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【|開陽《かいよう》】

「ぐ……?」


 ソウルに打ちのめされた男は身体に走る痛みを堪えながらその身を持ち上げる。


 負けた。


 もうそこにあの琥珀色の瞳をした男の姿はない。それどころか、あれだけいた北門を、訪れていた者たちも1人残らずいなくなっていた。


「くそ…クソックソックソックソックソオオオオオオオオオオ!!!!」


 感情が荒ぶるままに男は叫ぶ。


 あんな……あんなガキなんぞに好き勝手やられてしまった。


 ふざけやがって……こんな屈辱は初めてだ。


 だが、それよりもまずい。この事が雇い主に知られてみろ。酷い目に遭わされて……。


「えー……何で北門突破されてんのー……」


 その時。彼の背中に1つの声が浴びせられる。


「……っ」


 その声に男の背筋は凍りついた。


「か、【開陽(かいよう)】カミラ様……」


 その身を恐怖で震わせながら男はゆっくりと振り返る。


 そこにはこの国を統べる女王陛下に仕えし7人の従者。


 この国最強とも言わしめる戦士の1人。彼ら3人の雇い主が立っていた。


 背丈は160cmぐらい。軽く癖のついた柔らかそうな金髪を肩近くまで伸ばしている。


 背中には細い金棒が背負われ、肌はやや褐色がかっており丸いけれど少しつり上がった様な赤黒い瞳。その口にはこの人のトレードマークとも言える棒付きの飴が咥えられていた。


「君さぁー分かってるー?君らみたいなゴロツキを何で僕が採用したか」


 コロコロと口の中で飴を転がしながらカミラは見下すように告げる。


 その声色に怒りは無いが、明らかに呆れと失望が溢れていた。


「は、はい……」


 頭を垂れながら男は苦虫を噛み潰したように言う。


「それをまさかたった1人の人間なんかに突破されちゃうなんてねぇー」


「し、しかし……」


「ねぇ。僕言ったよね?『役に立たない奴はキライだって』。君は……どうなのかな?」


 赤黒い瞳が彼を射殺すように告げる。


 こ、殺される。何とかここをなだめて上手く逃げださねぇと……。


「……ふ、ふざけんなよ」


 その時、倒れていた仲間がフラリと立ち上がる。


「おい、やめろ!」


 カミラ様を刺激するな!


 そう思ったが、もうすでに遅い。血の気の多いこいつはもう完全に怒りのスイッチが入っているようだった。


「な、何が開陽だ……」


 そして怒りのまま、リーダー格の男の忠告も無視して叫んだ。



「お、お前みてぇなチビ……何が開陽だ!舐めやがって!お前なんざ俺が……」



「へぇ……」


 スゥ……と。カミラの瞳が細く薄められる。


 リーダー格の男はその様相に恐怖を隠しきれずに震えることしか出来ない。


 こいつはヤバい……ヤバいんだ。だからとっととやめろ!!


 心の中でそう叫ぶけれど、恐怖で声を絞り出すことができなかった。



「いーよ。じゃあかかっておいでよ。【決闘】しよ。勝ったら何でも好きにしたらいーし。私が勝ったら君の命は貰うから」



「じょ、上等だコラァ!!」


 男は身構えもせずに告げるカミラに怒りを爆発させ、斧を振り上げて襲いかかった。


「【火】を【武装】!!くたばれやぁ!!」


 男の体から放たれたマナは彼の斧に収束。その刃に赤い炎を灯し、カミラを襲う。


 それでもカミラは揺るがない。


 ただ、バカにするような瞳で彼を見つめるだけ。


「【鬼火】」


 そしてカミラはそっと人差し指を立てる。するとそこに小さな炎が灯った。


 けれど、その炎は普通ではなかった。色が黒かったのだ。


 何だ、この炎は……?


 斧を振り下ろしながらそんなことが脳裏をよぎる。



「君も炎なんでしょ?力比べしよ」



 ボッ


 小さな黒い炎は斧に灯る火に吸い込まれる様に飛ぶ。


 そして……。



 ゴッ!!!



 一瞬で彼の炎を飲み込んで。そのまま斧をつたって男の体に燃え移った。



「う、うぎゃぁぁぁぁぁあ!?!?」



 突然全身に燃え広がる黒い炎に男は悲鳴をあげながらその場に転げ回る。


 何だこの炎は!?一瞬で俺の炎が……喰われた?


 いや、それだけじゃねぇ!?熱いだけじゃない。まるで全身が何かに喰らい付かれたかのような……そんな痛みが走る。


「あはは。ダメだなー。また僕の中の血が踊っちゃうよ……」


 想像を絶する痛みにのたうち回る男を見下ろしながら、カミラは恍惚とした笑みを浮かべる。


 苦しみ回るその動きが目を。つんざく様な悲鳴が耳を。肉の焦げる様な臭いが鼻を。


 全身が男の苦痛を見て喜び、そして笑う。


「ほらほら。楽には殺さないよ?じゅーぶんに僕を楽しませてよ?そうすれば……」


 男に向けてにっこりと笑いかけながら、カミラは言った。



「君みたいなグズの命でも、役に立つでしょ?」



 そんな悪魔の様なカミラを見上げながら、男は声にならない悲鳴をあげる。


 彼の地獄は、それから10分以上は続いた。


ーーーーーーー


「んもぅっ!またバカやってるじゃん!」


 メラメラと、燃え落ちた男の残骸を眺めながら立ち尽くすカミラに甲高いキーキーとした声がぶつけられる。


 振り返るとそこにはいつものようにカミラに向けて文句を言う小さな影。


 赤い髪を揺らしながらパタパタと羽虫の様な羽を忙しそうに羽ばたかせる彼女。


 その身は20cmほどしかなく、白く細い手足はまるでもやしの様。


 小さな体いっぱい使って身振り手振りで意思表示してくる彼女を見てカミラは呆れたようにため息をついた。


「はぁ……まーたポピーか」


「はぁってなによ、はぁって!」


 そんなカミラの顔の周りをせわしなく飛び回る。


「またこんなことして……このままじゃホントに【堕落(だらく)】しちゃうよ?」


「あはは〜。大丈夫だって〜」


 そんなポピーを軽くあしらいながらカミラは顔を上げる。


「……あれ?残りの2人は?」


「え?あたいがここに来た時はもうあんたとそれだけだよ?」


「……あちゃー、逃がしたかぁ」


 どうやらカミラがこいつの相手をしている間にどこかに逃げられてしまったらしい。


 まぁ、別に構わないか。ここまで脅したのだ。どうせシュタールには戻って来れないだろうし。


 それよりもカミラの頭の中は別のことでいっぱいだった。


「ねぇ、ポピー。今から街に繰り出そっか」


「えぇ?いきなり何よー。あたいこれからデートの約束が……」


「いーからいーから。ほら、行くよー」


 カミラはどこかへ飛び去ろうとするポピーの首根っこを捕まえると、そのままシュタールの街の中へと歩き出す。


 「いーやーだー!はーなーせー!!」と、叫ぶポピーのことなど露知らず。カミラは笑う。


「一応、あの荒くれ者を3人まとめて潰した男……か。少しは役に立つかなぁ?」


 手がかりは黒いマントと黒い髪。そして特徴的な琥珀色に輝く瞳。


 もしかするとシュタールの……いや、女王様の役に立てる人材かも知れない。まぁ、期待はずれのまぐれかも知れないが。


 それでも確かめる価値はあるだろう。

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