フィンの過去1
北の山脈。
険しい山の峰々が乱立する中。一際大きな山の麓に開いた大きな穴。
その洞穴の中からその日。1つの産声が上がった。
「オギャァァア!」
「おぉ……」
「生まれましたわ……あなた」
元気な産声をあげるその小さな赤ん坊。
彼は1つの卵の殻を破り、外の空気に触れた。
それを覗き込むのは黒髪の美しい女性と、天を仰ぐほど巨大な1匹の龍。暗闇にゆらゆらと揺れる松明の光を黒い鱗が反射している。
「っ。ご覧ください!奥様!アルファディウス様!」
赤ん坊を取り上げた竜人の執事。
アベルは驚きの声を上げた。
「黒い……鱗でございます……!」
「なんと……!」
「まぁ……まさか……」
驚きと喜び。そして一抹の不安を胸に抱きながらも、アルファディウスはそっと自身の妻をその巨大な手で撫でる。
「よく……よくやってくれた。そして、無事でよかった……」
「……えぇ。ありがとうございます、あなた」
確かな両親の愛に包まれて、今日この日。ヴルガルディア・フォン・フィンケンルシュタインはこの世に生を受けた。
ーーーーーーー
それから6年。
フィンは両親の愛を受けて、山の中で元気いっぱいに育った。
野山を駆け回ったり、森の獣を狩って食らったり。
黒き龍鱗を受け継いだ彼の身体的成長は目まぐるしく、見た目はようやく歩けるようになった赤ん坊のようだがその身のこなしは一流の戦士と何ら変わらないと言っていいほどだった。
「フィン」
そんなフィンに、父はよく言った。
「その強さは、大切なものを守る為にあるのだ」
「守るため??」
「そうだ。我等黒龍は圧倒的な強さを持って生まれてきた。故に、その力の使い方に責任がある」
「とーちゃん。よく分からんぞ」
アルファディウスの言葉の意味がよく分からないフィンは首を傾げて父に問い返す。
大切なもの……守るため……。
物心ついてまだ間もないフィンにはうまく父の意図を汲み取ることができない。
「ははは。そうだな……確かにまだお前には難しいかもしれんな」
グググ……と大きな体を揺らしながらアルファディウスは語る。
「私も若い頃はよく分からなかった。あの頃はその日その日を乗り越えることで精一杯だったしな。だが、とある男と出会い本当の強さと言うものを知った」
過去を懐かしむように話す父の姿が印象的で、フィンは黙って父の言葉に耳を傾ける。
「力とは、相手を傷つけるためにあるんじゃない。そうだな……もうすぐ、お前も兄になるだろう?」
「うん」
素直に頷きながらフィンは答える。
竜族の子どもは卵で生まれてくる。
母は今年、5つの卵を生んだ。
もうすぐ兄になるのだとよく言われるけれど、いかんせん幼いフィンにはイメージができない。
「その時は……お前が兄弟を守ってやるのだ」
「守る……一体何したらいーんだ?」
「ははは。そうだな……」
小首を傾げるフィンを愛しく思いながらアルファディウスはフィンの頭を撫でる。
「それは……きっとお前が兄になったその時に分かる」
「……そーか?」
「そういうものだ」
硬いけれど、暖かい父の手の温もりに身を委ねながらフィンはポケーっとするのだった。
ーーーーーーー
それから数ヶ月後。
それは、春の木漏れ日が暖かい昼下がりのことだった。
「フィン!帰ってこい!!」
「ん……?」
遠くの方から父が呼ぶような声が聞こえてくる。
「生まれるぞ!お前の兄弟が!」
「……っ!」
父の言葉に狩りかけの猪をほっぽり出してフィンは自身の穴蔵へと戻ると、卵が安置されているベッドの前に飛びつく。
ピシ……。
そしてまさにその瞬間。5つのうち4つの卵が割れて中からバキバキと4匹のドラゴンが生まれ落ちた。
「おぉ……!」
「生まれたな……」
「えぇ、あなた」
生まれた我が子を見守りながら母は涙を浮かべる。
母はアインジーグ・U・アルフリーダという竜人。
つまり、フィンとこの兄弟達は竜と人のクォーターということになる。
フィンは人の血を少し多く引き継いだが彼らはどうやら父の竜の血を多く引き継いだらしい。
完全な龍の姿をしてこの世に生を受けた。
「すごいな……」
「そうだ。今この時を持ってお前は兄になったのだ、フィン」
見た目は確かに自分と違うけれど。それでも嬉しかった。
彼らが……フィンの新しい家族となったのだ。
「…………ん?」
すると、5つの内の最後の1つ。
1番小さな卵だけはヒビどころか身動きひとつなく沈黙していた。
「……とーちゃん。この卵は?」
「………………」
この時のフィンはまだ知らなかったが、竜の卵では孵り切らずにそのまま産まれることなく命を終えてしまうことも少なくない。
実際他にも2回母が卵を生むことはあったが、どれも失敗に終わってしまっていた。
「……この子は、ダメかもしれぬな」
残酷かもしれないが……最後の1つは孵らないかもしれない。アルファディウスはそう覚悟していた。
龍として命を授かることは、それだけ重い事だったのだ。
「………………」
そんな卵にフィンはそっと手を触れる。
その卵は温かかった。
「…………とーちゃん、諦めないでくれ」
気がつけば、フィンはその卵を抱きしめていた。
「まだ、生まれないって決まったんじゃないんだろ?」
「………………」
まだ、顔も姿も分からない。それどころか性別だって分からない。
だけど。この殻の向こうで息吹く魂が、言っているような気がしたんだ。
生きたい……と。
「オイラが……ずっと抱っこしてるから。温めてあげるから。きっと、生まれてきてくれるから……!」
「…………そうだな」
そんなフィンの姿を見てアルファディウスは笑う。
「守ってやってくれるか?フィン。最後のその子を。きっとまだその子もきっとあきらめていない」
「うん」
こうしてフィンは最後の1つの卵を守ることを決めた。




