第27話・生還
※作者注
今回、若干エグイ残酷な表現があります。
本当に、前々から思っていたのだが。
私が子供を産めない体だってことを知っていながら、どうして神戸組の連中はピュロスのことをピロ坊だのピュロ坊だのと呼んで、私の娘みたいに言うのだろう?冗談にしても割と悪質だと思うのだが。
どう思う?ピュロス。
生みの親のことは覚えていない。
寛次が、こればかりは済まなそうに言っていたことによれば、だ。
神戸組の絡んだ抗争に巻き込まれて命を落とした不法移民だったらしい。
国籍だとか、名前だとか、そんなものの一切分からない二つの死体の間にいた赤子の私を、寛次はどういうつもりだったのか拾って、しばらくの間育ててくれたわけだ。
それが「しばらくの間」で終わったのは、私が誘拐されたことによる。
私を拐かした連中は、端的に言って「地球上に存在してはいけないクズ共」だった。
日本の中で、法の庇護を受けていない子供をそちこちから掠ってきては、あるいはゲリラ兵として、またあるいは呼吸するダッチワイフとして育て、闇に売り捌く。違法な臓器移植の臓器提供元にしなかったのは連中にその筋の伝手が無かったからというだけのこと。充分なカネになって取引先があれば手を染めていただろうことは、容易に想像できるというものだ。
そんな中、私は人殺しの手立てを仕込まれた。どうも筋が良かったらしく、教えられることは次々とのみ込み、そしていくつか指示されて殺しも行った。
勿論、それだけじゃない。暗殺者として高値で売れそうと分かると幾らか手控えられはしたものの、ガキの身で男の相手をさせられたものだ。それも、何度も、何度も。
子を孕まされたのは当然だったと言える。十かそこいらの頃だったはずだ。
堕胎をした医者が闇医者のクセにヤブもいいところで、無茶苦茶な弄り方をされたために、子供が産めない体にさせられたのだ。
そしてそれからしばらくの後、私は中米の麻薬組織に売られることになった。そうと決まってからつけられたスペイン語の教師が、また頗る付きのクソ野郎だった。
私を掠った組織の目を盗み、何度も犯された。泣いても却ってヤツの嗜虐心を刺激するだけだと気付いてからは、上に覆い被さるクソをどうすれば視線だけで殺せるか考えていたものだ。
けれど、もうその時には視線など無くてもこのクソをクソの塊に出来ることに気がつき、そしたら、そうした。
殺した。生きながら手足をもいでやった。クソはクソのくせに生意気にも泣いていやがった。スッとした。
だから、そのままその組織の連中を皆殺しにした。
同じ境遇の子供にのしかかっていた男の喉をナイフで掻ききった。
助けてくれと懇願する男の喉に銃弾を食らわせた。
骨を折って這って逃げようとしていた男の背中には折れた鉄パイプを突き立てた。
泣き声がうるさい、と子供の喉を薬品で焼いた男は、同じ薬品で目を焼いてから殺してやった。
私を一番多く犯した男は縛ってから股間をグチャグチャにしてやった。ケツの穴に木の杭を突き刺してやろうとしたらその前に既に死んでいて、すごく残念に思ったものだ。
そうして殺し尽くしてから、火を付けた。
その火にまかれて死んでやろうと思った。
けれど、無理だった。
火は怖くて、自分の身が焼かれることが途方もなく恐ろしくて、それで泣きながら逃げ出したら、その先に神戸組の連中がいた。
…いや、火事の現場にいた私を扱いかねた警察が、また神戸組に返しただけのことなのだが、それでも私はそこで、ほんの少しずつ、ゆっくりと、人間に戻っていった。
あそこは、そういう場所だったんだ。私にとって。
「んしょ、んしょ」
体が揺れる感触で、目が覚めた。
今どうなっている、と思うと手足が動かない。痛みはあるがそう激しいものでもなく、折れていたり無くなったりしていなければいいんだが、とどこか他人事のように思う。
「んしょ、んしょ」
そして、私の頭のすぐ横で聞こえる稚い声。
私が目覚めたことに気付いたか、その甘く緩い声でとんでもないことを言いやがる。
「アキコー?おきたんならじぶんであるいて?おもいよー」
「……………うるさい。体が動かないんだ」
「……そか。じゃあ、しょうがないね。よいしょ、っと」
顔を見られないようにピュロスの髪に顔を埋めた。泣いているところを見られたくなかったのかもしれない。
「…んしょ、んしょ」
私を担いで…背丈が全然違うものだから、私の体は膝が雪上に引きずられている…えんやこらとでもいった調子で、ピュロスは一生懸命歩いていた。
「…どうなったんだ?」
「んー、えとね……アキコ、いっかいおろすね?」
返事を待たずにドサリと落とされる。顔面が凍った雪に突っ込んでいた。
流石に窒息しそうだったので、残った体力を振り絞って仰向けになる。
「…雪崩に巻き込まれたところまでは覚えてるんだが…お前、無事だったのか?」
「ん。したでまってたら、うえからぶわーってきてアキコがゴロゴロころがってきたから、えいっ、ってうけとめてにげた」
うん、さっぱり分からん。
分からんが、とにかく私はコイツに助けられたらしい。
「…ヤツはどうなった?」
「えとね、なんかゆきといっしょにしたにずーってすべっておちてった。てんと、だっけ?とかもいっしょだったよ」
これは分かった。まあ、なんだ。それなら仮に死体が春に発見されても雪崩に巻き込まれた、とかで片付きそうだな……ライフルが見つかれば少々ヤバそうだが、ま、なんとかなるだろ。
仰向けのままホッとすると、体のあちこちが痛いことを思い出し、顔をしかめた。
「いたい?」
「痛い。に、決まってる。けどまあ、五体満足なら文句は無いさ。ピュロス」
「うん?」
「……助けてくれて、ありがとな」
「へへー、どういたしまして」
満足そうにドヤ顔のピュロス。まあ、悪い気分じゃなかった。
登山具一式は当然失い、仕事道具もホルスターに収まったグロックくらいしか残されていない。
ここから下山するにしてもどれ程かかるかはまだ分からないが、それにしても食料すら無いというのはなあ……いつの間にか天候が回復しているのだけが救いと言えば救いか。
「…仕方ないな。このままここで横になってるわけにもいかないし。よっと……」
「あ。おきた」
「動く分には問題無さそうだ。動かす度にキシリキシリとあちこちが痛むが、まあ筋肉痛みたいなものだろう」
「てきとー、だね」
ほっとけ。
体の具合を確かめながら、大きく伸びをする。
夜の割にやけに明るいな、と思って気がついた。月明かりのせいだった。
山の斜面の雪肌はほぼほぼ満月となっている月に照らされ、それが為に死地のはずの大地が吃驚するくらいに美しく思える。
生きて帰れるかはまだ分からない。けど、雪ならまあ、あの炎に比べればまだマシだろうさ。
「ピュロス」
「ん」
隣の少女に手を差し出した。
私の意を正しく解して、ピュロスは手を握ってくる。
「帰るぞ」
「そだね」
私はその手を握り返す。
人を一人殺した後にしてはえらく浮ついた気分で、私とピュロスは月に見守られながら、帰れるかどうかも定かでは無い家路についた。
私は暗殺者。
そのようには生まれず、だがそのように育てられ、今はそのように暮らし、そして帰る場所は、まだ、ある。




