ヴルガルド最初の戦い9
緑の龍。
茶色いドラゴン達よりも心無しか刺々しい鱗を持ったそのドラゴンを見上げながらヴェン、エリオット、レイ、シーナはそれぞれの武器を構えていた。
アイツを、倒せばいいのだが。
「……降りてこないね」
そう、空中を縄張りに持つあのドラゴンが降りてくる気配はない。しかも下手に飛び上がろうものなら躱されてただの的である。
遠距離攻撃ができるヴェンとエリオットで攻撃をしてみるが簡単に躱されてしまい、どう攻めるか戦況を見ているというわけだ。
「戦いづらいなぁ……」
「でも、だからこそ私達があのドラゴンと戦うように……ってことだよね」
困ったように漏らすヴェンにエリオットがどこか悪戯っぽく言った。
そう、そうなのだ。
ヴェン達のチームは近接主体のメンバーが多い。
だから、近接が戦いにくい僕らのチームであれと戦うように言われたんだろう。
シュタールに入ってからでは遅い。ここで慣れておけ、というシェリーからの影のメッセージ。
「ヴェン。シェリーさんの意図を組むのはいいけど、浮気はしちゃダメだからね?」
「あ、当たり前だよ」
心無しか不穏な殺気を放つ最愛の彼女に背筋を凍らせつつ、ヴェンはまた上空のドラゴンに意識を移した。
すると、何やら相手側に動きがあったようだ。
「【岩石】に【砲撃】のマナ!【ストーン・キャノン】!」
「ギャァァア!!」
騎龍兵の男がマナを溜めると、緑のドラゴンの翼に一対の砲台のような物が形成される。
「え……?」
ヴェンがそう呟くや否や、その砲台がヴェンの方を向く。
ドドドドドッ!!
「う、うそぉ!?」
えぇ!?ドラゴンの背中の人って、魔法を使ってくるの!?
「【鉄屑の案山子】!!」
ゴッ!!
咄嗟にレイが飛び込んできて防御魔法を発動。
レイの骸の剣を地面に突き立てるとそこから黒い錆のような塊が吹き出してまるで畑に立つ案山子のような姿へと変貌。
ドラゴンの砲台から放たれた攻撃をビシビシと弾き返していった。
「甘い!行けグラス!!」
すると、そのレイの魔法の合間を縫うようにドラゴンが懐へ飛び込んでくる。
「……っ!?」
「速い……!?」
それを認識した時にはもう目の前にドラゴンの大きく広げられたアゴ。
ギィィ……!
と、喉の奥がブレスを吐き出すために鈍い光を放っていた。
「……ふんっ」
ゴッ!!
その時。唯一それに反応できたシーナが腰の刀。オデットから預かった【名刀・銀鬼】を振り上げる。
ドラゴンは顎下からアッパーを受けるような形になり堪らず仰け反った。
「うぉ……!?大丈夫か、グラス!?」
頭をぶん殴られた自身のドラゴンの姿を見て騎龍兵は戦慄する。
まさか、ドラゴンを殴り飛ばすだと!?しかも…おい、待て。
「銀色の髪に……真紅の瞳?」
その姿を見た騎龍兵は言葉を失った。
まさか……【破壊者】!?こんな侵入者の中に、破壊者がいるだなんて……まさか、そんなことが!?
「……くっ」
頭を殴り飛ばしても、少し怯んだだけでまたバサリと上空へと消えるドラゴンを見送りながらシーナは唇を噛む。
ダメだ。流石ドラゴン。やっぱり魔法の力が無ければてんで攻撃が通用する相手ではない。
ドドドドッ
そんなシーナに向けて、龍の翼に装填された砲台からまた砲撃が放たれる。
ギギギギィン!
対するシーナはそれを【名刀・銀鬼】で弾き返す。
強度に性能を極振りされたその刀は岩石の砲撃でもお構いなく弾き返してくれた。
「さて……」
そんな一連の流れを眺めながらヴェンは思考を回す。
どうやら、茶色の鱗を持つ龍に乗る騎龍兵は魔法を使ってこないが緑の……もっと言えば黄色や更にその上位のドラゴンを操る騎龍兵はさらに効果的に魔法を使ってくるのかもしれない。
そう考えれば、ここであいつと戦えたことはラッキーだったのかもしれない。慣れておく事ができる。
あの速さと、多彩な攻撃をなんとかいなしてみせる。
「行くよ……エリオット」
「うん。分かってる、ヴェン」
ヴェンの呼びかけにエリオットは頷くと彼女は手を掲げてマナを溜め始めた。
「よぉし。それじゃあ行くぞ!」
それと同時にヴェンは地面を蹴って走り出す。
「はっ、無駄だぁ!俺達の速度にゃ敵わねぇよ!!」
上空からニヤリと笑う騎龍兵。上空にいる俺達にお前らの攻撃は届かねぇ。万一届こうがそんなもの俺のグラスなら軽々と回避出来る!
「【神剣】のマナ!【二重奏】!!」
ヴェンは前方に鏡のような虹色の膜を生み出すと中から自身の分身を生み出す。
『いっけええええええええ!!!』
すると、ヴェンは自身の分身を踏み台にさらに跳躍した。
「はっ。だからなんだぁ!」
跳躍したヴェンは彼らと同じぐらいの高さまで飛んで来た。しかし、それまで。
空中で身動きの取れないこいつはただの獲物でしか無かった。
「ここからさ!【瞬撃】のマナ!【輪舞曲】!!」
すると、空中のヴェンが魔法を発動させる。
透き通るような片手剣から放たれたのは7本の水の鞭。
それが踊るように飛龍へと襲いかかった。
「甘ぇ!」
だが、それでも騎龍兵は慌てない。それは彼の愛龍グラスも同じ。
翼をたたみ、加速してヴェンへと肉薄。
水の鞭は虚しく敵の後方で弾け飛び、その水飛沫を飛ばす。
さぁ、隙だらけのその身でこの攻撃を止められるか!?
空中で無防備なヴェンに口を開くドラゴン。
キィィ……と、喉の奥が不気味に光を放ち始める。
目の前のヴェンを撃ち抜かんため。龍のブレスがヴェンを狙う。
「早い敵を倒すためにはさ……」
そんな危機的状況にも関わらず、ヴェンは不敵な笑みを浮かべた。
「確実に、動きを封じるところから……だよね?」
「【海の鳥籠】!」
ビュルルルルッ!!
その時。ヴェンの放つ水の鞭から突然騎龍兵を取り囲むように水の網のような物が放たれる。
「んなっ!?」
しまった!?
今、水の鞭はヴェンを軸に円を描くように展開。そのヴ撃ち抜くために彼らは今水の鞭のすぐ近くを飛行。
そこから突如逃げ道のないように放たれる網は、どれだけ素早い動きを持っているドラゴンで回避はできなかった。
シュルルルルッ
「グ…ルルル……!?」
水の網に囚われたグラスが悲鳴をあげる。
「お、落ち着け……!お前ならすぐに破れるだろ!?」
それをすぐに御する騎龍兵。
なるほど……騎龍兵っていうのはドラゴンの司令塔であると共に、一緒に戦う仲間ってことか。
冷静に分析しながらヴェンは騎龍兵達を逃がさないように水の鞭を操る。
逃げ出そうとする前に完全にヴェンはドラゴンを水の鞭で巻き上げて動きを絡め取ってしまった。
「くそ……!逃げられねぇなら、あいつをぶち抜けば勝ちだ!やれぇっ、グラス!!」
ならばあの水使いさえ倒せばこの水の鞭は消える。恐らくこの水の網も。
水で縛られながらもグラスは無理やりヴェンに向けてその口を向ける。
「甘いね……」
だが、ヴェンは動揺する様子もなくただ敵を見据える。
確かに、僕がやられればこの水の魔法は解ける。でも……。
「僕の、作戦勝ちだよ」
『【夜恋曲】!!』
水の鞭の隙間を縫ってドラゴンの脇腹に突き刺さる斬撃。
ドシュッ!!
「ギャオオオオ!?!?」
死角からの一撃に、グラスは悲鳴をあげる。
「な……!?一体この魔法は……!?」
墜落していく龍の背中で彼が見たのは、地上で光る剣を振る、もう1人のヴェンの姿だった。




