王室へ
廊下の影から様子を伺うカミラ。
その彼女に倣ってソウルもそっと覗き込んでみると、廊下の突き当たりには真っ黒な扉。それは硬く閉ざされてシンと静まり返っていた。
あれが、王の間なのだろうか。
「そんじゃ、ポピー。頼んだ」
「あのさぁ……アレやったら後でアタイが大目玉喰らうことになるんだけど……」
ゲンナリとした顔で告げるポピーにカミラは無表情で告げる。
「いーじゃん別に。どーせいつものことでしょ?」
「いつもの事でも避けられる大目玉は避けたいんだってーのーー!!!」
プンスカと弾けるように怒るポピーにソウルは同情してしまう。
「わ、悪りぃポピー。そんなに嫌なら別の策を考えよう……」
「いっ、いやいや!そりゃ、確かに嫌だけど……」
ソウルの申し出にポピーは慌てて手を振ると、何やらうーん、と腕を組んで考えるような仕草をする。
「……ちょいちょい」
そして、小さくソウルに手招きをしてきた。
彼女に促されるままソウルもそっと耳を貸してみる。
「アンタが、あれだけ必死にカミラを止めてくれたし……あたいだって、ほんとはカミラの事見捨てたくなんかなかった。だから、その……」
「……プッ」
すごく恥ずかしそうに告げるポピーにソウルは思わず笑みが溢れる。
「なっ、何だよー!?アタイは真剣なのにさー!!?」
「あっはっは。いやいや、悪い悪い。お前、不器用な奴だなぁと思ってさ」
「ムキー!!」
これだけカミラと口喧嘩をしていても、本当はカミラのことが大好きなんだろう。
何だかんだでずっと一緒にいるみたいだし。
「ベーだ!アンタのためにやるんじゃないからね!?カミラが絶対、どーしてもって言うからやるんだから!そこんとこ勘違いしないでよ!?」
「分かった、分かったから!」
ビシビシともやしのような腕でソウルの頭をポカポカと叩いてくるポピーをあしらう。
そしてポピーはべーっと舌を出しながらパタパタと廊下の窓からどこかへと飛んでいった。
「ソウルくん、ポピーと何話してたの?」
すると、横目でこちらを伺うようにカミラがそんなことを尋ねてくる。
「ん?いや、大したことじゃねーよ」
ひとしきりいじったが、ポピーもこの事を言われるのは恥ずかしいだろうし伏せておくことにしておこうか。
「……ふーん」
すると、何故か頬を膨らませながらいじけたような顔でカミラはそっぽを向く。
「……ねぇ、ソウルくん。ちょっとこっちおいでよ」
そして、今度はカミラがソウルに向けて手招きをしてきた。
「……?」
促されるままソウルはそちらの方へと寄っていく。
「こっから見てなよ。おもしろいもんが見れるからさー」
そう言うとカミラはソウルの背に回って後ろから抱きしめるような体勢を取り始めた。
「はいっ!?」
「……ねぇ?どしたの?なーんか顔赤いけど?」
「いっ、いや……その……カミラ……?」
耳元に吹きかけられるような小さな声に、ソウルはたまらず緊張する。
それに飽き足らず、今度は身体全体を密着させるようにソウルの方へと押し当ててくるではないか。
カミラの柔らかい肌。控えめながら柔らかい胸。しっとりとした手と指。
な、何だ!?一体カミラは何をしているんだ!?
「あはは。随分と可愛い反応するんだねー……どうだろ?このままもっといじめたらどーんな声を出してくれるのかなぁ?」
カミラの指がソウルの腕をなぞる。
その瞬間、ソウルの心臓がドキリとまた鼓動を速めた。
「や……ややややややめ……」
ブンッ!!!!
「うおおお!?」
「わーお」
すると、突然ソウルの背中を鋭い風が吹き抜ける。
それと同時にカミラの身体がソウルから離れていった。
「……うちのソウルに何をするのです?」
振り返るとそこにはドス黒い殺気を放つシェリーの姿が。
「べっつにー?ソウルくんがあまりにウブだからいじめたくなっちゃったんだー」
対するカミラも何やら不穏な空気を醸し出しながらシェリーを睨み返している。
「おォ!?修羅場カ!?修羅場カァ!?」
そんな2人を煽るようにフィンがケラケラと笑いながら手を叩いている。
取り敢えず、お前は自重しろ。後でぶっとばされるぞ?
「うちのソウルって……何?アンタソウルくんの恋人かなんかなの?」
「こっ、恋っ!?まままさか!わわ私はソウルの姉弟子だ!!姉弟子としてソウルの貞操を守る義務がある!!」
カミラの言葉に顔を真っ赤にしながら答えるシェリー。
それを見て何やらカミラがニヤリと不敵な笑みを浮かべたような気がした。
「ふーん。何かソウルくんよりもシェリーちゃんの方がウブそうだけど……ホントにそんなのでソウルくんの貞操を守れるのかなー?」
「ふっ、ふざけないでもらおうか。当然それは私の義務だ!」
「へー……そんじゃあ試させてもらおうかなぁ〜」
「な、何だ……?」
すると、カミラはシェリーの耳元に口を近づけた。
(「もし……僕がソウルくんと恋仲になったとするよ?」)
(「こっ、恋仲だと!?ふざけるのも大概に……」)
(「いーから聞きなって。まず僕はソウルくんをベッドでーーーーーーーする」)
(「!?!?!?」)
(「そんで、弱ったソウルくんをーーーしてーーーー。それからーーーーーーでーーーーーー」)
(「あ……あわわわわ……!?」)
こちらからは何を話しているのか聞こえないが何やら激しく動揺しているシェリーの姿だけははっきりと見える。
ちなみに隣ではフィンが腹を抱えて転げ回っている。
(「ふっ、ふざけるな!そんなことはさせない!私がソウルを守る!」)
(「へー。じゃあソウルくんと恋仲になるってことかぁ。あれぐらいの歳の男の子はお盛んだってきくよ?」)
(「ばっ、バカ言え!?ソウルに限ってそんなことは……」)
(「きっと、シェリーにーーーーーを求めたりーーーーーをーーーーー。シェリーにもーーーーーーをーーーーーー」)
(「やっ、やめ……やめろおおおお!?想像させるなぁぁぁぁぁあ!?!?!?」)
やがて、シェリーは顔を真っ赤にすると泣きそうな顔でソウルを庇うように手を広げて立つ。
「そっ、ソウルにそんなことはさせない!品行方正に育ててみせる!!」
いきなりどうしたシェリー。まるでお母さんみたいなこと言うじゃないか。
「おっ、お前は危険だ!!危険人物だ!!ソウルには金輪際近づけさせやしないからな!?」
「はいはーい。シェリーの前では近づかないようにするよー。だからソウルくん、後で僕の部屋に……」
「私は認めない!断じて認めはしない!!」
さっきまで黙り込んでいたシェリーが荒ぶる姿に少し安心する一方。何がなんやら……と言った複雑な気持ちを抱えながらソウルは頭をガシガシとかく。
何てことをしていると……。
ドンッ!!!
「!?」
何かの破裂音のような音が響くと同時。
城全体が何やら小さく揺れているような気がする。
「えぇい、何事だ!!」
すると、王室の扉がバンと荒々しく開かれる。そしてその男は姿を現した。
逆立った灰色の髪。どこか知的さを感じさせる丸眼鏡。黒いローブに身を包んだその男。痩せこけた顔をしているが、その人を殺せそうなほど鋭い眼光が、彼が只者では無いと言うことを証明している。
「あれが……」
「……レイオス」
緊張感を取り戻しつつ、柱の陰からレイオスを観察しながらソウルは息を呑む。
あいつが……シェリーとシナツの故郷を破壊した、言わば仇とも言わしめる男。
ソウルの心の奥のシナツが荒ぶるのを感じる。当然だ。
「えーん!助けてレイオスー!!」
そんなレイオスの元に泣きつくようにポピーがパタパタと飛んでくる。
「また貴様か。私は気が立っている、お前の失態なんぞに構っている暇などないのだ」
「でっ、でもぉ……」
涙を浮かべた上目遣いで泣き落とそうとするポピー。しかしそんなものはレイオスには通じない。
「知らん。お前で勝手にやるがいい」
「でもぉ〜……城の2階の南奥の部屋でやっちゃった〜」
「……何?」
怒ったように王室に戻ろうとしたレイオスの身体がピタリと固まる。
「えへ☆レイオスの大事なお部屋でやっちゃった☆めーんご?」
「ふざけるな貴様ァァァァ!!貴様が【陽光】でなければ今ここで死を懇願するほどの地獄を見せてから殺してくれたものをおおおおおお!!!」
怒りの声をはりあげながら、レイオスは城の廊下を走り出す。
「……(グッ!)」
それを見届けたポピーはキメ顔でこちらに向けてグッドラックサインをしてきた。
「オッケー。そんじゃ、今のうちに行くよ〜」
「お、おい待て。一体ポピーは何をやったんだ?」
あの慌てようだ。普通のことでは無いだろうが。
「あぁ。レイオスの部屋にポピーの使役するドラゴンをみんな放ったんだよ」
「……はい?」
ドラゴンを……放った?
「レイオスの部屋にはさー。この国の重要書類とかー、色々あるって話でさー。中々入れてくれないんだよねー。ま、ポピーには余裕だけどさ」
小さいポピーならレイオスの部屋への侵入は容易いだろう。
ってことは、まさかそんなレイオスの部屋であのドラゴン達を放ったってことか……?
「たまーにやるんだよね。ポピーのポケットからドラゴンの入った球を落としちゃうこと。それにかこつけてレイオスの部屋でやったことにしてもらったわけ。今頃、レイオスの部屋はどーなってんだろねー……うわ、どーしよ気になる。見に行こっかなぁ」
「お前ら……悪魔かよ」
自分の部屋にドラゴンを放たれるだけでも絶句ものなのに、しかもこの国の重要書類まで……?
ドラゴンなら火を吹いたりする個体だっているだろう。もしそんなのが暴れて火事にでもなってみろ。とんでとないことになる。
【再起の街】 の領主になったから分かる。無くしたら取り返しのつかない物が沢山あることを。
それを、ただレイオスを遠ざけるためだけにやるだなんて……どんな神経してるんだと正気を疑う。
「何言ってんの、ソウルくん」
カミラは目をパチクリとしながら少しびっくりしたような顔で言った。
「僕、悪魔の種族ですけど?」
「……………………」
あぁ。悪魔ってこの世に存在したんだなぁ……なんて、どこか他人事のように思いながらソウルは頭を抱えるのだった。




