然だろう?」としれっとほざきやがった。
頭に来たので、登山土産だ、と標的の男の胸に突き立てたナイフを押しつけておいた。ちなみにその時から一切手入れをしていないので、乾いた血糊がベットリとついたままである。
その事を告げたら、慌てて立ち上がって後ろにすっ転んでいた。ざまあみろ。
「おしごとおわった?もぐもぐ」
喫茶店を出た私を待っていたピュロスは、何と言うか。
「仕事をしてた家主を出迎える態度じゃないな。ったく」
「わたし、いのちのおんじんだよ?」
「………」
だからといってケンタッキーのパーティバーレルを一人で抱えてもしゃもしゃされてもなあ。
まあ、確かにこの間の件からコイツには頭が上がらない。ピュロスの方もそれで遠慮無くこうして好き勝手に振る舞うものだから、私も堪忍袋の緒が…と普通は思うのだろうが。
「?アキコ、なにかおもしろいことあった?たのしそうだね」
「ん、んん、そうか?そんなつもりは無いんだが…」
骨なしチキンを呑み込んだ口でそんなことを言われてしまうくらいには、頬が緩んでいるのだろう。指摘されても不思議と腹も立たず、私は締まりの無い顔をどうにかしようと自分の頬を抓って、先に歩き出した。
「………」
一度振り返り、バケツ状の紙の容器をすっかり空にしたピュロスを確認する。
「………(にぱー)」
目が合った途端に、満面の笑顔になる。私は理由の分からない動悸にとらわれて、慌てて目を逸らしてしまった。
これはなんというか……照れる、というものなのだろうか?これまでの人生であまり味わったことのない感覚だが、そう悪いものでもないと思えている自分に重ねて動揺する。
くそ、かといって食費を貪る居候にこうまで押しまくられるのは面白くはないぞ、と逆襲の手立てを必死に考える。
「にこにこ」
てくてくと隣にやってきて、油のべっとりついた手を繋いできやがった。くそ、それでもそれを振り解く気になれない自分が……ん?
横目で覗くように様子を伺ったピュロスの顔のとある変化に気がつくと、私はこれだと心の中で手を打った。
幸い、今日のこれからの予定にも適うのだから丁度良い。
「おい、ピュロス」
「ん?なにアキコ。デザート、いってみる?」
「どんだけ食うんだお前。いや、ちょっと気になってな」
「うん。なに?」
「お前、太ったんじゃないか?」
「………………ふとってないよ?」
棒読みだった。ついでに、スキップを踏まんばかりだったのが急にギクシャクしていた。
「太ったんじゃなけりゃ、以前買った服を着てみろ。そういえば最近着てないじゃないか」
「………………ふとってないよ?」
一字一句違わず同じ事を言う。何と言うか、繋いだ手が少し震えていた。というか、私の手を振り解こうとしていた。そうはいくか。
「……なあ、ピュロス」
「ふとってないもん!」
「こないだ思ったんだ」
逃げだそうとするのをニヤニヤと笑いながら引き留めて、言いたいことを言う。
「やっぱりお前と暮らすようになってから私も大分鈍っていたな、ってな。で、今日はこれからジムで少し鍛え直すつもりなんだ。一緒にやろうか?」
「アキコとおなじことやったらしんじゃうよっ?!」
銃弾を食らって「いたぁい」で済ませ、冬山の雪崩から大人ひとりを救い出すヤツが何を言うのやら。
イヤがるピュロスを引きずるようにジムに向かう私の足取りは、まさか誘拐?とでも言いたげな周囲の視線にもめげず、ここ最近では珍しいくらいに軽やかなものだった。
私は暗殺者。
そして時には、肥満児のダイエットメニューを組む名トレーナーにもなる。




