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好きってなんだ?

 会議を終えた夜。ソウルはブラブラとニケの宮殿の中を歩いていた。


 1000年もの間、こうして暗い闇の中で彷徨う者を導いてきたアンダー・ロータスの光こんなソウルのことも優しく包み込んでくれた。


 今は夜の10時過ぎ。


 どうしようもなく落ち着かない気持ちを抱えきれなくて、ソウルはそっと客室を出てこうして時間を潰していると言うわけだ。


 原因は、間違いなくシーナのこと。


 何だかソウルのことを拒絶されたような気がしてむしゃくしゃしてならない。


 こんなこと、誰に話せばいいのかも分からないし。いつもならレイに聞くんだろうけど、今回ばかりはレイに聞くことはできない。


 もし……もし、レイとシーナがそう言う関係だったらレイも気を悪くするだろうし。


 その辺も、ソウルのこの胸のモヤモヤを増長させるきっかけとなっているわけで。


「どーすりゃいいんだ、俺は」


 それに、やらなきゃいけないこともある。


 ヴルガルド国との同盟。


 自分どころか他の仲間達の命運もかかったこの状況で、シーナのことに気を取られている場合ではないだろう。


 分かっている。分かっているのに、心はついてきてくれないんだ。


「やめてくれよ……ほんと」


 何でこのタイミングなのか。もっと平静なタイミングもあっただろうに……。


 何てことを考えながら、ふと前に目をやるとそこにはバルコニーの手すりに腰掛けるクマのぬいぐるみ。


 ドミニカの一族。ハロルドの姿があった。


「……よぉ。何してんだ」


 声をかけるか少し悩んだが、心なしかノーデンスとの戦いが終わってから彼のソウルへの当たりも柔らかくなった気もしていたので、声をかけてみる。


『……やぁ、君か。ソウル』


 拒絶されたらそのまま歩き去ろうと思ったが、ハロルドはソウルの呼び掛けに答えてくれた。


「何…やってんだ?」


 拒絶はないらしい。


 ソウルはハロルドと同じようにバルコニーへ出ながら問いかけてみる。


『【アンダー・ロータス】を見てたんだよ』


 ハロルドは街から目もそらさずにそう告げる。


 どこかぎこちない空気が流れつつも、ソウルもハロルドにならって【アンダー・ロータス】の街を見下ろす。


 そこには宮殿の中と同じように優しい光を放つアンダー・ロータスとその光の中で和気あいあいと過ごすアンダー・リグル達の姿があった。


『僕も、モニカちゃんと一緒にここを出ようと思っててね。だからこの目に焼き付けておこうと思ったのさ。彼女が作り彼女が愛したこのアンダー・ロータスを』


 ノーデンスの戦いを乗り越えて、ようやく街も元の様相を取り戻しつつある。


 その強さとたくましさにソウルは素直にすごいと思った。


「……なぁ、ハロルド」


 それと同時に、ずっと気になっていたことがある。


 ニケのことになると、ハロルドはとても饒舌になるなぁ……と。


 そんなハロルドにソウルはふと問いかけてみた。



「お前……ニケのこと好きだったのか?」



 ボスン


 ソウルの突然の言葉を聞いたハロルドはそのまま後ろ向きに倒れてバルコニーの床へと墜落する。


「は、ハロルド!?」


『ななな何を言う?僕なんかがニケのことを……すすす好きだなんて?そんな馬鹿なことがあってたまるか』


「明らかに動揺してるな……」


 震える膝で立ち上がるハロルドの姿にソウルは苦笑いする。


 多分、図星だったんだろう。


「わ、悪い。変なこと聞いた」


『本当だよ、全く。いきなりなんだって言うんだ』


 よじよじとまたバルコニーの手すりによじ登りながら、ハロルドは拗ねたような口調で告げる。


「いや……好きとか、愛だとか……一体何なんだろうって思って……さ」


『あぁ……あの【破壊者(ジャガーノート)】ちゃんのことか』


「ぶーっ!?ちげぇちげぇ!?いや違わねぇかもしんねぇけど!?」


 ハロルドの仕返しの言葉に今度はソウルが激しく動揺する。


『はははっ。君は、本当に人間らしいね』


「うぇ?」


 ハロルドの言葉にソウルは首を傾げる。


 召喚術士。僕らドミニカの一族を人形の身に堕とすことで生み出された術の使い手。


 そんな奴ら、きっと悪魔のような存在だと。僕らのことなんて歯牙にもかけないと思っていた。


 でも、実際の彼はどうか。


 目の前にいるのは普通の16歳の青年。


 世界の命運なんて大きな物を背負ってはいるけれど、僕らと同じように笑い、泣き、そして悩み。


 僕らとなんら変わらない存在だった。


『……恋だとか愛だとか。そんなものは人それぞれじゃないかい?』


 そんなソウルにハロルドは助言する。


『僕がニケに抱いていた感情は好きだとか恋だとかって物じゃない。それよりももっと……もっと深い感情だよ』


「そ、そうなのか?」


『うん。けれどそれは僕とニケの関係だ。君とジャガーノートちゃんの関係じゃない。君らには君らの関係があるだろ?』


「うーん……なるほど」


 ハロルドの言葉にソウルは頬が火照るのを感じながら呟く。


 俺達には俺達の関係……か。


『君の胸に抱えたその感情が何なのかは知らないけど。僕とニケがこうして僕らの関係を築いてきたように、君たちもこれまで色々な経験を経て関係を築いてきたわけだろ?だったらその答えはきっと、君達の中にあるんじゃないかい?』


「……すげぇな、ハロルド」


 アンダー・ロータスに立ち込める冷たい空気を吸い込みながらソウルは言った。


 俺達の中に……か。


「……ありがとうな、ハロルド」


『気にしないでくれよ。むしろ礼を言うのはこっちの方だ』

 

 ソウルの言葉を聞いてハロルドは淡々とした口調で告げる。


『君はニケを……そしてこのアンダー・ロータスを守るために戦ってくれた。アンダー・リグルの皆だって同じ想いだ』


「……」


『感謝してるんだ。今ここにアンダー・ロータスが残っているのは君のおかげだ』


「よしてくれよ。俺はニケを守りきれなかったんだから」


 確かにアンダー・ロータスは守ることが出来たけれど、ニケは消えてしまった。


 守ることができなかったんだ。


『それでも……さ。彼女は完全に消えたわけじゃないし、彼女が愛したものを君は守ったんだ』


 ハロルドはこちらの方に顔を向け、言葉を続ける。


『だから今度は僕の番だ。それがニケの願いだし、僕自身君達やモニカちゃんに恩返しがしたいと思っているからね。アンダー・リグル達が少し心配だけど……きっと彼らは彼らでやっていけるはずだから』


「そう……だな」


 これだけのことがあってもなお、彼らはまた歩き出す。彼らは強い。


 拒絶され、世界から見捨てられてもなお彼らはまた立ち上がる力を持っているのだ。


『だから、最後に目に焼き付けておくのさ。僕らの思い出と……そしてこのアンダー・ロータスを。僕が新しい場所へと旅立つ前に』


「……そっか」


 そうしてまた、しばらく2人で並んでアンダー・ロータスの街を見下ろす。


 改めて眺めるアンダー・ロータスは、涙が込み上げてきそうなほど美しかった。

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