プロローグ
イーリスト国北部。
ここはヴルガルド国との国境。つまりは両国の小競り合いの最前線。
「うおおおおおおお!!!」
その先陣を切るのは黄色と言って差し支えのない、茶髪の長髪を揺らす1人の男。
身の丈を超えるような大剣を振り回し、敵陣に勇猛果敢に特攻する。
彼は溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように敵の真ん中へと飛び込んでは敵を1人、また1人と薙ぎ倒していく。
もう、それは敵の追随を許さない圧倒的な力。
彼にのみ許された【地聖剣】と、その類まれなる戦闘技術だ。
「いやはや……相変わらずレオン騎士団長は凄まじいの一言ですね」
初めてこのヴルガルド国の前線へ送られた新米騎士は、安全な後方からそれを見ていた。
ここはヴルガルド国にとって重要拠点である砦。ここを落とせばヴルガルド国の首都シュタールの喉元にまで迫ることができる。
だが……これはもう勝ち戦だろう。ヴルガルド側はレオン騎士団長を止められないでいるようだ。
「こら!お前達もとっとと後方支援に回れ!こんな所で油を売っているんじゃない!」
すると、先輩の騎士からそんな怒号が飛ぶ。
「別に……俺らいらなくありません?」
「そうですよ。レオン騎士団長だけで全部片がつきそうじゃありませんか」
見たところ、奴らに作戦なんてものは無い。
ただただ力のあまりぶつかってくるだけ。こんな戦負ける方が難しいだろう。
他の新米騎士達もみな、同じ意見のようだ。
欠伸をして眠そうにしたり、中には座り込んでプカプカとタバコを吹かすものまでいる始末。
それに、ここに来るまでレオン騎士団長だけで全戦全勝。俺達の出る幕なんて何も無かった。
「馬鹿者!」
そんな状況だと言うのに、それでもなお上官は叫ぶ。
「そろそろなのだ……本当の戦いは……!」
その顔は緊張と焦燥に溢れたような表情をしている。
「本当の戦い?何を言うんです?」
「そうですよ、奴ら本当に脳筋なだけで何も脅威じゃないじゃないですか」
何故彼はそれほどにまで焦っているのか、新米騎士達は全く理解できない。
けれど、周りを見てみると他の先輩騎士達も緊張した面持ちでレオン騎士団長の戦いを眺めているようだ。
中には何やら恐怖の感情を浮かべるものまでいた。
一体……何だというのか。
そんな事を思っていると、ふと1人の新米騎士が小さな疑問を口にした。
「……でも、ここまで圧倒的なのに、どうしてこれまでヴルガルド国を制圧できなかったんです?」
「……確かに」
これまで、ヴルガルド国に対してレオン騎士団長は何度も何度も戦線を押し返してきた。
そう、押し返してきたのだ。
それはつまり、ヴルガルド国側がこちらまで攻めてきた事があったということ。
バカな。これだけ圧倒的な力の差だぞ?一体なんでそんなことに……。
「……っ」
その時、上官の顔が凍りつく。
「……?上官?」
「……来るぞ」
「え……?」
だらけ切った新米騎士たちからそんな腑抜けた声があがる。
ゴゴゴゴゴ……
その直後。腹の底を揺らすような地鳴りが起こった。
「な、なんだ!?」
「……いいか、お前達」
すると、上官は剣を抜いてマナを溜め始める。
「我々がずっと、あのヴルガルド国を倒しきれない理由が……今、ここに来るぞ」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!!!」
刹那。ビリビリと大地すらも揺るがすような咆哮が戦場に響く。
「うぉ……!?」
思わずイーリスト国の騎士達は耳を塞ぎ、その場に立ち尽くすしかない。
何だ……?一体何が起こっている!?
困惑しながらヴルガルドの砦へと目をやると、砦の防壁の向こうに何か黒い物体があることに気がついた。
「な……あれ……は……!?」
それは一歩、そしてまた一歩とこちらに歩いてくる。
砦の向こうから姿を現したのは……。
「ギシャァァァァァァァァァァァア!!!!」
漆黒の翼を広げ砦すらも軽々と乗り越えてくる巨大な飛龍。その龍鱗は夜の闇よりも黒く、そして禍々しいオーラを放つ。
黒い龍の鱗の間から、血のように真っ赤に光る龍の眼はイーリストの騎士達を見下ろしていた。
圧倒的な存在感を放つ化け物を相手に先程まで余裕の表情を浮かべていた新米騎士達は凍りついたように動けなくなってしまった。
そんな新米達を尻目に、上官の男は言った。
「あれこそ、黒龍の女王……ゼリルダの使役する最強のドラゴン……【バハムート】だ!!」
キィィィィィィィィ……
それとほぼ同時。漆黒の龍はその顎を大きく開く。その口からは見ているだけでも消し飛んでしまいそうな程のマナが光を放っていた。
……あ、死んだ。
新米騎士達は各々、理解した。
勝てないと。あれは人が太刀打ちできる存在では無いのだと。
圧倒的な力による殺戮。
今まさに。それが始まろうとしていることを。
ーーーーーーー
「……きたな、【黒龍の女王】ゼリルダよ」
大きく口を開いた黒龍を相手に、レオンは決して引かなかった。
私には、聖剣がある。
その力を持つ者の宿命として、皆を守り戦い抜く責務があるのだ。
「今の私は……すこぶる機嫌が悪い。その鬱憤ごと貴様にぶつけてやるさ、バハムートよ」
シンセレス国よりもたらされた歴史の改竄と、召喚術士シン・ソウル。
自身の存在意義すらも見失いそうなレオンは、こうして戦場に舞い戻った。
戦いの中でなら、この潰れそうな胸の痛みから解放される……いや、もはや今の私は戦いに身を委ねるしかないのだ。
何も……何も出来ない、こんな私に残それた矜恃など、もはやこれしかないのだ。
「来るがいい!此度こそはここを突破し、必ずやシュタールへとたどり着いてみせる!そして……そして!団長の仇!レイオスを引き渡してもらうぞ!!」
「バァァァァァァァァァッ!!!」
聖剣を握り、1人突っ込むレオン。
そこに容赦なく叩き込まれる龍の息吹。
全てを破壊する龍の一撃がレオンに襲いかかる。
「【防衛】のマナ!【オリンポス】!!」
巨大な刀身をもつ聖剣デュランダルを地面に突き立てると、レオンは防御魔法を展開。
剣の形を模した岩の壁がレオンを守るように発現した。
ズンッ!!
巨大な龍の一撃が戦場を破壊する。
その衝撃の余波は後方の騎士達にも及び、たった一撃でイーリスト国の陣営は崩壊した。